逃避行スタート
王子と共に降りた町は、言葉通りの可愛らしい町だった。
まるでおもちゃみたいに色鮮やかな建物が立ち並び、道の所々もまた発色の綺麗な花々で彩られていたりする。
そんな中で私たちは気ままに観光を楽しんだ。
お菓子屋に入り、ケーキ屋に入り、出店のチキン棒を食べた。パン屋にも行ったし、果物屋にも行って、戻ってまたチキン棒を食べたりして。
王子のリクエストでジュエリーショップにも赴いたけど、宝飾品自体に興味の薄い私は目の前のポーク串の露店をずっと眺めてた。
昼過ぎに始まった私たちの観光は、瞬く間に時間が過ぎていって。正直、スタート時点では警戒心むき出しで王子から距離を取って歩いていた私も、夕暮れ時には王子と肩を並べて歩くほどにまで距離を許していた。
空が茜色に染まり、そろそろ帰る時間。
そんなことを考えつつチキン棒片手に歩いていると、王子からひとつ提案があった。
「最後に行きたいところがあるんだけど、少し寄ってもいいかな?」
勿論私は、頷いた。
これまで散々私の希望に応えて貰ったし、散々ご馳走して貰ったし。
しかし、王子が私の手を引いて連れていったのは、きた時に乗った馬車だった。
あれ、少し離れた場所なのかな? なんて思いつつも揺られること一時間。着いたのは、これまた立派なお屋敷だった。
敷地内には何台もの豪奢な馬車が停まっていて。
「……なにかパーティーですか?」
聞けば、王子はニコリと笑って「そうだ」と。
じゃあ私は、馬車で待つべきかどこか別の場所で待つべきか、キョロキョロしていれば、差し出された手と共に、
「身内ばかりのフランクなものだから、是非君も一緒に」
そう言われてちょっと戸惑って。
「この家には、スイーツに造詣が深いシェフがいてね。催しの際に出されるケーキが絶品なんだ」
そんな言葉で、すかさず王子の手を取った。
まぁ、フランクなやつって言ってたし!
ちゃちゃっと恋人のフリをして、ちゃちゃっと食べて帰ってくればいいよね!
やった――! ケーキ楽しみ――‼︎
って思ってたのに。
会場の隅っこ。ドリンクが並び、人の往来は絶えないその一角で。
「――っぐは‼︎」
私の目の前には、打たれた腹を苦しそうに抑えている王子がいたりして。
賑やかだった会場は一瞬にして静まり返り、全視線が私に向けられていたりする。
そんな私の右拳は真っ直ぐに突き出されていて、手には重たいものを突き飛ばした感触が残っていた。
「あ、あの……」
『きゃぁぁぁぁぁぁ‼︎』
手始めに近くにいたご令嬢が私の側から逃げ出した。
『いやぁぁぁぁ!』
『急いで治癒師を呼べ‼︎ イルヴィス様が……! イルヴィス様がぁ‼︎』
それを皮切りに、多くが騒ぎ出し。
『失礼します』
私は二人の男性にがしりと腕を捕らえられた。
あ――終わった。
そんなことを思いながら、大人しく連行される。去り際に王子を振り向けば、数名の治癒師に囲まれながらやたらと恨みがましい顔をこちらへ向けていた。
「本当に終わった……」
そう呟いた声は、会場の喧騒に掻き消されていった。
そんな私が投げ込まれたのは、普通に綺麗な客間だった。けれど、外からはしっかり施錠の音が聞こえたりして。
あ、完全に罪人ルート入ったな……。とか思う。
けど、無駄に足掻いても仕方がないから大人しくしてよう、そう思ってソファに腰掛けると、閉められたはずの扉から、見覚えのある顔が現れた。
「……あの、鍵を掛けた音が聞こえたんですが」
問えば、解錠済みの南京錠を見せられる。
腕には、重々しいブレスレットが身につけられていた。
けれど、よく分からないので取り敢えず流しておく。
「では、何故ここに?」
「たまたま遅れて会場入りしたら、お前が連れられるのが見えたんでね」
「そうですか……」
「で、なんだお前。また訳ありか?」
そう尋ねるのは、こんな場所でも気さくに微笑むアスラだった。
「はい、見ての通り。捕らえられてます」
言えば、なぜかアスラは吹き出した。
いや、なんも面白くない。
「なんだってまた?」
「王子を正拳突きしたからです」
今度は遠慮無しに笑われた。
「笑い事じゃないです」
「いや、面白いだろ。あの聖人君子に正拳突きって。普通しないぞ」
「でもしちゃいました。なので私は、多分牢獄行きです……」
どこか遠くを見つめてみる。
あぁ、全く未来が見えない……。
家族はどうなるのだろうか……。
「牢ねぇ……。流石にそこまではないんじゃないか? だってお前、イルヴィス様の婚約者なんだろ? 相当気に入られてたじゃねぇか」
第三者からはそんな風に見えてたのか。
なんだ、私、結構上手くやれてたんだ。
「いや、婚約者じゃないです。恋人です。それもまぁ、フリですけどね」
傷心及び全計画の破綻が決定した私は、ぽろりと内情をアスラにこぼす。
もう、話したところでなんの価値もない。
「……フリ?」
「はい、ちょっとお互い事情がありまして。恋人のフリをしてたんです。でも、それも今日で終わりですが」
言えば、アスラはポカンとする。
それから、ちょっと悩ましげに眉を寄せたりもした。
「そんなわけで、アスラも私に構わない方が良いですよ。きっと、良いようにはならない筈ですから」
「……ちなみに、なんで正拳突きをしたのかってのは聞いても良い話なのか?」
「……それは」
少し思い出しては口籠る。
「別に無理にとは言わないが……」
「いえ、そんな大したことではないんですが……」
言えば、アスラは不思議そうに首を傾げた。
私は、躊躇いつつも口を開いていく。
「王子が、何故かいきなりキスをしてきたんですよね……」
「…………は?」
「大人がするようなやつ」
「……」
「ま、ギリ未遂なんですが」
……正拳突きしちゃったからね。
改めて言葉にした私は、ついさっきの光景が蘇る。
口元にクリームが付いていると、何故か小鳥が餌を運ぶみたいな軽いキスを私の頬に決めた王子は優雅に微笑み、軽く会場を沸かせた。
その後、私の顎を掬ってまた会場を沸かせ。その数分後に正拳突きからの恐怖の悲鳴が叫ばれる事態と相成った。
あっという間に回想が終わった私は、影の差した顔でふっと薄ら笑いを浮かべれば。
アスラがポツリと呟いた。
「……お前さ、逃げた方が良いんじゃないか?」
「逃げられるものなら」
でもまぁ、無理無理。
お金無いしお金無いしお金無いし……。
そもそも家にすら帰り方が分からないんだから、絶対捕まるし……。
しかし、アスラは私に手を差し出して。
「お前が望むなら手伝ってやる」
「いや、でもそれは流石に……」
戸惑う私は手が取れない。
「どうする? 屋上では大して助けてやれなかったから、その分位は返すつもりだが」
そんな私をアスラは笑い、私の中の天秤がゆらゆら揺れ動く。
「……と、途中で野山にほっぽり出す可能性などは?」
「流石にないな。けどまぁ、狭い衣装部屋で三食パンと水ってのはあり得る話かもな」
「……三食、パン」
私は野菜スープだった毎日をふと思い出す。あの時ですら、パンなんて素敵なものは食卓には並んでいなかった。
この絶望感状況から逃げることができて、三食パン付き……。
これは……。
「お、お願いします!」
勢い付けて手を取る私にアスラは、口角を上げた。そして――
「起動――カリーダの手枷・発動――同化の高位魔法・空気のように」
「これで誰もお前のことを見つけられない」
ドヤ顔アスラ。しかし、私は……。
「え…………本当にぃ?」
「痛い奴を見る目で俺を見るな!」
こうして私の逃避行は始まった。
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