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140. 無口な少年

「ナスターシャ、明日からしばらく王都に行ってくるけど、お土産は何がいい?」


 オーランド領との領境にある林檎の木の陰で、わたくしはいつものようにアシュランと過ごしていた。

 わたくしは十五歳、アシュランは十八歳になっていた。


 元から背が高かったアシュランは、さらに背が高くなり、逞しくなった。

 初めて会った時に、「絵本の中の王子様みたい」と思ったけれど、今では、例え絵本だろうが絵画だろうが、彼ほど美しい人はいないと思っている。

 

 陽射しを受けてきらきら輝く蜂蜜色の髪に、澄んだ青い瞳。

 この瞳に映っているのが自分だけだということが、今でも不思議で信じられなくて、くすぐったい。


「ナスターシャ、聞いているの?」


 ふいにアシュランが顔を近づけて、わたくしの顔を覗き込んでくる。

 鼻がくっついてしまいそうなその距離に、わたくしは思わずのけ反ってしまった。


「きゃあっ! ち、近いわよ、アシュラン!」

「だって、君が話を聞いていないからでしょ」


 わたくしの言葉を意に介せず、アシュランはにこにこと微笑んでいるけれど、あなたのその顔は心臓に悪いのよ。


「……美しすぎるって、罪よね」

「君のこと?」


 きょとんと私を見るアシュランの無自覚ぶりにも、そろそろ慣れて来ていた。


「あなたはねえ、自分が美しすぎて美的感覚がおかしいのよ。わたくしを美しいなんて言うのは、あなたくらいだわ。こんな吊り目で意地悪顔で、口が悪くて我儘で、泣き虫で面倒くさい女なんて、普通は嫌がるものよ」

「……君って、本当に自分のことをよく分かっているよね」

「な、なによ! そこは、そんなこと無いよって否定する所でしょ!」


 何度繰り返したか分からないこのやり取りは、いつもアシュランの呑気さにやりきれなくなったわたくしが泣き出して、アシュランが宥めて終わる。


「泣かないで、ナスターシャ。私は君のそういう所が好きなんだ。君にはずっと、そのままでいて欲しい」


 アシュランがわたくしの肩を抱き寄せて、こつんと頭をくっつけてくる。


「お土産、君の喜びそうなものをいっぱい買ってくるから、楽しみに待っていて」

「……お土産なんていらないわ。アシュラン、あなたがいないと寂しい。早く帰ってきて」




 アシュランが王都へ発って数日後、我が家でパーティが催された。

 

 突然のことで驚いたけれど、婆やには前から話をしていたけどお嬢様が聞いていなかっただけだと呆れられてしまった。


 お父様や弟と気が合わず、あまり仲の良くないわたくしは、屋敷にいても居心地が良くなくて、いつも気もそぞろになってしまう。


「今日は特別な日ですからね! 気合を入れてお支度をしますよ。大丈夫、全部この婆やに任せてくだされば、王都で一番の美女にして差し上げますよ!」


 妙に力の入っている婆や戸惑いつつも、「アシュランがいるのに王都で一番とか絶対無理でしょ」なんてうわの空で、わたくしは話を聞いていた。


 アシュランもいないのに、無理やり参加させられるパーティなんてどうでもいい。

 わたしくは完全に婆やにされるがままになっていた。


「……さあ、出来ましたよ! どうです? ナスターシャお嬢様」


 やっと支度が終わり、自慢げな婆やに鏡の前に押し出されて、何の気なしに見た鏡の中の自分に、わたくしは一気に嬉しくなってしまった。


 淡いピンクの総レースのドレスに、時間をかけて丁寧に巻かれた髪にはドレスと同じ生地で作られたリボンが結んであった。


 ……いつものわたくしと全然違う。

 ……華やかでちょっと大人っぽくて、我ながら素敵だわ。

 ……この姿でアシュランに会ったら、彼は何と言うかしら? 綺麗だと言ってくれるかしら?


 ……アシュラン、会いたい。早く帰ってきて。



 パーティはわたくしにとって実に退屈なものだった。


 お父様が招いたらしい少年の相手をひたすらさせられたからだ。

 同じくらいの年頃の無口なその少年を相手に、他愛もないおしゃべりをし、何杯もお茶を飲み、踊りたくもないのに何曲も踊らされた。

 わたくしが何を言ってもおどおどとして返事を返さない少年に、うんざりしかけてきた頃に、周りの大人たちの噂話が耳に入って来た。


 お父様と親しくしている貴族たちが、酔っているのか口さがなく話をしていた。


「……王妃様には大変な気に入りようで、何かと呼びつけていらして」

「……あれが女であれば、間違いなく決まりでしたな。危なかった」

「……いや、王都中の令嬢がオーランド邸に押しかけて、大変な騒ぎになっていると」


 ……オーランド邸? アシュランのこと? あの人たちは何の話をしているの?


 耳に入って来る大人たちの話が気になって堪らずに、お父様に少年の相手をするように言われていたのも忘れて、わたくしは椅子から立ち上がり、ふらふらとそちらへ行こうとした。


「あなたは、アシュランをご存知なのですか?」


 ふいに少年が言葉を発した。

 少年の口からアシュランの名が出たことに驚いたわたくしが思わず振り返ると、躊躇いがちにこちらの様子を伺うように少年がわたくしを見ていた。


「あなたと、アシュランは、その、どういう関係ですか?」


 今までずっともじもじして、ろくに話もしなかったくせに、不躾に何を言い出すのかと呆れてしまったわたくしは、つっけんどんに返した。


「いきなり失礼じゃありません? そんなこと、あなたに答える必要ないでしょう?」

「……え? あ、そう、ですね。……ごめんなさい。失礼なことを聞いてしまって」


 少年は唇を噛んで俯いたまま、もう何も話さなかった。

 さすがに少し気が咎めたわたくしが、慌てて機嫌を取って話しかけても、俯いて首を振るばかりだった。


 それからしばらくして、その居心地の悪いパーティは終わり、わたくしはやっとその少年から解放されたのだった。

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