118. 待ち伏せ
馬車はいつの間にか薄暗い森を抜けて、見晴らしの良い山道を走っていた。
「……ねえ、どうしてなの? ……もしかして、その、……わたしと同じ気持ちなの?」
顔を赤らめ、時折恥ずかしそうに目を伏せながら尋ねてくるリリアナ様に、私は動揺して言葉を返せずにいた。
私がお慕いするのは、リリアナ様の中に眠っているレオン様であって、リリアナ様ではない。
だが私は、これから先、もしかしたら何十年もリリアナ様をお守りしながら、生活を共にしなければならないのだ。二人きりで。
「お慕いするのはあなたではありません」と言うのは簡単だが、その後がどれだけ気まずいか、難しくなるかは、マリアにあれだけ無神経と言われた私にでも分かる。
かと言って、私はリリアナ様の兄になると決めたのに、思わせ振りなことをいつまでも続けるわけにもいかない。
……はっきり言うべきだろうか。
『リリアナは弱い』
余計なことを言うなと言わんばかりの、迷う私の耳元で囁く旦那様の声が聞こえる。
……私にどうしろと言うのだ。
「……クロード?」
「……リリアナ様」
どう話したものか困り果てて、私がリリアナ様の目を見つめ返した時だった。
悲鳴と共に馬のいななきが聞こえて、馬車が大きく揺れて停まった。
私と向かい合って手を繋いでいたリリアナ様が、つんのめるようにして私の方へ飛んできた。
それを両手で抱きとめた私は、御者に向かって声を上げる。
「どうした⁉ 何事だっ⁉」
しばらく待っても御者からは何の返事も無く、私は外の様子を確認するために、リリアナ様を馬車に残して外へ出た。
御者と馬は矢で射られて絶命し、道に倒れていた。
「……追手か? いや、追手なら御者まで手にかけるとは思えない。いきなり問答無用でこんなことはしないだろう」
……それなら誰がこんなことを?
私は剣の柄に手をかけて警戒しながら辺りを見回した。
先程までの薄暗い森の中とは違い、かなり木が伐採されて見晴らしが良くなっている。
もしや待ち伏せされたのかと、ふと上を見上げると、崖の上に人影が見えた。
良く見ると、でっぷりとした貴族のような男を中心に、ずらりと武装した兵士が並んでいた。
「……やはり待ち伏せか。ここを通るタイミングを狙われたのか」
ぎりりと歯噛みをしても遅い。
崖の上には、ぱっと見ただけでも数十人の兵がいる。
馬が死んでしまった以上、馬車で逃げることは出来なくなった。
こうなっては荷物を諦めて、リリアナ様と二人でどうにか逃げるしかない。
……リリアナ様をつれて、この数の兵をかわす。
その難しさに、私はごくりと唾を飲み込んだ。
「馬車の中にいるリリアナ様を連れて、あの兵士たちから逃げきらねばならない」と私が腹をくくって馬車を見ると、すでに数人の兵士が剣を手に、足音を忍ばせて馬車に近づこうとしていた。
私は慌てて剣を抜きながら馬車に駆け寄り、私に気づいて向かってきた兵士の剣を跳ねのけて、足でその腹を力の限りに蹴り飛ばした。
ずさささっと音を立てて兵士が倒れる。
他の兵士が一瞬ひるんだ隙に、私は馬車からリリアナ様を降ろして、自分の背に匿った。
倒れている兵士と、絶命している御者と馬を目にしたリリアナ様は小さな悲鳴を上げて私を見た。
「……クロード、どうして、こんな恐ろしいこと……?」
「……私にもまだ分かりません」
馬車の前にいる数人の兵士達の剣で追い立てられるようにして、私とリリアナ様は、崖の上にいる貴族らしき男の眼下に立たされた。
……追手だろうか。
それにしては、やり方が荒いような気がする。
私は崖の上にいる貴族を見た。
でっぷりとして体格がよく、六十過ぎ位だろうか。
くるんと巻いた鼻髭に長い顎髭。
その顎髭を何度も手でさすりながら、こちらを見下ろしている。
その目つきは冷酷で陰険で、底知れない不気味さを感じた。




