王子に懺悔した
「なんっ……だこりゃ」
案内されたのは校内四階、私が数時間前に案内された指導室で。
しかし、そこは僅か数時間のうちに見事なバスルームへと様変わりをしてしまっていた。
えええええ……、ちょっとちょっと。バスタブの下に高そうな絨毯とか敷かれちゃってるけど。これって濡れても大丈夫なやつなの?
ていうか、このお湯どうしたの……?
ホカホカと蒸気立ち込めるこの室内、冷えた身体はすぐに温まり。クルリと部屋を見渡せば、カーテンなんかの細かいとこまで一新されていて。
「ぜ、全然簡単じゃないし……」
呟けば、
「さあ、僕は後ろを向いていよう。気にせず脱ぐといい」
王子はクルリと背を向けた。ちなみに、側近さんは部屋には入って来てなくて、代わりに十名ほどのメイドさんが控えていたりする。
「え……、本当に? 本当に私学園でお風呂に入るの?」
動揺と共に笑顔のメイドさんに取り押さえられ、成すがままで産まれたままの姿へと早変わり。そのままぽちゃんと湯に浸けられた。
結果、お風呂は気持ち良かった。
ホカホカになった私は、当初の戸惑いなんてどこへやら。あっという間に、赤ら顔で冷え冷えドリンクを口にしていたりする。
ちなみに、ここは指導室横――王国史準備室なる場所。
だけど、絶対違うよねって内装の豪華なテーブルセットとかが設てあったりして。
もはや一室ですらないじゃん……。
とかいう引っ掛かりは既に消え去った。
新しく用意されていたドレスを身につけてソファでぐったり。「なんだこの天国は……」なんて呟けば、上からひょっこり、王子の顔が現れた。
「ひゃう‼︎」
思わず変な声が出てしまう。
神出鬼没すぎてもはや怖い……。
王子は、入浴時こそ本当に背中を向けてずっと傍にいたけれど。着替えの際には、一度側近の方に呼ばれて出ていっていたのだ。
だから安心しきっていたのに……。
けれど、王子は私にニコリと笑いかけてくる。そして、
「楽しんでくれているようで何よりだ」と。
「いや……、その。あ、ありがとうございます……?」
言葉通り楽しんでしまったのだから、仕方ない。状況は全く訳わからないけど、お礼はしておかなきゃ! そんなモヤモヤな心境のままに礼を言う。
すると、王子は尚もニコニコ笑っていて。スルリと手から例のタイを取り出した。
「乾かして来たんだ」
「あ、はい」
「付けても?」
……え、また付けるの?
なんて事は絶対言えないので、コクリと頷いた。
私は、王子と逆さのままに話すという無礼な姿勢を改めて、お風呂で溶けきった身体をしゃっきりさせる。ソファの横に王子が腰を下ろして、私の髪を取り始めた。
王子って、確か三人兄弟なんだよね。その真ん中で、第二王子。女兄弟がいないから、髪いじり楽しいのかな……?
そんなことを考えていれば、あっという間に編み込みリボンは完成された。
やたらと自慢げな王子の顔に取り敢えずお礼を告げる。それから、なんとなくどうしたら良いのか分からない雰囲気だったので、そういえばと話を切り替えた。
「何故、テラスにいらっしゃったんですか?」
丁度良いのでさっき無視された疑問を投げかける。
王子は、そんなことか……とでも言いたげな憂いた表情で、
「僕たちは一応恋人同士だからね。鐘が鳴っているというのに恋人の姿が教室に見えないとなれば、探すのは至極当然のことじゃないかな?」と。
え、そういうもの……?
私と王子、クラスどころか学年すら違うけど?
恋人なんかいたことがないので分からない。私は、そっかぁ……となんとなくで頷いておく。
「で、では、何故魔法を……? 魔法は、軍の上層や一部の要人にしか認められていないと……」
言い掛けてハッとする。
そういえば、王子は普通に要人だったと。
いや、でも。学園内での魔導具の行使は禁止されていたはず。お偉いさんのJr.なんかが、学園内で無双しないようにそういう取り決めがあるって、前にリネットから聞いたんだけど……。
迷いながらも改めて口を開く。そんな私を、王子は笑っていた。
なんか良く笑うなぁ……。
「……じゃなくて、その。学園内では、魔導具の使用は禁止されていると聞いたことがあるのですが……」
「あぁ、それなら、父経由で許可を取ったから問題はないよ」
「ち、父……⁉︎」
思わず叫ぶ。
国 王 様!
「そう、だから大丈夫。理由を言えば、父も学園側も快諾してくれたからね」
「えっ、理由って……?」
「悪いけどそれは言えないんだ、ごめんね」
「あ、いや……」
快諾、なんて聞いたからちょっと気になったけど。別にそこまで気になるって訳でもないしね。そんなことよりも……。
「では、アス――っんぐ⁉︎」
張り切って次の質問へ、そう思って動かしていた口は王子の人差し指で縫い止められた。
「距離を縮めようと沢山質問してくれるのは嬉しいことだけどね。それなら、そろそろ僕の番じゃないかな?」
そう言われて、確かに……と思う。
距離を縮めようと云々は決してその通りではなかったけど。質問攻めな自覚はそこそこあったので、閉ざされた口のままに私はコクリと頷いた。
王子は何故だか笑みを深めてみせる。そして――
「屋上で、何してたの?」
そう尋ねて来た。
瞬間、思い出されるアスラのあられも無い姿。色気ある掻き上げヘアとか。雨に濡れたスケスケシャツ!
思い出した私の顔が熱くならない訳がなくて――
「……なっ、なにも」
思わず顔を逸らせば、王子は不自然に淡々とした口調で私を諭してきた。
「大丈夫、怒らないから話してみて。恋人の顔を見て答えられないっていうのは、何かあったんだよね? でも、僕たちは恋人といえど、共に過ごすようになってまだ僅かな時間しか一緒にいないんだ。間違いや失敗を犯すことなんか当たり前だよ。ほら言ってみて?」
みたいな感じに。
だから私も怖さ半分、そこまで言うんだったら……とおずおず顔を戻したりして。
大丈夫、怒らないって言ってたし。そもそもフリだし!
なんて、開き直っては勢いに任せて口を開いていった。
「はっ……初めて男性の裸を見ました! …………ぬっ布越しに」
しかし。刹那――パリンと。
そんな音が、王子の顔面から聞こえた気がした。けれど、その音はあながち間違えではなかったようで。王子の笑みには、大きな亀裂が入っていた。
そこから覗くは、なんとも冷たい氷の表情。その瞳は夜に沈む氷海そのものだった。
あれ……、怒らないって言ったよね?
ていうか、フリだからセーフだよね⁉︎
しかし、私の脳内弁明とは空しく、王子は冷え固まった表情のまま、
「……不十分だな」
とそんな言葉をボソリと吐いた。
……え、不十分?
私の胸が途端にざわめき立つ。
不十分って、つまり力不足ってこと……?
お役御免ってこと?
ふつふつ湧き上がる不安に眉根を寄せて、時でも止まったかのように身が強張る。けれど、王子は尚も淡々と指を鳴らし、側近さんを呼び付けた。
部屋の扉は閉まっていて、私たちは二人きりだった。
側近さんは外にいたから、流石に聞こえないんじゃないかなぁ……とか思っていたけれど、全く関係なしに参上した。
すごいなぁ、王家の側近さん。耳が違う……。
とかそんな関心、してる場合じゃない。
静かな怒りを氷海の瞳に宿した王子は、淡々と恐怖の言葉を紡いでいった。
「すぐに彼女を城へ」
――用済みなので始末しよう?
「聖水漬けにして、念入りな浄化を」
――そうだこの際、売るのもいい。身を清めておけ?
「それから、心理汚染も気掛かりだな。宮廷心理士の手配を。メンタルケアを性急に頼む」
――勿論その前に、記憶は全部消……す?
「僅かにでも彼女の身に穢れがあったのなら、その時はすぐに呼べ。手ずから確認する。もしも、取り返しがつかないことがあるようなら――」
王子は、かつてない真剣な眼差しを私に向けてきた。それは、恐ろしくも美しく、息すら止まる鋭さで。
「――全てを無に帰そう」
そう言った王子は、何故だか少しだけ悲しそうに見えたのだった。
って、待て待て待て待て……。
なんだ、穢れって!
なんだ、全てを無に帰すって‼︎
要は、『もし邪な考えを抱いていたのならすぐに呼べ。僕が尋問する。もし、聞くに耐えない理由なら家族もろとも始末しよう』ってことか⁉︎
待って、それはまずくない……?
いくらWINWINな関係だからって、お金目的で近付きましたなんて、とてもとても誉められたものではないはずだよね……?
だから、隠しておこうって作戦だったはずだよね……?
片や王子が愛の為なら、私は金の為……。
うわ、なんだこの私の最低感!
字面だけでこうなのだ、尋問されて口に出せば絶対アウト! 王子の蔑む顔が目に浮かぶ。
でも私、遊ぶ金欲しさじゃないんです。
家計の為、ひいては故郷のためなんですよ……?
とか思っても、触れたら切れちゃいそうな、氷の刃みたいな王子に言い訳なんてできる気がしない。だから、ろくな弁明なんてすること叶わずに、きっと家族もろとも海の藻屑と消えるんだ……。
そんな想像をすればぶるっと身震いがして、私は頭を振って嫌な未来を追い払う。
いやいや、それは無理でしょ……。
青ざめた顔を王子に向け。振り絞った声を必死で投げ付けた。
「あっ……、あの、違うんです! これは、なんというか私の独断で! 私利私欲の為であって、家は関係ないんです!」
必死で訴えれば、王子は一瞬大きく目を見開いた。
役立たずの癖に往生際が悪いとでも思われてるのかもしれない。この期に及んで愚か者だと思われているのかもしれない。けれど、引き下がるわけにもいかなかった。
「わわっ……、私はなんでもいいです。どうなっても大丈夫です。なんだって言うことを聞きます! だから、家だけは……、家にだけは…………」
精一杯の懇願でどうか情けをと叫びを続ける。すると王子は、無表情とも切なげとも言える表情を私に向けてきた。
けれど、何故だかすぐに力を抜いて「君は、本当に綺麗だね」と。
そして――
「その言葉は、どうか全てが終わった後にでも聞いてみたいものだね」
そんなことを言って笑った。
私と言えば、一瞬思考停止。後、混乱。
全て……?
全てって……?
空の上から後悔しろってこと?
さては王子、鬼畜だな⁉︎ ってそうではなく。
混乱で回る頭に目をグルグルさせ。
私は直後、ぶっ倒れた。
直前、王子が私の頬に添えた手の意味なんかは、全くもって理解することはできなかった。
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