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101. 長い旅の終わり

 エリオット王子の馬車で送ってもらい、無事にグランブルグ家に着いた。


 国王がラリサ王女をレオン様に妻合わせるつもりだというエリオット王子の話を聞いてからずっと、私は心ここに在らずの状態で、その後、馬車の中でどのような会話があったのかすら覚えていなかった。


 リリアナ様を降ろした後、エリオット王子は「義弟を探しに行ってくる」と笑顔でオーランド領へ向かって行った。


 レオン様は向こうで一ヶ月程過ごしたが、身分は明かしていない。

 宿で世話になったキアラにも素性は明かしていないが、ただ、キアラはリリアナ様を見ている。

 レオン様が変化しているところを見てはいないし、まさかレオン様とリリアナ様が同一人物だとは思わないだろうが、もしエリオット王子がキアラを訪ねて行ったら?

 オルガのこともあるし、口の軽い人間ではないと思うが……。


 レオン様がリリアナ様に変化してしまった今、エリオット王子がオーランド領でレオン様を探しても無駄だとは思うが、このことは奥様には報告しておかねば。


 


 門番が、リリアナ様が帰ってきたと屋敷に伝えに行くと、中から旦那様が走って出てきた。

 護衛騎士のクラウス様を置き去りにして全力で駆けてきた旦那様は、リリアナ様を見るなり、その大きな腕の中に抱きしめた。


「……良く、無事に帰ってきてくれた。リリアナ、どんなに心配したことか……!」

「お父様、心配をかけてしまってごめんなさい」

「……お前が無事なら、何も言うことは無い。……無事に帰ってきてくれただけで良いんだ」


 奥様やマリアも中から出てきて、笑顔で迎えてくれた。


「クロード、リリアナを無事に連れ帰ってくれて、ありがとう。……わたくしがオーランド領に行けと言ったばっかりに、あなたには苦労をかけたわね」


 奥様が申し訳なさそうに私に声を掛けてくる。

 長く領境が封鎖されて、連絡が出来ずにいたが、オーランド領で疫病が発生したことは伝わっているようだった。


「いいえ、奥様。オーランド領に行くように仰ってくださったのは、奥様のお優しさからでしたし、それに……」


 ……あんな風にレオン様と素晴らしい時間を過ごすことが出来た。

 それも、すべて奥様のお陰だ。


 ここでは、奥様にそれを伝えることが出来ないので、伏目勝ちに視線を送ると伝わったらしく、奥様がふふっと微笑む。


 そして、奥様の後ろにいたマリアが待ちかねたように口を開いた。


「おかえりなさい。疫病なんて、大変だったわね。出発前に呑気に私も行きたいなんてごねちゃって、申し訳なかったわ」

「……行かなくて良かったと思ってるだろ?」

「……本音を言うとね。だって怖いもの」


 ぺろっと舌を出しながら、マリアが肩を竦める。


 私だって怖かった。だから、逃げ出そうとした。

 でも、レオン様は違った。

 自分が貴族だから、領民を守る義務があると、逃げるわけにはいかないと言ったのだ。


「クロード? どうしたの?」


 急に黙り込んだ私の顔を、不思議そうにマリアが覗き込んだ。

 

 ああ、ダメだ。

 何かと言うと、レオン様のことを思い出してしまう。  


 ここはレオン様とずっと二人きりでいられたオーランド領ではない。 

 グランブルグ家に帰ってきたのだ。

 いつまでも夢心地で浮ついているわけにはいかない。

 気持ちを切り替えねば。


 怪訝な顔で私を見ているマリアに、行ってみたかったというオーランド領の話をしてやる。


「今回は疫病が流行っていて大変だったけど、オーランド領というのは本当に豊かで栄えている所だったぞ。何より通りがすべて石畳というのがすごくないか? 異国の商人もたくさんいて、異国情緒に溢れていたな。食べ物ももちろん美味しいし」

「ええっ、何それ? 疫病で引き籠ってたのかと思えば、ちゃっかり良い思いもしてきたのね」

「当たり前だろ」

「やっぱり私も行けばよかった!」  


 疫病が怖いから行かなくて良かったと、さっき口にしたばかりのマリアが悔しそうに言っている。


 何気ないマリアとの会話に安らぎを感じる。

 帰ってきた。

 これで、やっと日常に戻るのか。




 夕食を終えて、旅から帰ったばかりで疲れているリリアナ様を休ませた後、私は旦那様の元へオーランド領でのことを報告しに行った。


 疫病が発生する前のオーランド領の豊かな様子。

 そして隣国と国境を接するオーランド領に流入した疫病が、どのように町を襲ったのか。

 国境と領境が閉鎖されて、王都からラリサ王女が王命により医師や兵と共に派遣され、適切な処置を取った結果、今はもう疫病が収束したこと。

 アシュラン様が荒れ地を開拓して灌漑設備を敷いただけではなく、石畳や下水渠や沈殿池まであったこと。


 私の疫病の話に恐れをなしていた旦那様は、アシュラン様がなさったことにあんぐりと口を開けて驚いていた。


「義父上は、そこまでしていたのか……すごいな。同じことを私がグランブルグ領でしようと思っても、とてもとてもそこまでは出来ない。……恐ろしいほどの金が掛かる」


 しばらく唸っていた旦那様は、ふとぽつりと呟いた。


「そのオーランド領とグランブルグ領を、いつかリリアナが治めるのか」


 グランブルグ家の御子は一人しかおらず、オーランド家の爵位と領地もアシュラン様のお血筋であるグランブルグ家の御子に引き継がれる。

 たった一人、リリアナ様に、すべて。


「……あの気の弱い子に、果たしてそれが出来るのか」


 ……レオン様ならば、これ以上に心強い跡継ぎはいなかっただろうに。


 ……私のせいで。

 私は、自分のしてしまったことが悔やまれてならなかった。

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