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変化

 あれから、何度か伊山君に呼ばれてアトリエを訪れていた。

グループ展へ向けての話が多く、楽しく、耀く時間だった。


 グループ展を二十日後に控えたある日、学生時代の友人から沢山のすいかが届いた。差し入れしようと持ってアトリエに向かった。

 伊山君が一人で制作中だった。差し入れを置いて帰ろうとする私に伊山君は、「丁度一休みしよう思っていたところだから、珈琲付き合ってよ。」

私は、珈琲を待っている間に作品を見て回った。伊山君の作品の前で足が止まった。

いつもと何か違う、何とも言えない、心がざわざわと波立つような不安を感じた。その時、丁度珈琲を持って彼が戻ってきた。

「あんまり、観ないでよ。ちょっと今スランプ気味で、参ってるとこ。」彼は苦笑いで言った。

いい薫りの珈琲を飲みながら話す伊山君は、作品から受ける不安さとは違い、いつもの伊山君だった。


 「神崎さん、少しプライベートな事聞いて良い?」私が頷くと

「旦那さんの事、何時から気付いてたの?」

私は一瞬戸惑った、でも一度現場も見られているしと思い、

「今年の初め、主人が珍しくリビングのテーブルに携帯を置き忘れてお風呂に行ったの。その時に浮気を匂わすメールが来たの。」

「その時どう思った?」

「うーん。不思議と怒りは無かったんだよね。ただただ、無性に寂しかったの。何故だろう、自分でも理由がよくわからない。」

「何故旦那さんにその時に問い詰めたり、話し合ったりしなかったの?」

「家族として今のままが良いと思ったから。息子のこと、主人の出世の事、私が自立出来ないこと。全て考えて、このまま気付かないフリが良いと思ったから。ズルいよね、だから被害者ぶれないのよ。」

伊山君の顔を見ると、いつもの穏やかな表情ではなく、怒りとも哀しみとも取れる表情で手元を見つめていた。

「どうしたの?何か気に障った?」

「どうして」と伊山君が言葉を口にしかけた時

「晴人、お客さん?」里崎君が入ってきた。伊山君は、一瞬でいつもの伊山君に戻った。

「ああ、いるよ。神崎さんからすいかの差し入れ。」

「ありがとうございます。美味そうだな、早速頂きます。」

三人でグループ展について、話しをした。結果、伊山君の変化を見逃してしまった。


 暫くアトリエに行かない日が続いた。

そんなある日、花屋でいつものように働いていると国近さんがやってきた。

彼女は鋭い視線を向けたまま、「晴人と何があったの?晴人の様子がおかしいんだけど。」

「晴人はあなたが、憂さ晴らしに手を出して良い人じゃないのよ。」彼女そう言って去っていった。

私は狐に摘ままれ気分だった。私が伊山君と何かあるわけないのに。

あんな眩しい位の女の子を目の前して、私は深いため息をついた。

 

 グループ展が二週間後に迫り、作品の確認にアトリへ行った。

アトリエ内の空気は緊張感に包まれていた。

皆、黙々制作していたなか、伊山君の姿だけが見えなかった。

里崎君が厳しい顔で私を見て

「伊山が参ってて、作品が間に合わないかもしれない。」

彼の作品を見ると、いつもの優しい雰囲気ではなく、何か激しく、一言で言うと、憎悪の塊のような、人間の負の部分がぶつけられたような作品だった。


 何かあったのだ!これは今までの彼の作品とは別物だ。この前不安は、この前兆だったのだ。

私は後ずさった、そこで、国近さんと目があった。彼女の目は悲しさと非難に満ちていた。

里崎君は「神崎さん何か心当たりはある?」

「何かって?思い当たることないと思う。」

その時、伊山君が戻ってきた。

「あれ、皆揃ってた。ゴメンゴメン、ちょっと外の空気吸いに行ってた。」

伊山君から煙草の匂いがした。

「何この感じ、皆怖いなぁ。どうかしの?」

里崎君が「晴人お前さぁ、何があったの?」

「待てよ、『何があった?』ってど言うこと。なんで何かあったって事になってんの?特に何も無いって、昨日も言ったよね。」

「お前さぁ、マジで言ってんの?お前の作品見て、何も無いを真に受けるやつなんていない。」

伊山君は、小さく溜め息をつき

「まぁ人間生きてりゃ色々あるさ、でも乗り越えられない山はないさ。」伊山君は疲れた顔で、力無く笑った。

「まだ、晴人の中でなんとかなる状態なんだな。」里崎君が念を押すように言った。

伊山君は頷いた。


 打ち合わせが終わった頃にはすっかり、暗くなっていた。

里崎君が「神崎さん送りますよ。」伊山君が「なんで、お前が?いいよ。俺が送ってくよ。」

「晴人、作品間に合わないぞ、たまにはいいだろ。」


 車中で、里崎君が、「神崎さん、伊山のこと責めるような言い方して、すみませんでした。この前あなたを送った翌日から少しずつ様子がおかしくなったと国近から聞いて、責めるつもりは無かったのですが。誰も心辺りが無くて、神崎さんと伊山に何かあったんじゃないかってことになって。」

私は驚いて「何かって?」

「国近は、恋愛感情的な事を疑っていた。」

「それは伊山君に失礼じゃないかな?私は年上だし、既婚者だよ。」

「そこは僕も同意見なんです。伊山とは長い付き合いけど、あいつが誰かに執着しているのを見た事が無い。ましてやリスクを冒してまで不倫なんて、そんな執着心あるわけ無い。

だた、これは今までの伊山って限定です。何故ならあんな作品は今まで見た事がない。だから絶対無いと言い難く。」

「理由は分からないけど、伊山君の状態はとても心配です。このままだと、心身共に持たないと思うの。食事も睡眠もろくにとって無いのか酷くやつれていた。

私も機会があれば、原因探ってみます。里崎君は伊山君の事もあるけど、ご自身の制作も頑張って下さい。」

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