141. 虹色貴石の指輪
しばらく経って、アシュランが領地に戻って来た。
ずっとアシュランのことばかり考えて会いたくて堪らなかったけれど、パーティでの大人たちの噂話も気になって、わたくしの心の中はもやもや荒れていた。
……王妃様のお気に入りとか、屋敷に王都中の令嬢が押しかけているとか、一体どういうことなの?
わたくしに内緒で、王都で何をしていたのよ。
いつものように領境の林檎の木の下でアシュランを待っていると、彼はたくさんの箱を抱えて笑顔でやってきた。
この屈託のない笑顔を、もしかしたら王都で他の令嬢にも見せていたかもしれないと思うと、わたくしの胸の中のもやもやが一気にむかむかに変わってしまった。
「久しぶりだね、ナスターシャ。約束どおり、お土産をたくさん買ってきたよ」
わたくしの前にお土産の箱を積み上げる彼を、わたくしは無言で睨みつけた。
……わたくしが何も知らないと思っているの?
「……どうしたの? 機嫌が悪そうだね。私のいない間に何かあった?」
呑気なアシュランの言葉に、カチンッと来たわたくしはもう止まらない。
「誰のせいで機嫌が悪いと思っているのよ! こんなに長い間、王都で何をしていたのよ! ……知っているのよ。他の令嬢方と会っていたのでしょう? 王都には綺麗な方がいっぱいいて、きっと、わたくしのことなんか忘れていたんだわ。酷いわ、アシュラン。どうしてすぐに帰って来ないのよ」
ずっと会いたくて、アシュランが帰るのを指折り数えて待っていた。
それなのに彼は、王都で他の令嬢たちに囲まれて、きっと心変わりしてしまったのだと、わたくしは我慢出来なくなって泣き出してしまった。
首を傾げながら黙ってわたくしの話を聞いていたアシュランは、笑いながら泣いているわたくしを抱き上げた。
「きゃあっ、何をするのっ?」
「それって、君が焼きもちを妬いてるってことだよね?」
澄んだ青い目でわたくしを見上げるアシュランに心がときめく。
「ち、違うわよ! そんなこと言っていないわよ! 人の話をちゃんと聞きなさいよ!」
「ナスターシャ。君より素敵な人なんていない」
真っ直ぐにわたくしを見つめるこの目。
ずるいわ、こんな目で見つめられたら何も言えなくなってしまう。
「君だって本当は分かっているよね? 私の目には君しか映っていないってこと」
「し、知らないわよ、そんなこと。……そんなこと、言われてないもの」
「そう?」
そっとわたくしを降ろしたアシュランは、上着のポケットから何かを取り出して、わたくしに見せた。
それは陽の光を浴びてきらきらと輝く虹色貴石の指輪だった。
とても希少で高価な虹色貴石にわたくしが見惚れていると、アシュランはその指輪を差し出したまま、おもむろにわたくしの前に片膝をついた。
「ナスターシャ、結婚しよう。私の妻になって欲しい」
思いがけないアシュランの言葉に、わたくしはぽかんと口を開けてしまった。
「生涯、君だけを愛すると誓う。どうか、この指輪を受け取って欲しい」
……夢を見ているのかしら、わたくし。
あんまり毎日アシュランのことばかり考えて、頭がおかしくなってしまったのかしら。
……こんな夢、有り得なさすぎる。
優しい目でわたくしを見つめながら跪くアシュランを見ていると、自然と涙が溢れてきた。
こんなこと、こんなこと、有り得ない。
だってアシュランみたいな素敵な人が、わたくしみたいな全然綺麗じゃなくて、我儘で泣き虫な、こんな子を好きなんて。
アシュランなら、きっともっとお似合いの素敵な女性がたくさんいるはずなのに。
それなのに、わたくしを選んでくれるなんて。
「……ナスターシャ?」
ぼろぼろと流れる涙で視界が霞んでアシュランが見えなくなる。
泣いちゃダメだと思うと、止まらなくなって更に涙が出てきてしまう。
もっと素敵に返事をしたいのに、どうしてわたくしはこんなに子供みたいなのかしら。
「ご、ごめんなさ、い。わたくし……」
腰を屈めながら、アシュランがハンカチでわたくしの涙を拭う。
「いいんだよ。君の泣き顔はとっても可愛いから」
そう言うとアシュランは、わたくしを抱き上げてくるくると回り始めた。
「プロポーズにこんなに可愛い泣き顔で答えてくれるなんて、幸せだ」
とびっきりの笑顔をわたくしに向けながら、アシュランは嬉しそうにくるくる回る。
「わ、わたくし、まだ返事をしていないわ!」
「君のその顔を見れば分かるよ。そうでしょ?」
屈託のない優しい笑顔。おおらかで温かいアシュラン。
……ああ、そうよ。大好きなの、あなたが。初めて会った時から、ずっと。
あなただけ。
大好きよ、アシュラン。