隣席の気さくな男子
そんな私の午後は最悪だった。
前に意外とミーハーな学友・リネットから話は聞いていたけれど、王子は大層人気があるようで。
朝から昼にかけて頂上へ向かうようにエスカレートしていった見せびらかし行為の数々は、そんなファン達の心を黒く荒ませてしまったようだった。
あぁ、やっぱりこういうのってあるよねぇ……。
心で呟き、立ちすくむ。そんな私の目の前には、私物がまるっきり何処かへ消え去ってしまった自席があった。
周りからは男女入り混じるクスクス声。
しかも、教科書の入った鞄もないのに、容赦なく鳴る始鈴。取り敢えず立ったままで怒られて笑い者ってのも癪なので、ムスッとしながらも席に着いた。
くっそぉ……、金持ちどもめ! あの無駄に装丁の凝った本の数々で、一体どれほどのの食費が賄えると思ってんだ!
半年分だぞ! 半年分!
そんな怒りと共に、このまま机まっさらでは立ったままと同じことなので、取り敢えず隣の男子にこっそり話し掛けてみた。
「あの、申し訳ないですが、教科書見せて貰えませんか?」
「……」
返事はない。無視しているようだった。
ちなみに私は壁際なので、隣は彼しかいない。頼みの綱は、ここだけなのだ。
だから、多少ムッとはしても、もう一度トライする。
ちなみに、この学園において『無事に卒業』『出来れば、好成績』が目標の私は友達が少ない。というか、基本、高貴な者同士の会話には着いていけないので、何となくひっそり距離を取っていた。故に、例え同じクラス――入学以来一度も席替えをしていない並びだったとしても、会話のひとつすら交わさぬ隣の男子生徒の名前すら覚束なかったするのであった。
「あの、教科書を見せて貰えませんか? なんなら、他の教科の物でもいいので」
ちょっと妥協も入れてみる。教科書といえども、全教科同じ色の茶系革張り本なので、外面は一見同じ様なのだ。その上、中身もアリみたいにちっちゃな文字が記されているもんだから、一目程度では分からないだろうという魂胆だ。
けれど、男子は見向きもせず。なんなら、悩ましげに顎に手を当てて瞳を伏せていた。
くっそぉ……。無視を決め込む気だな⁉︎
とはいえ私も引き下がらない。自分の教科書達は、隠し場所に思い当たる節があるので後で回収をするとして。少しでも優秀な成績で卒業して、婚姻に箔を付け、両親を喜ばせたい私は、唯一持っていた武器に手を掛ける。
今日のドレスは、思わぬ宿泊により王城から急遽提供されたちょっと豪華なやつ。だから、いつものドレスにはない煌びやかな装飾があったのだ。そんなもののひとつ、胸元についてるなんか石を引きちぎる。
そして、それを指弾きで男子の頬に打ち当てた。
「――った‼︎」
途端、飛び跳ねるように立ち上がる男子。
教室内が一瞬ざわめいて、教師が怪訝というよりは驚いた顔をする。けれど、すぐに静かに席に着く彼を誰も咎めることはなく、寧ろ大丈夫ですか? なんて教師に心配までされて肯定しては、数秒のうちに変わらぬ授業風景に戻るのだった。
流石にやり過ぎたかなと、おずおずと謝る。
けれど、返事は意外とはっきり返ってきた。
「……何か用?」
「え?」
「これ。投げつけてきたの、アンタだろ?」
言いながら、男子は先程打った紅い石を見せてくる。その頬には、流血こそないものの、真っ赤な跡が残されていた。
「そうなんだけど、ごめんなさい……。痛い……よね?」
「まぁ、ルビーだしな。でも、寝てた俺も悪い。戦場なら命取りだ」
「い、いや……」
ストイックなのか緩いのか、はたまた本気なのかボケなのか、無表情の上になんとも捉えにくい言葉は苦笑で誤魔化しておく。
意外と気さくな人だった、そんなことを思いつつ。
まずは教科書を……。いや、それよりも……。
口を開いた私は、
「あの、ルビーなんですか? それ」
本題よりも欲望を優先させて問い尋ねる。
「多分な。しかも、相当いいやつだ」
キラキラと、ルビーを光らせながら眺める男子。
「そっ、そうなんですか⁉︎」
王族すごい! こんな何気なく用意してくださったドレスにまで宝石とか!
やや興奮気味に食いつけば、男子は椅子まで少し傾けて、懇切丁寧に説明してくれた。
「ほら、明る過ぎず、鈍過ぎず、光に当てると程良い感じに輝くだろ。それでいて、赤がかなり深い。もちろん、大きさや形もあるけどな。これクラスの物は、そこら辺の宝石商に言えば手に入るってもんでもないだろうな」
「と、いうと……?」
ごくりと固唾を飲む。
「特別名高い上流階級なんかを相手にした、高尚な宝石商にでも頼んでやっと手に入れられるような代物だろう」
「おぉ〜〜‼︎」
「って、アンタの物だろ、これ」
言いながら、手を伸ばして返される。
私といえば、受け取りながらもふと首を傾げつつ。
「……私の物ですよね、これ?」
ちょっと不安になったりする。
今朝方、親もいつの前にか帰ってしまった城内で、王子から『君のために用意したドレスだ』と渡されたこのドレス。
何故だか、サイズもぴったりで。
流石、王族。いつどんな時に人がお泊まりしてもいいように、各サイズ取り揃えてあるんだろうなぁ……なんて関心していたわけだけど。
あれ……? これって、貰ったことになるのかな?
浮かぶ疑問符に眉を顰めたところで、ハッとする。
意外と親切男子も、同じように眉間に皺を刻んでいた。
まずい……! 盗人とか思われてるのかも!
「あ、あの! 違いますよ! これはちゃんと正規ルートで手に入れた物でして……」
慌てて弁明しようとすれば、ぷっと吹き出される。
「別に、そんなことは疑ってねぇよ」
「で、でも……」
「いや、なんかアンタに見覚えがある気がしてさ……」
「……まぁ、同じクラスですし。なにより、ずっと隣ですし」
やっぱりちょっと不思議ちゃんなのか? とか思いつつも答えれば、親切男子は「まぁ、そうだな」と前を向く。
「あ、待って! 教科書を……」
言い掛けたところで、親切男子の顔が引き攣っていることに気が付いた。
何となく、周囲の強い視線を感じて私も前を向く。
「……ぁ」
「二人とも、後で私のところに来るように」
「「……はい」」
静かな怒りを放つ教師に二人して小さく返事して。
やってしまった……と項垂れたところでリンゴンと終鈴が鳴り響く。
私たちは、ため息までシンクロさせて、一緒に立ち上がるのだった。
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