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134. 優しいお祖母様

 エリオット王子が口づけた所の髪を上着の袖で何度も拭うリリアナ様を見ているうちに、私はエリオット王子が少しばかり気の毒に思えてきた。 

 

 根は悪くは無さそうだが、第一印象が悪すぎたよな、あれは私でもドン引きだったしな、などと考えていると、女官が声をかけてきた。


「王太后様がお待ちですので、わたくしについて来て下さいませ」 


 リリアナ様と共に女官の後をついて行くと、広間のような所へ案内された。



 吹き抜けになった高い天井には美しい宗教画が描かれ、磨き上げられた金色のシャンデリアが眩しい。

 正面に数段の階段があり、その最上階にその方はいた。

 ゆったりとしたビロードの椅子に気怠そうに腰かけている。

 ……これが、王太后。


 女官の後を付いて広間の中心を通り、リリアナ様と私は王太后の前へ進み出た。


「王太后様。グランブルグ伯爵家令嬢リリアナ様とその護衛のクロードをお連れ致しました」

「……下がれ」


 女官が静々と下がり、広い広間には王太后とリリアナ様と私の三人だけが残された。

 私とリリアナ様は、階段の手前で頭を下げたまま、王太后からの声掛けを待っていた。


 ……自分から呼び出したにも関わらず、王太后はリリアナ様と私に声をかける気配も無く、かと言ってこちらから声をかける訳にもいかず、リリアナ様と私はただひたすら頭を下げて王太后を待った。

 

 やがて長い静寂を破り、王太后がその口を開いた。


「……お前が、リリアナか。面をあげよ」


 リリアナ様が右足を斜め後ろの内側に引き、左足の膝を前に向けたまま曲げて、背筋を伸ばし王太后に挨拶をする。


「王太后陛下、お召しにより参りました。グランブルグ伯爵の娘リリアナでございます。お目通りが叶い恐悦至極に存じます。本日は、このような場を弁えぬ姿で罷り越しましたことをお詫び申し上げます。どうぞお許しくださいませ」


 閑静な広間にリリアナ様の凛とした声が響く。


「……よく似ている。……惜しいな」


 感嘆にも似た王太后の小さな声が漏れ聞こえる。


 本来なら目通り出来る身分ではない私は、顔が上げられず、王太后がどんな表情をしているのか分からない。

 ここに急ぎ呼びつけられたが、どんな用があってのことなのかが分からずに、私の胸は不安でいっぱいだった。


「……エリオットには可哀想だが、リリアナ、お前の役目はここで終わりだ。ご苦労だった」

「……え?」


 リリアナ様の役目がここで終わりという王太后の意味不明な言葉に、リリアナ様が微かに戸惑いの声を漏らしたのと同時に、誰かがこちらへ歩いて来た。

 

 顔を上げられずにいたとはいえ、こんなに近くに来るまで私がその気配に気づかないとは不覚だった。

 

「……んんっ!」


 リリアナ様の声に思わず私が顔を上げると、リリアナ様の前に立った若い男が、何か布のようなものをリリアナ様の口元に無理やり押し当てていた。


「リリアナ様!」


 頭の後ろに手を回されて動けない状態で無理やりに口元に布を押し当てられたリリアナ様は、やがてふっと意識を失くし、足元から崩れた。


 私は王太后の御前であることも忘れて、声を上げてしまった。


 ぐったりと力なく崩れたリリアナ様の背中を若い男が支えるが、私はその男からリリアナ様を奪い取り睨みつけた。


「……何をした……?」


 その若い男は伯爵令嬢であるリリアナ様にこんなことをしたにも関わらず、表情を変えずに私を見ていた。


 …………この男、何処かで見た覚えがある。


 二十五、六位で淡い紫の髪に赤い瞳。優し気な顔立ちで、隙がまったく無い。

 ……何処かで似た男に会った気がする。……何処かで。


「あ!」


 思い出した!

 この男にはオーランド領で会った。

 確かオーランド領で疫病が発生する前に、レオンが広場にいた老婦人に声をかけたことがあった。

 この男はその老婦人に付き添っていた男だ。


 男を思い出した瞬間、私は自分の身分も忘れて、階段の上の椅子に座っている王太后を見た。


「……やはり」


 そこにいたのは、レオンが声をかけた老婦人だった。

 七十を過ぎたくらいの年で、濃い紫色の長い髪に黒いドレス。

 気怠そうに椅子に腰かけて、肘掛けに肘を置いて頬杖を付きながら、冷たい目でこちらを見ていた。


「ユーリ」

「はい」


 ユーリと呼ばれた若い男は、私が体を支えているリリアナ様の首元に不躾にも手を入れて、お守りの虹色貴石の首飾りを引きちぎり奪い取った。


「何をするっ⁉」


 意識の無いリリアナ様から虹色貴石の首飾りを奪い取ったユーリは、ゆっくりと王太后の元へ行き、それを渡した。



『お祖母様は優しい方だから、心配いらない』


 ……エリオット王子。

 あなたの言う優しいお祖母様というのは、前触れもなくリリアナ様に何かを嗅がせて意識を失わせた上に、虹色貴石まで奪うような方のことか?


 これの何処が、優しいお祖母様だ!

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