105. 激怒する父と護衛の告白
コンコンッ。
旦那様の部屋のドアを叩くが返事はない。
「旦那様、クロードです。失礼します」
「お前、よくものこのこと私の前に顔を出せたなっ」
私が部屋に入るなり、ドアの前に立っていた旦那様が殴りかかってきた。
私は敢えて抵抗せずに、それを受ける。
旦那様の右の拳が私の頬を的確に打ち、私はそのまま床に倒れた。
「言えっ! いつからだ! いつからレオンは出てきていたんだっ!」
床に倒れた私を見下ろしながら、旦那様が叫ぶ。
……ああ、やはりレオン様のことか。
レオン様の素性が国王に知られてしまったのか。
きっと今朝登城した際にラリサ王女と妻合わせる旨を告げられたのだろう。
私は歯噛みをしながら、床に倒れた体を起こして、旦那様の前に項垂れる。
「……申し訳ありませんでした」
「今更遅いわっ!」
旦那様が目の前でひれ伏していた私を足蹴にして、私は後ろに倒れた。
「……クロード、レオン様が最初に現れたのはいつだ? レオン様は何度現れたのだ?」
旦那様の護衛騎士のクラウス様が、怒りに鼻息を荒くする旦那様を抑えながら、私に尋ねる。
「……狩場で、アンリエッタ嬢の猟犬に襲われて川に落ちた時が最初です。それ以降は二度。……隣町の神殿に行った帰りに襲われて崖から落ちた時と、オーランド領に滞在していた時です」
私は体を起こしながら、クラウス様の問いに答えた。
「そんなに前から! よくもそんなに長い間、私を騙し続けてくれたな!」
なおも私に殴りかかろうとする旦那様を両手で制止ながら、クラウス様がさらに口を開く。
「クロード、何故、黙っていた? レオン様が現れたことを、何故、私達に話さなかったんだ?」
クラウス様の問いに、私はすぐには答えられなかった。
……初めは、レオン様が私とキスしたらリリアナ様に戻るということを、恥ずかしくて言えなかった。
恥ずかしくて言えないし、知られたらきっと罰せられてしまう。
それが怖くて、つい隠してしまった。
だが、今は、私はレオン様を好きになってしまった。
レオン様と私では身分が違いすぎる。
二人きりで旅をしているから一緒に居られるだけで、帰り着いてしまったら、もう一緒には居られない。
私はレオン様と一緒に居たかった。
ただ側にいたい、それだけだった。
レオン様と引き離されるのが怖くて、言えなかった。
「何故、答えないんだ⁉ 何かやましいことでもあるのか⁉」
クラウス様の手を振りほどいた旦那様が、座り込む私の胸倉を掴む。
旦那様の言葉に、私は思わず目を逸らしてしまった。
「クロード⁉ お前、まさか……⁉」
「申し訳ありません!」
床に頭を付けて謝罪する私に、怒りが限界を超えた旦那様は、クラウス様が腰に下げていた剣を鞘ごと両手で持って帯から引きちぎると、そのまま怒りのままに私の肩を鞘で殴りつけた。
「よくもっ! よくもっ!」
「申し訳ありません」
「黙れっ! この裏切者がっ! よくも私の息子にっ!」
剣が収まったままの鞘で、旦那様は何度も私の肩や背中を殴りつけた。
……これは罰だ。
旦那様の信頼を裏切った私への。
あんなにも可愛がってくださった旦那様の恩を仇で返した私への罰だ。
主に恋をするなど、決して許されない。
それでも私はレオン様を諦められない。
「信じていたのにっ! よくも裏切ってくれたな!」
「……私は、レオン様をお慕いしているのです。どうか、どうかお許しください」
「煩いっ! 黙れっ!」
旦那様はその後も私を剣の鞘で殴り続け、私は抵抗しなかった。
クラウス様も、もはや旦那様を止めなかった。
旦那様が私を打ち付ける音がずっと部屋に響いていた。
それから、どれくらい経っただろう。
「はあっ、はあ……っ!」
私を打ち付ける旦那様の手が止まった。
私にはもはや体を起こす気力も体力も無く、床に倒れていた。
「出ていけ」
疲れ切った様子の旦那様が床に座り込み、呟いた。
「お前の顔など見たくもない。斬り殺されないだけ有難いと思え。二度と私の前に現れるな」