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107. 父、暴走する

「それにしても、レオンは義父上に生き写しとはなぁ。さすがは、私の息子だな」


 アシュラン様を思い浮かべているのか、旦那様がうっとりとした表情で呟く。


「何を言っているのよ。わたくしの息子だからお父様に似ているのでしょうに」


 呆れたように奥様が旦那様を見る。

 奥様のその言葉が耳に入らない様子の旦那様は、突然何かを思いついたように手をぽんっと打つと椅子から立ち上がった。


「私もレオンに会いたい! よし、今からレオンに会おう!」


 ……え、今からレオン様に会う?


 私は、思わず奥様と顔を見合わせてしまった。

 旦那様はどういうつもりなのだろう。


「クラウス、桶に水を入れて庭に準備させてくれ。私はリリアナを連れてくる」


 ……まさか、リリアナ様に水を掛けて無理やりレオン様に変化させるつもりか?


 あれだけリリアナ様を溺愛していた旦那様が、そんなことを思いつくとは想像もしていなかった私は言葉を失ってしまった。

 横を見ると、奥様も唖然としている。


「……あなた、まさか庭でリリアナに水を掛けるつもり?」

「もちろん、そうだ」


 レオン様に会えることが嬉しくて堪らないという笑顔で、旦那様が振り返った。


「クロードが、レオンからリリアナに戻る方法を知っているのなら、何の問題も無いだろう? 私もレオンに会いたい」

「……あれだけ可愛がっているリリアナに、そんなことをするの? あの子の気持ちを無視して?」

「うっ、……だって、そうしないとレオンに会えないじゃないか。リリアナだって、ちょっとくらい許してくれるだろう?」


 ……十年前に、ほんのひととき共に過ごしただけの息子に会いたいという旦那様の気持ちは理解できる。

 だが、それではリリアナ様の気持ちは?

 自分を愛していると信じて疑わない父親から、息子に会いたいからといきなり水を掛けられるリリアナ様は?


 私もレオン様に会いたい。

 けれど、リリアナ様の気持ちを思うと、私は居たたまれない。


「……わたくしは気が進まないわ。そんなリリアナの気持ちを無視するような真似は」

「仕方ないじゃないか。もう十年も会っていないんだぞ。私はレオンに会いたい」

「それは、わたくしも同じよ。……でも、待ちましょう? どちらもわたくし達にとって大切な子よ。同じように愛しているわ。いつかきっと会える時が来る。だから、その時まで待ちましょう。ね?」


 奥様の言葉に、旦那様が次第に困ったような泣きそうな顔になっていく。


「……そんなこと言っても、レティシア。……あの子はレオンは、とても賢い子だったんだ。五歳で、私が教えてもいないのに本を読みだした。五歳で、本に書かれていることをすべて理解していた。……あのまま成長していたら、どんなにか自慢の息子だったろうに。……私は、レオンが私の跡を継いでくれたらと考えない日は無かった」


 涙を流しながら、旦那様はその場に崩れるように座り込んだ。


「……私もレオンに会いたい。……会いたいんだ」


 レオン様を思い涙を流す旦那様に寄り添うように、奥様が旦那様の隣に座り、その肩を抱き締めるように両手で包む。


「レオンが豚の丸焼きが好きなら、お気に入りの料理人を屋敷に呼び寄せて、毎日作らせよう。いくらでも好きなだけ食べさせてやりたい」

「……そうね、そうしましょう」

「今までしてあげられなかったことを全部、あの子の願いを全部叶えてやりたい」

「……きっとレオンは喜んでくれるわ」



 オーランド領で夕陽を見ながら一人で涙を流していたレオン様。

 旦那様と奥様が、こんなにもレオン様を思っていることを教えてあげたい。


 貴族としての務めを果たさなければならないと気を張っていたけれど、それでもまだ十五歳で、家族が恋しいと会いたいと涙を流していたレオン様。

 私のせいですべてを失くしたと思っていた。

 だが、旦那様と奥様のレオン様に対する愛情は、間違いなくここにある。



 ……良かった。




「……まあ、クロードまで泣いているの? あなたって、レオンのことになると本当に涙脆くなるのねぇ」


 床に座り込む旦那様を抱き締めたまま、奥様が私を見て笑いながら手招きをする。


 確かに、レオン様のことになると涙脆い私は、ずばり言い当てられて気恥ずかしく感じながらも、奥様の側へ行く。

 ここに座りなさいと、床をぽんぽんと叩く奥様の横におずおずと私が座ると、奥様は私の肩に手を置きながら微笑んだ。


「……何を考えていたの?」

「レオン様のことです。オーランド領でレオン様が、自分がオーランド候の孫でグランブルグ伯の息子だから、己の務めを果たさなければならないと仰って……」

「何だクロード、お前! 私を泣かせに来たのか⁉」


 酒など飲んでいないはずなのに、まるで酔っぱらってでもいるかのように旦那様が絡んでくる。


「お前はまだ、肝心なことを私に話していないぞ! どうやったらレオンはリリアナに変化するんだ?」


 私の顔を覗き込んでくる旦那様に、私は言葉に詰まってしまった。


 レオン様の側にいることは、認めて頂けた。

 レオン様をお慕いすることも、許して頂けた。


 ……だが、レオン様と何度もキスをしていると、旦那様に言っても良いものか。

 私とキスをしたらリリアナ様に変化しますとは、さすがに言いづらい。


 また激怒されて、やっぱり認めないとか言われてしまったら、どうしたらいいのだろう。



「……あなたって、無粋な人ねぇ」


 奥様が呆れたように旦那様を見ながらため息を吐く。


「どうした、レティシア?」

「クロードの顔を見てみなさいな。そういうことよ」


 ……え、ちょっ、急にそんなこと言われても。

 不思議そうに私を見る旦那様の目に、自分の顔がどんどん赤くなっていくのが分かる。


「え……クロード、お前っ⁉」

「一緒に居ることを認めたのだから、今更とやかく言わないの」

「えっ、レティシア⁉ レオンはまだ子供だぞ⁉」

「十五歳、もう大人。結婚できる年齢よ」    


 口をぱくぱくさせながら私を見る旦那様に、私は何と言ったら良いのか分からずに、赤い顔を自覚しながら目を伏せた。


「……申し訳ありません」

「煩いっ。いちいち謝るなっ。余計に癪に障る」

「そうよ。遠慮しなくていいから、レオンを可愛がってあげてね」


 奥様が楽しそうにけらけら笑うのを、旦那様が目を剥いて見ていた。



 ……親子だ。


 本当に奥様はレオン様に良く似ている。

 顔立ちだけでなく、その中身まで。


 レオン様のあの自由気ままな性格は、きっと奥様から受け継がれたのだろうなと、奥様を見ながら私はしみじみ考えていた。

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