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113.それぞれの気持ち

 夜明け前までのわずかな間を惜しむように、旦那様と奥様は意識の無いリリアナ様と共に過ごしていた。


 屋敷を離れたら、ずっと一人で御子達を守らなければならない私は、旦那様の命令で自室で仮眠を取った。




 そうして夜明け前、まだ外が薄暗いうちに、リリアナ様と二人でグランブルグ家を出る。

 なるべく目立たないように、人目に付かないようにと、旦那様が用意してくださった質素な馬車が既に玄関の前に停めてあった。


「リリアナ、気を付けて行くんだぞ」

「クロードにあまり無茶を言ってはダメよ」


 リリアナ様は、旦那様や奥様と最後の別れを惜しんでいた。


 エリオット王子との婚姻を嫌がって泣き叫んで意識を失ったリリアナ様は、目覚めた時に状況が急転したことに、とても驚いていた。


 決して抗えないはずの王命を無視して、リリアナ様を逃がすという旦那様。

 自分の身分も財産も、命すら引き換えにしてリリアナ様を逃がす覚悟の旦那様と、それに従い、共にここに残ると言う奥様。


 お二人のその覚悟に圧倒されていたが、エリオット王子と結婚しなくて済むという思いからか、リリアナ様の頬が一瞬緩むのが見えた。


 私と共に逃げろと言う旦那様の言葉に、リリアナ様の瞳が一瞬輝いたのが見えた。


 私はただ、側にいて常にリリアナ様をお守りするだけの護衛。

 主のすることに、とやかく口を出せる立場ではない。         


 己の立場をわきまえつつ、旦那様と奥様に命じられたように、ただ側にいてお守りするだけ。

 いつかもし、許されることがあるなら、その時は必ず迎えに行くという旦那様の言葉を信じて、その時までただひたすらリリアナ様をお守りするのみだ。




「クロード」


 まだ夜明け前の暗い時分だというのに、マリアがわざわざ見送りに来てくれた。


「こんな時間に悪いな」


 マリアが肩を竦めて笑う。


「わたしはお嬢様の侍女なんだから、当たり前でしょ。……それより、道中気をつけてね。きっともう会えないけど、元気でね。……お嬢様のことをお願いね」


 侍女としてリリアナ様について行きたい気持ちはあるが、もし何かあった時に足手まといになる自分は行かない方が良いと、マリアはここに残ることを決めたらしい。

 一人守るのも大変なのに、二人は無理でしょと、目に涙を浮かべながら笑っている。


「……すまない」

「どうして謝るのよ。……こんなことなら、あなたが剣を習っている時に私も教えてもらうんだったわね」                         


 マリアが悔しそうに、涙を浮かべた目で私を見る。


 早くに両親を流行り病で亡くし、たった一人残った祖母も亡くした私にとって、幼いころから共に離れで育ったマリアは妹のような、家族のような存在だ。


 きっともう会えないと思うと無性に寂しくて、思わず手が伸びて、マリアの髪を撫でてしまう。


「マリア、今までありがとう」

「やめてよっ。そんなこと言われたら泣いちゃうでしょっ」


 私がその頭に置いた手を掴みながら、マリアが目に涙を浮かべて私を睨みつける。


「クロードの忠義一徹は知ってるけど、自分のことも大事にしてよ? お嬢様のことばっかりで、自分を粗末にしちゃダメよ? 無茶はしないで、命を大切にしてよ?」

「……何だよ、お前の言葉の方が泣いてしまうじゃないか」

「……だって、家族だもの」


 両手を広げて私を見るマリアに促されるように、私はそっと抱きしめた。


「ありがとう。……元気で」

「あなたもね」




 荷物を積み終えた馬車に、旦那様や奥様との別れの挨拶を済ませたリリアナ様が乗り込んだ。

 それに続いて乗り込もうとする私を、奥様が呼び止めた。


「クロード」


 私は馬車に乗り込もうとして掴んでいた取っ手から手を放し、奥様の元へ行く。


「クロード、これを」


 奥様は小さな袋を私に手渡した。

 中を開けて見るように言われて、そっと見てみると卵程の大きさの虹色貴石が入っていた。


 ……リリアナ様のお守りの指輪についている虹色貴石でさえ、一国が買えると言われるのに、この大きさ……!


 私が言葉を失くして奥様を見ると、奥様は私のその反応が面白かったようで、軽く目を見開いてくすっと笑った。


「それは、お父様が孫達のためにと残した物よ」


 アシュラン様が、レオン様とリリアナ様の為に?

 一体あの方は、生涯でどれだけの財を得たのだ? ……信じられない。


「……もし、生活に困るようなことがあれば、砕いて売りなさい」



 ……はい? ……砕いて、売る? ……この虹色貴石を?



「無理です!」

「いいのよ。お父様がレオンとリリアナの為にと仰ったのだから」

「無理です! 出来ません!」

「売りなさいってば。だったら、今のうちにわたくしが割っておく?」

「大丈夫です! そんなことしなくて良いように、私が稼ぎます!」

「あら、そう?」


 奥様はそう言って、けらけら笑っているが、この価値が分かってそう言っているのだろうか。……空恐ろしい。


 私が背中に冷汗が流れるのを感じながら奥様を見ていると、門からクラウス様が息を切らしながら駆けてきた。


「……クロード、良かった、間に合ったっ……!」


 何やら重そうな物を手に、私の前でぜいぜいと肩で息をしているクラウス様の元へ旦那様が走って来た。


「クラウス! 間に合ったのか!」

「はい、何とか間に合いました」


 旦那様とクラウス様がきらきらと目を輝かせて私を見ているが、正直言って嫌な予感しかないのだが。  


「クロード、これを」


 クラウス様が手にしている物を、私に手渡す。


「………うわっ!」


 あまりの重さに、がくっと受け取った両手が沈む。

 ……何だ、これは? ……マント?


 混乱する私に、旦那様が自慢げにふんぞり返っている。


「これは凄いんだ。超極細の金属の糸を織って布に縫い付けてある、まあ鎖帷子みたいなものだが、その目の細かさが普通とは違うんだ。剣で刺そうが、槍で突こうが、びくともしない。弓矢さえ通さないんだぞ」

「欠点と言えば、超極細金属糸ゆえの重さだが、まあ、お前なら大丈夫だろう」 


 ……鎖帷子? 鎖帷子をマントに仕上げたのか。


 ……それは、素直に上着ではいけなかったのだろうか。

 私としては、その方が身動きが取りやすいのだが。

 こんな私の上背に合わせた極長マントでは、どれだけの重さが肩に圧し掛かることか。


 いや、レオン様とリリアナ様を守る為の物なら、マントでなければならない。

 いや、だがしかし、この重さ。

 これはもはやマントではない。

 ただの重りだ。


 ……なんて、言えるわけがない。


 これは旦那様の親心。

 文句を言うな、私。

 耐えろ、私。

 笑うな、マリア!



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