120. もう一度、あなたに会いたかった
崖の上にずらりと並んだ兵士が構えた弓から、こちらに向かって一斉に矢が放たれた。
まるで雨のように降り注ぐその矢に、私は咄嗟に肩に付けていたマントを外して、リリアナ様に覆いかぶさって頭からマントを被った。
確か旦那様は、このマントのことを超極細金属糸で織られていて、普通の鎖帷子とは違い、矢をも通さないと仰っていたはず。
藁にもすがる思いで、そのマントを頭から被り、矢の雨が通り過ぎるのを待った。
……確かに、マント越しに矢が当たる感覚はあるが、刺さらずに跳ね返して落ちているようだ。
こうなってみれば、この鎖帷子が上着ではなく、マントでなければならなかった理由がよく分かる。
上着では頭や足が出てしまうし、私がリリアナ様に覆い被さったとしても隙間が出来て危ない。
しかしマントならば、私の背丈に合わせてある分、リリアナ様の全身を覆い隠すことが出来る。
無傷でリリアナ様を守ることが出来る。
……ああ、旦那様、さすがです。後光が差して見える。
しばらく振り続けた矢の雨は治まったのか、静かになった。
私はリリアナ様をマントの中に残して、気配を伺いながら外に出た。
すると、手を叩きながら大仰に笑うギリエル男爵の笑い声が響いていた。
「素晴らしいっ。何だか分からんが、面白いものを見せてもらった。……これは矢なんかで楽に死にたくないという君の意思表示と理解したよ。それならば、ご期待に添わなければなあ」
いつの間にか再び周りを剣を持った兵士に囲まれていた。
マントを被ったままうずくまっているリリアナ様を背にして、私は兵士たちに対峙した。
剣を振り上げて襲ってくる兵士を、大きく振った剣でなぎ倒し、よろめきながら立っている者を蹴り飛ばした。
向かってくる兵士を振り上げた剣を叩き下ろして一撃で倒し、返す剣で新たに向かってくる兵士の横腹を切る。
どうにかその場に居た全員を倒すと、ギリエル男爵の声が響いてきた。
「つ~ぎ~」
その声を合図に、今度は崖の上から一斉に矢が飛んでくる。
地面にうずくまって怯えながらマントを被っているリリアナ様から、まさかマントを奪う訳にもいかず、私はそのまま向かってくる矢の雨に対峙した。
一斉に振ってくる矢を剣の面で叩き落し、払い落して、どうにかそれをかわす。
私が避けたのを見たギリエル男爵の合図で、再び矢の雨が降って来る。
その度に剣の面で叩き落して避けるが、数本は避け切れずに顔や腕をかすめた。
「つ~ぎ~」
今度はそれを合図に、剣を持った兵士が現れて取り囲む。
……ギリエル男爵は、本当に嬲り殺しにするつもりらしい。
その恨みの深さを思い知らされるが、本当にグランブルグ伯爵家は無関係なのだ。
アンリエッタ嬢の死にも放火にも、一切関わっていない。
これは濡れ衣で、逆恨みなのだ。
「……今更言っても聞かないだろうな」
ぽつりと零す私に、兵士たちが向かってくる。
私は落ちている剣を拾って左手に持つと、向かってきた兵士の剣を左に持った剣で受け止め、右手に持った剣で相手を叩き斬った。
左で受け、右で斬る。右で受け、左で斬る。両手で受け止め、足で蹴り飛ばす。
「つ~ぎ~」
一斉に矢の雨が降って来る。
私がその矢を剣の面で叩き落そうとした時、ふいにリリアナ様がマントの下からひょこっと顔を出した。
「……どうなってるの? 大丈夫?」
「リリアナ様、危ないっ!」
慌てて矢を叩き落すも、落とし切れなかった矢がリリアナ様に向かって行った。
私は飛びかかるようにしてリリアナ様の上に覆い被さる。
「……ううっ」
叩き落し切れなかった矢が、私の左腕と右足に刺さった。
「ひゃあっはっはあ~っ! よお~しっ!」
楽しそうなギリエル男爵の笑い声が響く。
「……クロード⁉」
「……リリアナ様、私が良いと言うまで決してこのマントから出てはいけません。この中にいれば、お父様が守って下さいますから」
不安そうに私を見るリリアナ様を、どうにかマントの中に押し込めて、私は再び取り囲んでいる兵士たちに対峙する。
「……奥様に命を懸けるなと言われたが、この状況で命を惜しんではリリアナ様を守れないよな」
私は腕と足に刺さった矢を引き抜いた。
「……ぐああああっ!」
覚悟を決めて、兵士たちを見据えると、私は両手で剣を持って構えた。
先程までとは違い、左腕に力が入らない。
相手の剣を左で受けるも支えられずに押し切られてしまう。
どうにか右手の剣でかわすが、今度は蹴りが使えない。
「……くっ!」
私が足を負傷してもはや蹴りが使えないと読んだ兵士たちが、間合いを狭めてくる。
そして互いに合図をしながら、一斉に剣を振り上げて斬りかかって来た。
私はその高く振り上げられた剣を右手に持った剣で叩き落しながら、その反動を使って左足で兵士たちをなぎ倒すように回し蹴った。
「……ぐああっ!」
軸にした右足に激痛が走る。
私は右手に持った剣で地面を刺して、何とか体を支えた。
「つ~ぎ~」
地面に刺した剣でどうにか体を支えている私に、矢の雨が降り注ぐ。
……こんな所で死ぬわけにはいかない。
命を惜しんではリリアナ様を守れないが、だが、リリアナ様を残しては死ねない。
……レオン様を残しては、死ねない。
「……うおおおっっ!」
気力を振り絞って飛んでくる矢を叩き落し、払い落すが、足を痛めて俊敏に動けない状態では、もはやすべてを避けることは出来なかった。
左肩や足に数本の矢を受けて、私はその痛みに膝をついた。
「……うああっ!」
私の叫び声にギリエル男爵は手を叩いて喜び、次を急かす。
「いいぞいいぞ~っ! 面白くなってきた! どんどん行け! 次だ!」
ギリエル男爵の声に、また剣を持った兵士たちが私を取り囲む。
私は、このままでは動きの妨げになる体に刺さった矢を引き抜いた。
「……ぐあああああっっ!」
地面に刺した剣を支えにして、何とか立ち上がった私はじりじりと近づいて来る兵士たちに対峙するが、もはや両足は動かなかった。
立っているのが精いっぱいのこの足では、蹴りなど到底無理だ。
肩と腕を射られた左も、だらりと下がったままで、もう動かない。
使えるのは、右腕のみ。
肩で息をしながら、正面から向かってくる兵士を高く上げた剣を斜めに振り下ろすようにして斬り倒した。
「……ううっ!」
剣を振り下ろすだけで激痛が走る。
思わず地面に剣を刺して体を支える私を、兵士が背後から斬りつけた。
「……うああっ! 卑、怯な……っ!」
私は咄嗟に剣を地面から引き抜き、そのまま背後の兵士に向かって振り上げた。
兵士が声を上げて倒れる。
背中を斬られて意識が朦朧とする私を、今度は正面から向かってきた兵士の剣が貫く。
「……ぐはっ!」
左脇腹を貫く剣を、相手が抜けないように左手で掴んだまま、私は右手に持った剣で目の前にいる兵士を斬った。
そして、倒れた兵士の横に、崩れるように膝をついた。
……もはや、ここまでか。
腹に刺さった剣を抜く気力さえも、もう無い。
……命を懸けてお守りすると誓ったのに、果たせなかった。
……目が、霞む。
意識が、……朦朧とする。
……レオン様、……最後に一目、会いたかった……。
もう一度、……あなたに……。