衝動
私は、彼の顔を見上げながら言葉を失っていた。
「今までの俺は、付き合っても別れをきりだされると素直に応じてきた。手に入らないと分かっているものを欲しいなんて思った事なんかない。ましてや誰かの家庭を壊してまで、奪おうなんて思ったこともない。」
苦しみで歪んだ顔で「誰にも執着したことなんか無かった。こんな気持ちは初めてなんだ。」そう言って差し出された手は、あのクリスマスイブと同じで絵の具で彩られ綺麗だった。
その手を見た途端私は理解した。私も彼に恋していたのだ、気づかいないふりをしていただけ。
私はこみ上げてくる嬉しさ、幸福感を押し殺し自分を制するしかなかった。どう考えても、お互いに良い結果が待っているとは思えなかった。
「何言ってるの?冷静になってよ、ただのおばちゃんよ。それ以上ではない。」
彼は、あきれたように首を振った。
「俺は神崎さんを美しいと思っている。あなたの感性、生きる姿に惹かれてる。見た目なんて、人の本質ではないんだ。あなたも何処かで理解しているはずだ。」
「だとしても、私には守るべき家庭がある。これだけは揺るがないわ。」
「そう、あなただからは家庭は捨てないし、俺を選ぶこともないだろう。だからこそ、今こうして苦しんでいるんだ。」
「伊山君の気持ち嬉しいわ。でも 、これは一時的なもの。いつか必ず、素敵な、誰もに祝福される恋人に出会えるわ。」言いながら私の胸は酷く痛んだ。
本当は、伊山君に寄り添いたい。でも、不倫という汚名を着せていい人ではない。
彼は自虐的に笑い。「苦しいんだ、グループ展を目の前にして、頭の中はあなたでいっぱいなんだ。俺の心の醜く黒い部分が上手く作品とかみ合わない。こんなにコントロールが効かないのは、初めてだ。」
私は間違っていることは分かっていながら、苦しむ彼を目の前にして言った。
「私は全力でサポートするわ。今はグループ展を成功させる事だけ考えて。」
いや、それは建前だ。本心はこの恋を一時でも良いから実らせたかった。
「俺の不安定さに皆を巻き込みたくない。取り敢えず、今は全力で製作に取り組むよ。だから、少しでも俺に対して特別な感情があるなら、グループ展まで傍で寄り添って欲しい。」
彼の心の叫びが心に刺さった。私は頭では絶対に頷いてはいけないと分かっていても。私は無意識に頷いていた。