表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/156

129. 永訣の朝

 夜が明けたらしい。

 鳥のさえずりが聞こえ、山小屋の壁板の隙間から光が漏れ入って来る。



 私の胸の上で、レオンがすやすやと寝息を立てて眠っている。

 そのレオンの温もりが、その重みが、これが夢ではないのだと教えてくれる。

 無防備な寝顔。

 愛しくて堪らない。

 強く抱きしめて、もっと強くこれが夢ではないのだと確かめたい。


 だが、そんなことをしたらレオンが目覚めて、私の腕の中からするりと抜けていってしまうことは分かっていた。

 抱きしめることも、口づけることも、その髪を撫でることも出来ずに、レオンが目覚めるまで、自分の胸の上ですやすやと気持ち良さそうに眠っているレオンを、私はただ見つめていた。


「……う、ん」


 やがて目覚めたのか、レオンがもぞもぞと動き出した。

 その目覚めを待っていた私は、やっと目覚めたレオンをぎゅうっと抱きしめて、髪にキスをした。


「おはよう」


 まだ眠り足りない様子で、眩しそうに片目を開けて瞼をこすりながらレオンが顔を上げた。

 その寝惚けた顔が可愛らしくて、私は頭を起こしてその頬にちゅっと口づける。

 その瞬間に目が覚めたのか、レオンが顔を真っ赤にして、そのまま私の胸に顔を伏せた。


「どうしたの?」


 目覚めたレオンにもはや遠慮することも無く、私はレオンの体を抱きしめながら、その髪に何度もキスをする。


「……え、な、何? 何なの、これ?」

「何って、忘れたの? ……昨夜のこと」


 あの夢のような幸せな時を。

 特別に思っているのは私だけなのかと焦れてしまう。


 私の胸に顔を伏せていたレオンが、少しして躊躇いがちに顔を上げた。

 顔を真っ赤にして恥じらいながら、うるうると潤んだ瞳で上目遣いに私を見る。


「……覚えてる」


 その可愛さに堪らずに、抱きしめる腕にぎゅううっと力が入ってしまう。


「苦しいっ」


 慌てて手を緩めるが、それでも抱きしめる腕を放さない私にレオンがぷうっとむくれる。


「怒っても可愛い」

 

 レオンのむくれて膨らんだ頬にちゅっと口づけると、呆れたようにレオンが私を見る。


「……変わりすぎ」

「何?」

「何でもないよ」


 体を起こして離れようとするレオンの手を取って、その体を引き戻しながら、私はレオンが目覚めるまでに考えていたことを口にした。


「……レオン、何処か遠くへ行って、二人で暮らそう」


 レオンが驚いた顔で私を振り返る。


「一生を、あなたと共に生きていきたい。大切にする。……レオン、あなたを愛している。ずっと私の側にいて欲しい」


 口を開けて目を見開き、言葉を失くした様子で私を見ていたレオンは、次第にくしゃっと顔を歪めて泣きそうな顔になったかと思うと、唇に力を込めて何かを堪えて、そして、微笑んだ。


 それは、とても穏やかで慈しみに満ちた微笑みだった。

 こんなに美しい微笑みはきっと生涯忘れないだろうと、私は思わず息を呑んだ。


「レオン……?」


 レオンは微笑んだまま、私の首に両手を回して抱きついてきた。


「ありがとう。クロード」


 受け入れてくれたのだと、私は喜び一杯でレオンを抱きしめ返した。


「レオン、愛してる。きっと大切にする。約束する」




 どれくらいそうして抱き合っていただろうか。

 さすがにそろそろ服を着ないと風邪を引くと言って、レオンが私から離れた。


 私は後ろ髪を引かれながらも、それでもこれからはずっとレオンと一緒にいられるのだと、幸せな気持ちでレオンを見ながらシャツを着る。


「そんなに見張ってなくても、逃げないってば」

「そんなつもりじゃ……」

「……ああ、ほら。よそ見をしながら着てるから、ボタンがずれてる」

「え?」


 自分の胸元を見ると、シャツのボタンが一つずつずれていた。さすがにこれは恥ずかしい。


「やってあげる」


 先に服を着終えたレオンがこちらへ来て、私のシャツのずれたボタンを一つ一つ外して留める。

 レオンの白く細い指を見ながら、私の頬はつい緩んでしまっていた。

 ……ああ、ダメだ。嬉しすぎて幸せすぎて、顔がにやける。


「はい、終わったよ」


 ボタンを留め終えて、私の胸をぽんっと叩くレオンを、私はそのままひょいと抱き上げた。


「何?」

「ありがとう」

「何でいちいち抱き上げるんだよ」

「大好きだから」


 呆れたようにはあーーっと特大の溜息を吐いたレオンは、しょうがないと言いながら私の首に両手を回し、そして私の頬にちゅっと口づけた。


 こんなやり取りが嬉しくて堪らない私は、自分もレオンの頬に同じように口づけしようとして、レオンがじっと私の顔を見ていることに気づいた。


「……レオン?」

「クロード、……ごめんね」



 …………え?



「僕は、お父様とお母様を見殺しには出来ない」


 そう言うとレオンは私の顔を両手で挟み、私の唇に自分の唇を重ねた。


「レオン⁉ 嫌だっ! やめてくれっ!」


 私が必死に顔を背けようとしても、レオンが力づくでそうさせない。

 がしっと私の頭を掴み、角度を変えて何度も唇を強く重ねてくる。


「……んんっ、どうして……っ⁉」

「お父様とお母様が必要としているのは僕じゃないんだ」


 そう言って私の目を見たレオンは、再び唇を重ねた。


「んんっ、嫌だ、レオン。こんなことっ。……私は? ……私のことは?」

「ごめんね、クロード。……僕のことは忘れていいから」

「そんなっ」


 ゆっくりと唇を離したレオンは、その柔らかな頬をすり寄せながら、耳元で囁く。


「……だって、長い人生を独りで生きていくのはつらすぎる。……だからこの先、クロードが誰か僕以外の人を愛しても、……許すよ」

「……あなたを、忘れられるわけがない」


 すり寄せていた頬を離したレオンは、私を見ながら優しく微笑む。

 レオンの体からうっすらと白い靄が出てきた。


「クロードが忘れても、僕が覚えてる。僕は今、とっても幸せだから……いいんだ」

「……レオン」

「いいんだ」


 微笑みながら、レオンは消えてしまった。


 私を、一人残して。


 私が、あなたを忘れられるわけがないのに。


 あなたは消えてしまった。


 永遠に。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ