104. すべてを失った息子とすべてを手にした娘
翌朝、旦那様が王妃様からの急な呼び出しで登城した。
奥様と昨夜、レオン様のことはしらを切り通すと話をしたばかりだったが、やはり落ち着かない。
知らぬ存ぜぬで通せるだろうか。
上手くいくだろうか。
私が不安を抱えてそわそわしていると、突然、奥様がリリアナ様に会いに来た。
「何だか無性に会いたくなって、来てしまったわ」
「……さっき食堂で一緒に朝食を摂ったばかりなのに?」
不思議そうに首を傾げるリリアナ様を、笑いながら奥様が抱きしめた。
「……え?」
「少しの間だけ、こうしていて」
驚くリリアナ様に、奥様がぼそっと呟いた。
「……あなたを心から愛しているわ。大好きよ。一日だって、あなたのことを思わない日は無い。あなたは、わたくしの大切な子。あなたを誇りに思っているわ」
微かに聞こえたその言葉に、はっとして私はリリアナ様を抱き締めている奥様を見た。
……これは、レオン様への言葉だ。
お母様が恋しいと涙を流したレオン様に伝えるための言葉だ。
昨夜の私の言ったことを覚えていてくださったのか……。
……レオン様、聞こえましたか?
お母様が、レオン様を誇りに思うと、愛していると仰っているのが、伝わりましたか?
奥様も、そして私も、あなたを心から愛している。
あなたを想っている。
「お母様? ……急にどうしたの? 何かあったの?」
怪訝そうに奥様を見るリリアナ様に、奥様は笑いながらその手を放して離れた。
「いいえ、何も無いわ。……ただ、抱きしめて心から愛してるって伝えたかっただけよ」
「そんなこと、わざわざ言いに来なくても知っているわ。お父様がいつも仰っているもの」
「……そうね、あなたは知っているわね」
無邪気に言うリリアナ様に視線をやった奥様は、そっと目を伏せた。
レオン様が求めても得られなかったものを、リリアナ様は当たり前のように享受している。
レオン様はお母様が恋しいと、抱きしめて欲しいと涙を流していたのに、リリアナ様にとってはそれは当たり前に与えられるものなのか。
レオン様とリリアナ様のあまりの違いに、私は愕然としていた。
すべてを失ったレオン様と、すべてを得ているリリアナ様。
この違いは、残酷だ。
……!
……!
……ん? 何やら廊下が騒がしい。
急ぎ歩く大きな足音と怒鳴り散らす声が聞こえてくる。
「クロードはいるかっ! クロード‼」
いきなりドアを開けて中に入ってきた旦那様が大声で私を呼んだ。
いつも穏やかな旦那様のその剣幕に、部屋にいた皆が驚いて固まる。
「旦那様、私はここに居ります」
旦那様の前に歩み出た私に、烈火のごとく怒り狂った目をした旦那様が、顔を赤くしてぶるぶると震えながら声を上げる。
「クロード! お前っ! よくも私を騙したなっ! 許さんっ!」
よほど腹に据えかねるのか、鼻息を荒くしながら旦那様は私の胸倉を掴んだ。
「お前……っ!」
「お父様っ!」
初めて見る旦那様のその形相に震えて、マリアにその体を支えられながらリリアナ様が声を上げた。
私の胸倉を掴んで怒りのままに睨みつけていた旦那様は、リリアナ様に気づき、口惜しそうにその手を放した。
「……クロード、話がある。私の部屋へ来い。……リリアナはここにいなさい。決して部屋から出ないように」
そう言い残すと、クラウス様と共に部屋を出て行った。
「……クロード、あなた何をしたの? ……どうして、お父様はあんなに怒っているの? あんな怖いお父様は初めて……」
「そうよ、お優しい旦那様をあんなに怒らせるなんて。一体何をしたのよ?」
私は奥様と顔を見合わせた。
困ったような顔で私を見やる奥様。
……旦那様の怒りの原因は一つしかない。
レオン様のことだ。
おそらく、旦那様に知られてしまったのだ。
レオン様が、実は何度も現れていたことを。
そして、私がそれを隠していたことを。