陽だまり
約束の場所に向かいながら、思い出していた。
君に初めて逢ったのは、七年前のクリスマスイブの夜。あの頃の私は、自身を磨りながら、目前を照らす蝋燭のようだった。
年の瀬のクリスマス・イヴに夫は上司と『飲み会』と言う。本当に?多分、若い浮気相手とデートだろう。でもそれを私は追求できない、息子との今の暮らしを失いたくなくて。
そして肝心な一人息子は反抗期の真っ只中で、友達の家に入り浸ってる。帰宅は遅く、口論が絶えない。追えば追うほどに、手のひらからこぼれ落ちる幸せ、完全に空回りだ。
いつものように、パートからの帰えり夕飯を届けに祖母の家に向かっていた。
祖母のお世話を始め三年が経つ。年を重ねる程に難しくなる祖母。
その日は仕事が押し、いつもの時間より遅くなっていた。
最近、祖母は時間に厳しくなり、遅れると小言を言われる。
小言は言われると、帰宅が遅くなる。結果、折角息子が早く帰ってきても、また出かけてしまう。
薄暗い中、自転車をこぐ私は急ぐ余り段差で転けてしまった。その辺に散らばったタッパ、幸い蓋が開くことはなかった。
安堵しつつ急いで、タッパを拾い集めた。そして、いざ自転車をこぎだそうとした時、足に痛み。見るとストッキングは破け、血が出ている。
その血は妙に鮮やかで、何かを問われている気がした。
何故だろう、いつもは平気なのに、その日は暗くなる空に飲まれるように孤独が私を飲み込んだ。
私は、夜空を仰いでその場でしゃがみこんだ。自然と大粒の涙が溢れる。
その時「大丈夫ですか?」少し、戸惑った声が聞こえた。一瞬顔を上げると背の高い優しそうな青年が立っていた。
彼は手を差し伸べてくれた。「立てますか?」その手は絵の具かペンキで彩られていた。
あまりに綺麗なその手を取りかけて我に返った。急に恥ずかしくなって私は俯いた。「ありがとうございます。大丈夫です。気にせず行って下さい。」やっとの思いでそう言った。
すると、少し間が空いて何かゴソゴソと音がした。そして急に目の前に絆創膏が差し出された。彼は低音で優しい音を奏でるように「どうぞ」と言った。
ビックリして、思わず顔を上げると彼は「やっと顔を上げましたね」と、はにかんだ笑顔で言った。
その少しはにかんだ笑顔は、私には小さな陽だまりのように思えた。
「ありがとう」よく見るとまだ20代だろうか、屈託の無い笑顔だった。
久し振りに心が暖まるのを感じた。