124. 触れたい唇
それからしばらくレオン様と、私が気を失った後のことの話をしていた。
ギリエル男爵に襲われて負傷した私は、何処からか現れた強烈な光で意識を失くしてしまった。
その後、一人残ったリリアナ様がどうなったのか、ギリエル男爵やその配下の兵士たちはどうしたのか、気になっていたのだ。
レオン様が言うには、目覚めた時には周りには誰もいなかったらしい。
ギリエル男爵も兵士たちも、私が倒した兵士たちも、それらしき者は見当たらなかったという。
ただ、私が大怪我をして意識の無いまま倒れていて、どんなに呼びかけても応えずに絶望したと、その時のことを思い出したようで、話をしながらレオン様が涙を流す。
私はその涙を指で拭うと、レオン様の肩を抱きながら、その頬に自分の頬をくっつけた。
「ちゃんと生きてる。もう絶対に、あなたを残していかないから。約束する」
しばらく私の目を見ていたレオン様は、ちゅっと私の頬に口づけて、それからまた私の頬に自分の頬をくっつけて話し始めた。
レオン様は、初めは私が血だらけで倒れて、意識が戻らないことに取り乱したが、そのうちに誰かが手当てを済ませて、キオウを飲ませたことに気づいたらしい。
このまま安静にしていれば助かるかもしれないと、何処か私を休ませられる所を探して、私を背中に抱えて山道を歩いている時に、さっきの男ウィレムに助けられたのだそうだ。
「……意識の無い私は重かったでしょう」
「うん。重くて、抱えきれなくて、ちょっと引きずった。クロードは背が高すぎるし」
「……すみません」
「あのね、アシュランお祖父様はすごく背が高かったらしくて、僕はお祖父様にそっくりなんだって。だから多分、あと何年かしたら、クロードとそんなに変わらないくらい背が高くなるから。その時は、ちゃんと抱えてあげるからね」
楽しそうに笑うレオン様に、私は数年後に自分と同じくらいの背丈に成長しているレオン様を想像してしまった。
一人でにやにやしている私を、不思議そうにレオン様が見ている。
「どうしたの?」
「え? ……いや、その、背丈が同じくらいってことは、顔の位置が近いってことですよね。それなら例えば、歩いてる時とか、ふとキスすることも出来るのかなとか」
途端にレオン様が、呆れたような目で私を見てくる。
「……そんなことばっかり考えてるの?」
「え? いやっ、違いますよ。そんな訳ないでしょう」
「……クロードは、背が高い方が良いの? ……小さいと嫌?」
レオン様が、下を向きながら拗ねたように言う。
「そんなことありません。向かい合って立っているレオン様をそのまま抱きかかえた時に、レオン様が私の首に手を回して抱きついて来るのとか、好きです」
「……ほら、やっぱりそんなことばっかり考えているんじゃないか」
レオン様が、再び呆れた目で私を見てくる。
「だって、しばらくは会えないと思っていたから。……また会えるまで何年でも待つつもりでいたけど、それでもあなたが恋しくて、頭から離れなかった。私が好きなのはあなただけだから、あなたのことばかり考えてしまう。……それは、いけないことですか?」
黙って私の言葉を聞いていたレオン様が、私の顔を見ながら尋ねた。
「僕に触りたい?」
「……触っても良いのですか?」
「矢傷と背中の斬り傷はほぼ塞がってるけど、そのお腹はまだ完全には治ってないから、あまり力を入れたりしない方がいい。……だから、僕がクロードに触る」
意外な言葉に少し驚いて、私はレオン様を見た。
「忘れたの? 僕だって、クロードが大好きなんだよ」
そう言って悪戯っぽく笑ったレオン様は、寝床の上に膝立ちになって、私をふんわりと包み込むように抱きしめる。
「……ずっと、一緒にいるから」
「本当に? 何処へも行かない?」
「ずっと側にいる。だから、クロードも僕を置いて行かないで。僕を一人にしないで」
……ああ、こんな風に優しくレオン様に抱きしめられて、抱きしめ返さないなんて私には出来ない。
私は右手をそっとレオン様の背中に回した。
すると、それに気づいたレオン様が、私を咎めるようにちらりと見てくる。
「……怒らないで。左は動かさないから」
レオン様のその華奢な体を右手で抱きしめて、しばらく幸せに浸った後、私は右手をレオン様の頭の後ろに伸ばした。
そしてそのまま、レオン様の頭の後ろに手を添えたまま、すぐ目の前にあるレオン様の顔を見上げる。
私を見つめるレオン様の眼差しの、何と甘く優しいことか。
さくらんぼのような唇が、何と甘美に私を誘うことか。
……この唇に触れたい。
この唇を、思い切り塞いでしまいたい。
けれど、それが出来ないことはよく分かっている。
私がこの唇に触れることは、もう二度と無いだろう。
だが、共に過ごせる掛けがえの無いこの時に比べれば、そんなことは些細なことだ。
私は、レオン様の頭の後ろに添えた手にそっと力を込め、その顔を自分の方に傾けて、まるで私を誘うように少しだけ開いたその唇の横に口づけた。
「……私が触れたいのは、あなただけだ」