123. 激情
どれだけ時間が経ったのか分からない。
私は自分の腕の中で眠るレオン様をずっと見ていた。
いつの間にか自分の中が幸せで満たされているのが分かる。
思い返せばあの時、私は死を覚悟した。
ギリエル男爵に襲われて、全身を矢で射られ、兵士に背中を斬られ、腹を貫かれた。
今、こうしてここに生きているのが不思議でならない。
……それに、あの光。
あれは、何だったのだろう。
「…………ん」
レオン様が目覚めたらしく、私の腕の中でもぞもぞ動き出した。
柔らかな髪がさらさらと揺れて私の腕をくすぐる。
ふと顔を上げたレオン様が、まだ寝惚けているのか、とろんとした目で私を見てくる。
そして、ふふっと笑って私の首に手を回し、頬をすり寄せてきた。
怪我が治るまで触るなと言われたが、レオン様の方から触ってくる分には構わないのだろうかと思いながら、私がその背中に手を回そうとすると、レオン様がいきなりがばっと体を起こした。
私が呆気に取られていると、私の両頬を掌でぺちぺちと叩いてくる。
「……クロード⁉ 大丈夫⁉ 生きてる⁉」
焦ったように私の頬を叩いていたレオン様は、訳が分からずにぽかんとする私を見て、ほっとしたように顔を歪め泣きそうな顔で脱力していた。
私はゆっくりゆっくりと脇腹をかばいながら体を起こした。
「どうしたのです?」
「……何でもない」
ぷいっと顔を背けるレオン様に、私は気になっていたことを尋ねてみた。
「この怪我の手当ては、レオン様がしてくださったのですか?」
「……違う、僕じゃない。……僕が目覚めた時にはもう誰かが、怪我の手当てをしてキオウを飲ませていた。クロードが助かったのは、そのお陰だ」
……キオウ?
確か、死にかけてるような怪我人でも治すが、物凄く高価で滅多に手に入る代物ではないとか、以前に誰かが言っていたような。
そういえば、以前も誰かが私に飲ませたと、レオン様が言っていたような。
「それと、クロードが持っていた回復薬。そのお陰で、矢傷はほぼ塞がってる」
……回復薬。
……旦那様だ。旦那様が、レオン様と私の為に用意くださった物だ。有難い。
お陰で、こうして生きていられる。
「……また、命を懸けてお守りできる……」
ブチッと、音がした気がした。
「……今、……何て言った?」
ゆっくりと顔を上げたレオン様の目が据わっていた。
「え? ……あの、また命を懸けてレオン様をお守りできると」
「はあっ⁉ 馬鹿じゃないの⁉ 本気で死にかけたくせに、まだそんなこと言ってるの⁉ いい加減にしろっ!」
烈火のごとく怒り怒鳴り散らすレオン様に、私は呆気に取られてしまった。
「どうしていつも僕が目覚めたら死にかけてるんだよ⁉ 命を懸けて守ってくれなんて、そんなこと僕は頼んでない! 望んでない!」
……こんなに怒るレオン様は初めて見た。
その迫力にたじろぎ、つい押されてしまう。
「……でも、それが私の仕事なのです」
「クロードは、仕事だから僕の側にいるの? 仕事じゃなかったら、もう僕の側にいないの?」
「違う! そうじゃない! ……私はあなたが好きなんです。好きだから、あなたの側にいたい」
苦しそうに眉根を寄せたレオン様が、声を絞り出すように言う。
「……僕が好きなら死なないでよ。側にいてよ。……僕にはクロードしかいないのに。……何で、そう自分の命を簡単に扱うんだよ」
「……でも、命を惜しんでいてはあなたを守れない」
「僕はクロードの命と引き換えに、自分だけ生き残りたいなんて思わない!」
声を張り上げたレオン様が、目に涙を溜めて私を睨みつける。
「……覚えていて。クロードが死んだら僕も死ぬから。一人で勝手に死ぬなんて絶対に許さない」
レオン様の目の淵に溜まった涙が、ぼろぼろと零れ落ちる。
「……僕を生かしたいなら、死なないで」
…………ああ、この激しさだ。……この激しさが、私を強く惹き付ける。
躊躇うことなく真っ直ぐに私に向かってくる、この目が私を捉えて離さない。
甘くて激しい、この青い瞳から離れられない。
心が震える。
目の前でぼろぼろと涙を流すレオン様の頬に、私は震える手で触れて、その流れる涙を唇で受け止めた。
「……何してるの? ちゃんと治るまでダメって言ったよね? 忘れたの?」
涙を流しながら、レオン様が私を横目で睨む。
「……でも、レオン様に触れたら元気になるんです」
「そんなわけないでしょ」
私は気にせずに、反対側の頬の涙も唇で受け止める。
「本当です。嬉しくて、力が湧いてくるんです」
「……本当に?」
疑うようにレオン様が私を見る。
「はい。だから、もう少しだけ触れていてもいいですか?」
「……ちょっとだけだからね」
お許しが出たのでもう遠慮することも無く、私はレオン様の顔を両手で包み、顔中に口づけた。
「はい。でも、元気になったら、いっぱい触っていいって言いましたよね? レオン様は記憶力が良いから、覚えてますよね?」
「……そんなことばっかり覚えてるんだから」
ぷうっとむくれたレオン様を、私はそっと抱きしめた。