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③「“習うより慣れろ”、だ」

ダンジョン突入編です!

少しずつ設定を描写出来るのが楽しいですね。


「うーし、着いたぜ!ここが【ラミィ神社】だ!」


 学校から十五分ほど、僕の帰宅道とは反対方向に歩いたところで、寂れた石段の上にひっそりと佇む、うらびれた神社が姿を現した。


「【ラミィ神社】?ここ、ラミィ先輩の所有する神社なんですか?」


 得意げに胸を張ったラミィ先輩に、僕は素朴な疑問を呈した。


「ははっ。なわけねー。そこに立て看板があるだろ?だけどもうすっかり風化しちまって名前も読めないじゃん?だからアタシの名前付けたの。どうだ、羨ましいだろ!」


 全然羨ましくはないが……、相変わらずセンスのぶっ飛んだお人である。取り敢えず、置いていかれないように、僕はラミィ先輩の後に続いて石段を登る。随分古くに造られたのか、バリアフリーなんて横文字の概念はなく、一つ一つの段差が高く、段の真ん中に備え付けられたボロボロの木造の手すりを、しっかり握りしめておかなくてはならなかった。


「それで、こんな神社に何の用があるんですか?」


「まあまあ、早まんなさんなって」


 石段の数を数えるのをうっかり失念していたけれど(みんなもやるよね?)、ようやく登り切ったところで、僕は鞄を床に置いて、両手を膝についた状態ではぁはぁと息を整えた。ちらりと見やったラミィ先輩は、僕の疲労困憊の様子とは対照的に、息一つ乱さず、涼しい顔をしていた。この人こう見えて、案外体力あるのかもしれない。


「さて、息を整えたところでだ、シャチホコ!この鳥居、一見してどう思うかな?」


「どうって……、普通の鳥居じゃないですか?」


 改めてまじまじと鳥居を観察してみる。所々苔むしたりはしてるけど、参道にどっしりと構えている、霊験あらたかな普通の鳥居にしか見えない。経年劣化の為か、赤い色は少し薄くなっているけれど、大して特筆して描写すべきことなんてないような……。


「だろうな。じゃあ、今度はこれ掛けて見てみ?」


 そう言って、ラミィ先輩が鞄からゴソゴソと取り出したのは、何処かで見覚えのある、銀縁の丸眼鏡だった。


「これって……、ハナコ先輩の眼鏡じゃないですか!」


「そそ。借りてきた。あ、ちなみにハナコは先に行ってっから」


 先に行ってる?その割には、辺りに僕ら以外の気配はまるで感じないのだけど……、まさか、先輩たち、こんなところで隠れんぼでもするつもりじゃないだろうな?新入生歓迎のレクリエーションのつもりだろうか?


 様々な疑問が頭に浮かんでは消えなかったけれど、ひとまず全てを棚上げにして、僕は眼鏡を掛けた。それから、もう一度鳥居を見上げると……!


「なっ……どういうことですか、これは!」


 なんと、先ほどまで赤い色をしていた鳥居が、まるで蛍光塗料で派手に塗り直したかのような、テカテカとした橙色に変わっていたのだ!慌てて眼鏡を外してみると、鳥居は元の赤色に戻った。もう一度眼鏡をかけると、やっぱり橙色。


「はっはー、求めてた通りナイスリアクションだなぁ!勧誘した甲斐があるってもんだぜ!」


「これ、どういうトリックなんですか?」


「トリックっていうか、実態を表してんだよ、ソイツを通してな」


 ラミィ先輩は僕の返した眼鏡を受け取って、自分でも掛けながら説明した。


「コイツは【鑑定メガネ】っつーアイテムでな。このレンズを通して鳥居を見ると、今日の鳥居のレベルがわかるんだよ」


「鳥居の……レベル?」


 訳がわからない状況に意味不明の不思議アイテム。混乱するなという方がムリだろう。


「ああ。……シャチホコは、虹の七色が、それぞれ何色か知ってるか?」


「えっと……【赤橙黄緑青藍紫せきとうおうりょくせいらんし】ですよね?」


「ご名答!後にいくにつれて、鳥居のレベル、つまり“ここから繋がるダンジョンのレベル”もヤバいことになるってワケだ」


「“ここから繋がるダンジョン”……!?」


「そう。だからアタシはこの一週間、毎日ここに寄って、つってもまあ通学路だからどの道毎日通るんだけど、とにかく、この鑑定メガネを通して鳥居のレベルをチェックしてたんだ。それで、今朝ここの鳥居が橙色になってるのを確認して、お前を初めての倶楽部活動に誘ったっつーワケだな」


「ちょ、ちょっと待ってください……頭が混乱して……取り敢えず、二つだけ質問してもいいですか?」


「ははっ。なんなりと」


 すっかり頭の中がぐしゃぐしゃになっている僕とは違って、やっぱりラミィ先輩は楽しそうに、いや、間違いなく僕のリアクションを面白がりながら、イタズラっぽい笑みを浮かべた。


「まず、毎日鳥居のレベルをチェックして、って仰いましたけど、この色って日によって変化するものなんですか?」


「そーだよ。毎日違う色に変わる。恐らく月の光やら満ち欠けの影響なんじゃないかって言われてるけど、詳しい原理はまだ分かってない。だけどとにかく、鳥居のレベルは毎日変化する。だからオリエンテーションとして、一番危険度の低い【とうの鳥居】へシャチホコを連れて行く機会を窺ってたってワケ」


 なるほどな……。つまり、鳥居とダンジョンとやらは、一対一で直接つながっているのではなく、あくまでも鳥居の役割は、数あるダンジョンのどれかの入り口に過ぎない、というわけか。


「言うなれば、【せきの鳥居】はダンジョンとは繋がってないレベルゼロ。反対に、【の鳥居】は【の鳥居】なんて呼ばれる程で、そっから繋がるダンジョンを攻略して帰ってきた奴はいない、って話だ」


「……ちなみに、ラミィ先輩はどのレベルまで攻略したことが?」


「挑んだことあんのは【せいの鳥居】までだな。クリアしたのは【りょくの鳥居】までだが」


 ううむ、ドヤ顔で胸を張って答えるラミィ先輩は可愛らしいから眼福なのだけれど、しかし基準となる難易度が不明だから、この質問では大して有益な情報が得られないか……。


「ちなみにハナコは、一度だけ【青】までクリアしてる。まああん時ゃウルトラレア引いてるから、流石にノーカンみたいなモンだけどな」


「はぁ……」


 ウルトラレアとは何のことだろう?気になるけど、聞いたところで、どうせ教えてはもらえないのだろうし、あるいは教えられたところで、今の僕ではやっぱり理解不能な気がする。


「じゃあ、次の質問です。……それで一体、ダンジョンってのは?」


 最大の疑問に、しかしラミィ先輩は答える代わりに、人差し指を一本立てた。


「放課後ダンジョン倶楽部の三箇条その一。“習うより慣れろ”、だ」


「……分かりました。……ちなみにその二とその三は?」


「……あー、そのうち考えるよ」


 ため息も出ない僕を可笑しそうにケラケラと笑うと、ラミィ先輩は鳥居の下をあっさりとくぐって先へ進んだ。


「ちょ、置いていかないで……!」


「あ?ああ、まだ行かないから安心しろ。せっかくの神社なんだし、おみくじでも引こうぜ、おみくじ」


 スタスタと歩き始めたラミィ先輩に慌てて近寄りながら、その迷いなき足取りに付いていく。無人の神社は当然、物品販売なんてしていないものだと思っていたけれど、よく見れば木造の屋根付きの売店に、これまた木で出来た小さな賽銭入れと、その横には、おみくじと御守りがセットになったものがぎゅうぎゅうに詰め込まれた、プラスチックのケースがあった。


「これ、干支の御守り付きなんだよ。シャチホコは何年なにどし?」


「僕は……ヘビですね」


 一回五百円って、結構高いな……。だけど、ラミィ先輩は躊躇なく賽銭箱に入れちゃってるし、後輩の僕が入れないわけにもいかないよな……。


「安心しろって。後で部費で落ちるから」


 財布を開けて中身とじっと睨めっこをしていると、そんな僕のケチで矮小な心の中を見透かしたのか、ラミィ先輩は笑って、それからプラスチックケースの中をガサゴソと漁った。


「こ・れ・に・しよっ!」


 勢いよく引っ張り上げると、即座に封をしているテープを破り、中身を取り出すラミィ先輩。


「お!【うさぎ】だ!やったね、アタシ兎年だからさ!」


 大事そうに御守りをポケットにしまうと、ラミィ先輩は、肝心のおみくじ占いの中身は見もせずに、あっという間に境内のおみくじ納め所に、チョチョイと結んでしまった。


「え!?中身見ないんですか!?」


「んー、アタシ、占いとか信じてないから」


 だったらどうして、おみくじなんて引いたんだろう……。干支の動物を模したストラップでも欲しかったのだろうか?


「まあ、そんな感じかな。ささ、シャチホコも早く引けってば!」


 急かされるままに、僕も五百円を入れて、プラスチックケースの中に腕を突っ込んだ。


「お、【さる】かあ〜。うん、悪くないね。あ、てかおみくじ結んどくね?」


 あれよあれよという間に、僕のおみくじも結ばれてしまった……。まあいいか、僕だって別に、熱心に朝のニュースの星座占いやらを見ちゃいないさ。だけど、それでも瞬時にこっそりと、恋愛運だけは確認しておいた。“大切な人が大事な場面で、きっとあなたの事を命懸けで守るでしょう”だとさ。


「じゃ、鳥居の下に戻ろっか!【猿】、絶対失くすなよ〜?」


 そう言うと、ラミィ先輩は僕の手を取って、僕の左手首に、猿の御守りを上手にヘアゴムに括り付けたものを巻いてくれた。


「アタシも巻いたわ。うん、これでばっちしだね!」


「おそろ〜!」とかふざけながら(不覚にも萌えてしまった)、先輩は僕と並んで先ほどのように鳥居の下に立った。


「さてさて。シャチホコ、お前、ライター持ってない?」


 ライター!?すっかり忘れかけていたけれど、そういえばこの人はヤンキーなんだった!てことは、ライターってことはつまり、アレを吸うから火を付けろと言うことだよな……?やっぱおっかねえ!


 僕がビビりながらブンブンと首を横に振る前に、ラミィ先輩は付け加えた。


「別にマッチとかでもいンだけど……逆にないよな?」


「あ、マッチ棒ならありますよ」


「なんであンだよ。引くわ、普通に」


 話せば長くなるのだけれど、僕の隣の席のマッチ棒クイズ少女、【リサ】が落っことしたのを拾った際に、返すのも捨てるのもすっかり忘れて、そう言えばポケットに入れっぱなしにしていたのだった。


「だけど、箱がありません……。すみません、おタバコに火もつけられない三流の後輩で」


「はぁ?タバコ?……バカ、お前なに勘違いしてんだよ!吸うワケねえだろ!アタシ、まだ未成年だぞ!?」


 顔を真っ赤にしながら、ラミィ先輩は捲し立てるように怒鳴った。なるほど、こう見えてこの人、法律や規則は遵守するタイプのヤンキーだったのか……。


「だからヤンキーじゃねえって!まあいいや、とにかく、そのマッチ棒寄越しな!」


 僕からマッチ棒を受け取ると、ラミィ先輩の次の行動は、僕の予想をはるかに越えたものだった。踵の柔軟ストレッチでもするかのように、片足をはしたなく上げたかと思うと、


 シュボッ!!


 そう、彼女はさながら、イタリア映画のマフィアのボスよろしく、ローファーの踵で擦って、マッチ棒に火を付けたのだ!


「……いやいや、アイツ、たかがクイズに黄燐おうりんマッチ棒使ってたの!?信じらんねえ!?」


 補足しておくと、黄燐マッチとは、別名:摩擦まさつマッチとも呼ばれる、その昔使われていたマッチのことだ。今の赤燐せきりんマッチ棒とは違い、どんな物でも擦ればたちまち摩擦で火が付くという大変危険な代物である。自然発火の危険性が大変高いため、現在は生産中止となっており、代わりに、箱の側面で擦る事でしか発火しない赤燐マッチが使われるようになったのだ。そんなヤベー昔の物を、知ってかしらずか、普段から持参していただなんて……。リサ、正体不明の恐ろしい子……。


「おお、見様見真似でも出来るもんだな」


 感心したように呟いたラミィ先輩に、僕の方こそ若干引きながらも、しかし、ここから目の当たりにした光景こそが、“本当に信じられない出来事”だった。


 ラミィ先輩は、火のついたマッチ棒を、なんの躊躇いもなく、摘んでいる二つの指を離して、自らの足元、すなわち、鳥居の真下へと落下させたのだ。


 ──その瞬間。


 ぼうおっ!!と激しい音が鳴ったかと思うと、ユラユラとした目に見えない蜃気楼のような空間の揺らぎが、鳥居の中に現出した!


「ほら、眼鏡かけて見てみろよ」


 愕然とした僕は、思考能力を失って、差し出された鑑定メガネをそのまま掛けた。すると、そこには橙色に揺蕩う、波のような空間の揺らめきが確かに存在した。


「【ポータル】の完成だ。んじゃ、行くぞ?しっかり手ェ握ってろよ?じゃないと、はぐれちまうからな」


 ラミィ先輩は僕の掌をぎゅっと握りしめると、同じくらいぎゅっと目を瞑った。


 やれやれ。習うより慣れろ、か。


 まだまだたくさんの疑問は解決しないままだったけれど、僕もそれに倣うことにした。


 そう、習うよりも、慣れるために。



(続くかも)

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