111. 共に生きて
いつの間にか傾いていた陽が、窓から見える外の景色を赤く染めて、それは部屋の中をも同じ色に染めていた。
旦那様が奥様に寄り添ってその肩を抱きながら、二人で外を眺めて話をしている。
「お父様が、あなたとの結婚を大反対したことを覚えている?」
「……ああ、義父上の許しを得るためにオーランド邸に百日通ったよ」
旦那様がその時のことを思い出しながら、ははっと懐かしそうに笑う。
「嬉しかったわ。……今日も来るかしら、もしかしたら、もう諦めて来ないかしらと、毎日ドキドキしながらあなたを待っていたのを、今でも覚えているわ」
「諦めるなんて、そんなことあるわけない。……百日でダメなら、千日でも通うつもりだった」
「……それなのに、わたくし一人で行けと言うの?」
奥様が恨めしそうに旦那様を見上げると、旦那様は困ったようにおろおろとしていた。
「レティシア。……いつか、もし許されたら、必ず迎えに行く。だから、それまで、リリアナとレオンと一緒に逃げてくれ」
「いつ迎えに来るか分からないあなたを待ち続けろと言うの? わたくしに、そんな寂しい思いをさせるつもりなの?」
眉根を寄せて苦しそうに旦那様が声を絞り出す。
「……レティシア、……私にどうしろと言うんだ……?」
「ただ抱き締めていてくれたらいいの」
奥様が旦那様をみつめる。
そんな奥様を見る旦那様の瞳は、迷い揺れているように見えた。
「わたくしは、一人で寂しく生きるよりも、最期まであなたと共にいたい。あなたを愛しているのよ」
旦那様が顔をくしゃっと歪めて、そのまま静かに奥様の肩に頭を乗せた。
そんな旦那様を奥様が優しく抱きしめながら、首を旦那様の方に傾ける。
旦那様と奥様のそのお互いを深く思い合う様子に、私はレオン様を思い出していた。
レオン様が私にぶつけてくるあの、こちらが戸惑うほどの激しい愛情は、旦那様と奥様から来ているのか。
真っ直ぐで激しくて、それでいてとても温かい。
長椅子で眠り続けるリリアナ様を見守りながら、私はそのリリアナん様の中で眠るレオン様を想っていた。
こんなふうに私もレオン様と寄り添っていけたら。
いつかもし、そんな日が訪れたら、どんなに幸せだろう。
……あなたと二人で生きていけたら。
「クロード」
私の名を呼ぶ奥様の声で、私は我に返った。
愛おしそうに奥様の肩を抱く旦那様に微笑みながら、奥様は私に話しかける。
「わたくしは、ここに残ります。レオンとリリアナをあなたに預けるわ。どうか、守ってあげて」
「……はい。……必ず。リリアナ様と、レオン様は私のこの命に代えても必ずお守りします」
……やはり、奥様はここに残るのか。旦那様がそれを受け入れたのか。
この先は私が旦那様と奥様に代わり、レオン様とリリアナ様をお守りせねばならない。
その重い務めに身が引き締まるのを感じながら、私は旦那様と奥様の前に改めて跪いた。
すると奥様が何故か、呆れたような声で私に言う。
「馬鹿ね、命に代えてどうするのよ」
「……え?」
己の命を惜しまずにお守りする者が必要だからこそ、私がレオン様とリリアナ様の護衛に再び選ばれたのではないのだろうか。
意味が分からずに私が顔を上げると、奥様がとても優しい目で私を見ている。
「あなた無しで、あの子達がどうして生きていけるのよ」
「…………」
「あなたには生きて、あの子達を守って欲しいの。共に生きてあげて、わたくし達の代わりに」
「もし、いつか許されることがあれば、何処にいても必ず迎えに行く。……いつになるか分からないが、それまで子供達を頼む」
そう言って旦那様は私に頭を下げた。
貴族の旦那様が、お子様たちを思い、平民のただの使用人の私に何度も頭を下げている。
旦那様の気持ちを思うと、私は言葉が出なかった。
「出来るだけ遠くへ逃げろ。領地には決して近づくな。真っ先に追手が行くはずだ」
旦那様は跪く私を立たせて、手を取りながら言葉を続ける。
「……お前には迷惑を掛けるが、子供達を預けられるのはお前しかいない。クロード、どうかリリアナと、……レオンを頼む」
「クロード、どうかお願いよ」
私の手を取りながら頭を下げる旦那様のその手を強く握り返しながら、私はお二人に答えた。
「リリアナ様とレオン様は、私が必ずお守りします。旦那様と奥様の代わりに、私が大切にお守りします。どうか、心配なさらないでください」