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135. 執着

 エリオット王子はお祖母様は優しい方だから心配ないと言っていたが、そんな方がいきなりこんなことをするだろうか。

 これは何かの企みか?


 私は訳の分からぬまま、階段の上にいる王太后を見た。

 もう目通り出来る身分ではないとか、そんなことを言っている余裕は私には無かった。

 ……どうにかリリアナ様をお守りして、この場を切り抜けねばならない。



「……ふっ、案ずるな。眠っているだけで、害はない。リリアナには眠ってもらった方が都合がいいのだ」


 リリアナ様の虹色貴石の指輪から金鎖を外して床に捨てた王太后は、大事そうに指輪を撫でながら私に言葉を投げかけてきた。


「……お前が、護衛のクロードか。お前には礼を言わねばならん。アシュランの孫を、これまでよく守ってくれた」


 私には、何故、王太后から礼を言われるのか分からなかった。

 私はリリアナ様とレオンの護衛で、それは私の仕事であって、何故、それが王太后から礼を言われるのか。

 礼を言うのなら、リリアナ様に対する態度は何なのだと、私の頭は混乱していた。


「リリアナは、アシュランとの約束を果たすためには大切な娘だ。仇なす者は許さん。死をもって贖わせる」


 王太后のその冷たく低い声に、私は息を呑んだ。

 ……もしや、まさか、これまでのグランブルグ家の周りで起きた理解不能の出来事は、まさか、この王太后が……?


 私の視線に気づいた王太后が声を上げて笑い出した。


「そうだ、妾だ。すべてこのユーリに命じてやらせた。ユーリは忠実な妾の影だ」


 王太后の横に控えているユーリは、事も無げな顔をしている。

 この優し気な男が、アンリエッタ嬢を、さらにはギリエル男爵をも襲ったのか……?


「身の程知らずにもリリアナを襲わせたアンリエッタには、思い知らせるために同じ目に遭わせてやった。それで懲りれば見逃してやったものを、性懲りもなく再びリリアナを襲ったから焼き殺してやったわ」


 ふうっと虹色貴石の指輪に息を吹きかけて、ハンカチで拭きながら王太后が言う。


「アシュランの孫に手をかける者は、何人たりとも許さん」


 先程からずっと王太后は、アシュランの孫、アシュランの孫と言い続けているが、私には王太后が何故ここまでアシュラン様に執着するのか理解できなかった。

 アシュラン様とどのような関係かは知らないが、何故ここまで惨いことが出来るのか。


「……では、ギリエル男爵を手にかけたのも」

「勿論、妾だ。ユーリに命じてな」

「百人もの兵がいたはずです」

「毒を使えば、大した数ではない」


 王太后はさも大したことが無いように肩を竦めた。

 毒という言葉に、私は王太后の横に控えるユーリを見た。

 ……この男は、毒を使うのか?


「お前は確かに強いが、真面目すぎる。正面から剣で向かって行くばかりでは、ギリエルのような男には敵うまい」


 そうは言っても、このユーリという男一人で、あの百人もの兵をどう倒したのだろうか。

 私は気になって、ユーリから目が離せなかった。

 私はクラウス様から剣術と武術を学んだが、毒に関する知識は無かったからだ。


 王太后が面白そうに笑い出し、ユーリに命じた。


「ユーリ、その男に教えてやれ」


 ちらりと王太后を見たユーリが頷いて、私に向き直った。


「私はあの時、風上におりましたので、毒霧を撒いて一気に片付けました。それをくぐり抜け生き残った者は、毒矢で射かけて処分しました。使った毒は私が独自に作り出したもので、役人に調べられても大丈夫なように痕跡は残しておりません」


 ……毒の霧? そんなものがあるのか。


「ユーリには医術の心得があり、毒は自在に扱える。……そういえば、お前を助けたのもユーリだぞ」

「……え?」

 

 私を助けた? それではもしや、ギリエル男爵に襲われて死にかけていた私を助けてくれたのは、この男なのか? このユーリが、私を?


「いつか必要になるときが来ると思い、ユーリに医術を学ばせたが、そのお陰でお前は助かったのだ。アンリエッタに襲われて川に落ちた時も、崖から飛び降りた時も、ギリエルに斬られた時も、助けたのはユーリだ。王家所蔵のキオウを使ってな」


 ……王家所蔵のキオウ! 

 何処かの金持ち貴族とは思っていたが、王家の物だったのか。


「私は平民です。そのような高価な物を使って助けて頂くような身分ではありません」

「構わん。お前はアシュランの孫の護衛だ。お前を死なせるわけにはいかぬ。アシュランとの約束を果たすまでは、お前が必要なのだ」


 ……約束?

 さっきから王太后はアシュラン、アシュランとアシュラン様のことばかりだ。

 アシュラン様の為に、リリアナ様を守り、私を王家のキオウを使ってまで助け、ギリエル男爵を手にかけるとは、私には王太后のすることが到底理解出来ない。


「何度も命を救って頂いたことは感謝します。……ですが、何故そこまで惨いことをなさるのです?」


 何の為に王太后がここまでするのか真意が分からずに、私は眠るリリアナ様を抱えたまま、王太后を見た。


 問いに答えずに、黙って私を見下ろしていた王太后はやがてその重い口を開いた。


「……お前には分からぬ。どれだけ長い間、妾が待ち続けたか」


 ゆらりと王太后が立ち上がった。

 横に控えていたユーリが手を差し出して、王太后を支える。


「この気の狂いそうな城の中で、それだけを支えに妾は耐えて生きてきた」


 一歩ずつゆっくりと王太后がユーリに支えられながら階段を降りてくる。


「アシュランとの約束。妾達の孫を添わせること。……それだけが妾の望みだ」


 階段を降りてきた王太后が、リリアナ様を抱える私の前に立った。

 そのまま黙ってリリアナ様の顔を見ている。


「……では、リリアナ様とエリオット殿下の王命も王太后様が?」


 私の問いに、王太后が忌々しそうに答える。


「王命は妾ではない。そのようなこと王に頼んではおらぬ。……妾の命が長くないことを知った王が先走ったのだ。我が子ながら、愚かなことよ」


 王太后のその言葉には侮蔑の意が籠っているようにも感じられた。

 ……我が子である国王に対して、愚かとは。


 私はますます混乱して来ていた。

 王太后の言うアシュラン様との約束を果たす為であれば、王命で孫同士を添わせるのが手っ取り早いのではないのか?

 それを何故、愚かと侮るのか。


「……愚かとは、何故ですか?」


 私の言葉に王太后がちらりと目線を向けてきた。

 それは冷たい、心の無い目だった。


「何故? 決まっているだろう。心は二つでも、体は一つだからだ。リリアナとレオン、両方を手に入れることは出来ぬ。このままでは王命で成婚するのはリリアナだ。……だが、妾はレオンが欲しい」


 王太后が顔を近づけて、身構える私の目を覗き込む。


「妾は、アシュランに生き写しのレオンが欲しい」


 王太后の目の中に潜む狂気に、私は背筋が寒くなるのを感じていた。

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