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15. 歌を聴かせて

 だいぶ時間を取られてしまったが、なんとか朝食を終えて宿を後にし、馬を探す。

 通りに並ぶ露店の商人に尋ねると、この少し先に馬が借りられる馬繋場があるらしく、歩いてそこまで行くことにした。


 「さあ、行きましょう」とリリアナ様を振り返ると、通りの真ん中で日の光を燦燦と受けて蜂蜜色の髪が光り輝き、そのあまりの神々しさに老人達がいつの間にか集まって来てリリアナ様を取り囲み、手を合わせて拝んでいた。


 ……目立ち過ぎる。


 何か隠す物はないかと周囲の露店を見回すと、花柄の薄いヴェールが売っていた。


「これを貰うぞ」


 店主に代金を払い、私はリリアナ様の元へ戻った。


「リリアナ様、これを」

「……まあ、わたしに?」


 驚いて目をぱちぱちさせた後、リリアナ様ははにかむように私を見た。


「……ねえ、クロード、あなたは今日は私を名前で呼ぶのね」 


 ……え、あ、しまった!

 ずっとレオン様を名前で呼んでいたから、ついリリアナ様も名前で呼んでしまった。


「いいの、そのままで。リリアナと呼んで。……その方が嬉しいわ」


 ぼそっと小さな声で呟いて、そのままリリアナ様は下を向いた。

 レオン様のことも名前で呼んでいるし、リリアナ様が名前で呼ばれる方がいいと言うならそうしよう。 


 それよりも、このヴェールだ。


 本来ならこういうことはマリアの仕事なのだが、マリアがいない今、私がやるしかないと覚悟は決めたものの、覚悟があれば何でも出来るというわけでもない。

 剣の扱いなら慣れているが、こんな女物の薄いヴェールなど触れるのも初めてだ。


 ふわふわと軽く、しかもつるつる滑るヴェールをそっとリリアナ様の頭に被せて、いざそれを結ぼうとするとつるんと滑り落ちる。

 今度こそと結ぶと顔をすべて覆ってしまったり、なかなか難しい。

 たかがヴェール一枚巻くだけなのに、これほど苦労するものか。


 固く結び過ぎたヴェールの結び目を解こうと悪戦苦闘しながら顔を近づけると、やり場が無さそうに目を動かしているリリアナ様の視線とぶつかる。


 ……長い睫毛に縁取られた青い瞳。


 ふと、リリアナ様がレオン様と重なって見えた。

 レオン様とも何度か、こんな風に顔が近づいたことがあったな。

 ああ、あの時、レオン様はいきなり私に頭突きしてきたのだった。

 急にレオン様に頭突きされたことを思い出し、つい口元が緩んでしまう。


「……クロード?」

「あ、いえ、何でもありません」


 ……それにしても自分がここまで不器用とは知らなかった。


 マリアならきっとすんなりと出来るだろうに、私は時間をかけても真似出来ず、結局はいびつな結び目で力尽きてしまった。


 ……うん、我ながら下手くそで苦笑する。

 マリアに見られたら何と言われることやら。でもまあ、マリアはここにいないのだから仕方ない。


「これでいい。さあ、行きましょう。……リリアナ様?」


 リリアナ様は顔を赤らめて、恥ずかしそうな困ったような顔でこちらを見上げている。


「急にどうされたのです? 顔が赤いようですが、熱でもあるのですか?」


 リリアナ様はますます赤くなった顔を両手で覆い隠して、消え入りそうな声で答える。


「……大丈夫。……恥ずかしいから、あまり見ないで」

「はあ」

「……こんなに近づくなんて初めて。心臓の音が聞かれてしまいそう。……神様、もしかして今、わたしは天国にいるのでしょうか」


 見るなと言われたので、リリアナ様の先を歩いているのだが、背後からリリアナ様の小さく呟く声がかすかに聞こえてくる。


 ……何やらお祈りのような言葉が聞こえてくるが、リリアナ様は以前からそんなに信心深い方だっただろうか。

 いや、きっと犬に襲われて川に落ちた恐怖が心の奥に強く残っているのだ。

 私がお守りしきれなかったばかりに、リリアナ様の心に傷を残してしまったのか。

 ……私のせいで。リリアナ様、申し訳ありません!


「ああ、神様。例えまた犬に襲われるようなことがあっても、きっと耐えてみせます。ですから、どうぞこんな風に、……また近くにいられますように」


 ……犬に襲われるとか、天国とか、神の近くに行くとか縁起でもないことを!

 これ以上は黙って聞いていられない。

 私は我慢出来ずに振り返って、リリアナ様が胸の前で組んでいる手を自分の両手で包んで懇願した。


「リリアナ様のことは私が必ずお守りします! 何があってももう一生、決してお側を離れませんから。ですから、どうか神ではなく、一生私の側にいて頂けませんか?」


 熱く強く訴える私の様子に息を呑んでいたリリアナ様は、「……もう無理」と呟いて目を閉じ、そのまま気を失ってしまった。


 ……何故?



 


 突然気を失ってしまったリリアナ様を抱きかかえて、仕方なく木陰でしばらく休むことにした。


 体が冷えないようにリリアナ様をマントで包んで私の膝の上に乗せ、意識の無いままの顔を人に見られないように私の胸に寄せて支えながら、リリアナ様の目が覚めるのを待つ。 


 色々あったが、リリアナ様が目覚めてから馬で駆ければ、屋敷まではすぐだ。

 一時はどうなることかと思ったが、やっと帰れる。


 今日は風も無く、穏やかで気持ちの良い天気で、鳥のさえずりも聞こえる。

 それにつられて、つい私も歌いだしてしまった。

 ここ最近のマリアのお気に入りの恋歌を、毎日聞かされて覚えてしまったのだ。


「我が麗しの恋人よ。眠る貴女に口づけしよう。私の熱い思いで貴女を目覚めさせるのだ~」


 リリアナ様を抱きかかえたまま私が気持ちよく歌っていると、突然、リリアナ様の目がぱちっと開いてまじまじと私を見る。


「……今のは何?」

「あ、リリアナ様。お目覚めですか?」


 リリアナ様は私の顔が近くにあることに驚いて一瞬固まった様子だったが、少ししてもぞもぞと頭を動かし、自分が私の膝の上で抱きかかえられていることに気づくと、またゆっくりと目を閉じて気を失ってしまった。


「……神様、もう少しこの天国にいさせて下さい」

「……えっ⁉ リリアナ様、起きてくださいっ。早く帰りましょうっ。目を開けてっ」



 早く屋敷に帰りたいです。

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