①お前、今日から【シャチホコ】な?
初投稿作品になります。よろしくお願いします。
「へー、お前名古屋出身なんだ?じゃあ今日から名前、【シャチホコ】な?」
そんな意味不明なネーミングセンスが炸裂したのは、入学式を終えたばかりの僕が、半ば無理やり連れて来られたハンバーガー屋での出来事だった。碧眼の双眸で僕のことを上から目線でたっぷり三十秒ほどジロジロと眺めた金髪美女は、その容姿、言動から察するに、どう見てもヤンキー丸出しである。そんな相手に、控え目で謙虚な僕が文句なんて言えるはずもなかったのだ。
「ええっと……はい、何でもいいです……すみません」
「んで謝んだよ。気色悪りぃなあ」
一通りの審査が終わったとでも言わんばかりに、おもむろに半分だけ紙から取り出したハンバーガーをガツガツむしゃむしゃ食べ始めた目の前の先輩は、ケチャップが口の周りにべったりとこびり付くのも構わない様子で、一心不乱に喉の奥へと食べ物を送り込んでいる。僕はといえば、凶暴な肉食獣に相対した草食獣の気持ちで、目線を合わせないように気を付けつつ、すっかり氷の溶けて味のしなくなったコーラを一口啜るだけだった。
「……で、話は【ハナコ】のやつから聞いてんだろ?」
「いえ……何も……」
「あ“?じゃあ何も知らねーで新歓に来てんの?ははっ、随分と奇特な奴もいるもんだなあ」
ピッ、と親指で頬についたケチャップを拭いながら、目の前のヤンキー先輩は驚いたように目を丸くした。その時、彼女の碧眼の薄い青が、深海から引き上げたばかりの宝石みたいにきらりと光った。その瞬間、僕は、悔しいけど、この人はとてもキレイだと思った。
「んじゃあザックリ説明するとだな。アタシらの倶楽部は、放課後の暇な時間を使って、その辺ぶらぶら散歩すんだ。で、何か珍しいモン見つけたら換金してみんなで山分け。特に何もなけりゃ帰りにどっか寄って駄弁って終わり。ちょうど今してるみたいにな」
「はあ……」
そもそも、入学式の帰り際に、何処の部活動からも声をかけられずに、トボトボと帰路についていた僕を捕まえて、この部活の新入生歓迎会に誘ってくれたのは、二つ結びの黒髪おさげの、黒いセーラー服のよく似合う丸眼鏡をかけた大人しそうな先輩だったのに……。その印象から勝手に、文学系の部活動なのかな?と思い、やたらと派手なポップが躍る、貰ったピンク色のチラシを特に確認することもなくホイホイ着いてきたら、まさかこんな圧の強いヤンキーみたいな人に絡まれるなんて……。僕は恐々と目線を上げて、目の前の女の人の顔を盗み見た。
ていうか、そういえば待ち合わせにガッツリ遅刻してきたんだよな、この人は。てっきりおさげ先輩が待ち受けているのかと思いきや、「まだ他の子の勧誘があるから先に行っててね!」と笑顔で校門から送り出してくれて、まあそれは良かったんだけど、まさか歓迎会の開始予定時刻になっても新入生が僕一人だけで、しかもおさげ先輩はいなくて、途方に暮れながらも指定された二階席に一人ポツンと座った僕は、緊張して飲み物も喉を通らずに、ソワソワしながら待っていた。それから、三十分くらい経ってから、どうしようもない居心地の悪さにとうとう我慢できなくなった僕が、先輩には悪いけど、タチの悪いイタズラだったと思って、諦めてもう帰ろうかなと席を立ったまさにその時に、まるでタイミングを見計らったかのように、現れたのが目の前のこの人だったのだ。
「てか、ハナコの奴おせーなあ。何してんだ、ちょっと電話するか。もしもーし!ハナコ?……は?まだ粘ってる?もーいいって、今日はもう諦めろよ。部長命令だ。明日に備えて撤収撤収〜」
うーん、流石は陽キャ。僕みたいなタイプの人間と違って、突然電話を掛けることにいささかの躊躇もないんだな、なんて、内気な僕は変なところに感心してしまう。しかも、何故かビデオ通話になっているので、相手の声がスピーカーになって聞こえてきてしまう。
「ごめんね部長〜!今日一人しか捕まえらんなくて」
「いいっていいって。コイツ、シャチホコはシャチホコでも、金のシャチホコかもしんないしな」
「シャチホコ?……あー、ふふっ。さては、まーた変な名前付けて、新しい子をからかってるんでしょ。悪いなあ、部長のそーゆーところ」
「るせえよ。もー今日はこっちに合流しなくていいから、さっさと気をつけて帰れよ。これも部長命令だ。じゃーな」
そう言って電話は終了した。……それにしても、さっきからシャチホコシャチホコって、全く何を言ってるんだこの人は。ていうか、よく考えたらおさげ先輩もワンコールで電話に出てたし、あの人、大人しそうな見た目に反して、案外こういう突発的な事態にも慣れっこなのかもしれないな。ううむ、人は見た目によらないな……って、ちょっと待て!
「ええっ!?部長さんってあなたなんですか!?」
思わず声を張り上げて、盗み聞きした会話の内容に派手に驚いてしまった僕を、しかし意外にもヤンキー先輩は怒ったり、気に留めたりはしなかった。
「おーう。言ってなかったか?アタシがこの倶楽部の部長なんだ。よろしく」
差し出された右手を、しかし果たして簡単に握り返してもいいものだろうか?いいに決まってるだろう。何故なら、ヤンキーとはいえ、美人な女の先輩の手のひらに、合法的に触れるチャンスなのだから。
「よし、入部決まりだな」
「……はっ!しまった!」
困った時に取り敢えず色ボケで考えてしまうのが、昔からの僕の悪い癖だった。こうして、あれよあれよという間に入部書類を書かされて(意外にも、書類を取り出す際にチラリと見えたヤンキー先輩のスクール鞄の中身はキレイに整頓されていた。というか、ヤンキー先輩、ネイルだったり眉毛だったり肌だったり、イチイチ全てが美しく整えられてはいるんだよな。もしかしたら、ヤンキーなのは言動だけなのかもしれない)、僕はこの怪しげな部活動に入部することとなってしまったのだった!
「……まあ、入部はしますけれど。ついでに、二つほどお尋ねしてもいいですか?」
「いいぜ。ちなみにお前のコーラ奢りだから。部費で。明日ハナコにレシート持ってけよ」
「あ、ありがとうございます」
「んで、何だ?質問ってのは」
「ええっと、まずこの部活の名前なんですけど……」
僕がおずおずと手を挙げると、ヤンキー先輩改め、部長はピシャリと跳ね除けるように訂正した。
「【部活】じゃない。【部活】じゃなくて、【倶楽部】な」
「はあ……」
どうやらそこには譲れない一線みたいなものがあるらしい。今日一日で思ったけれど、何かとネーミングに一家言ある人なのかもしれないな。
「それで、この倶楽部のお名前をまだ聞いてないんですが」
「名前?んなもんチラシに……って、たっはーっ!ハナコの奴、肝心の名前書いてねーじゃん!だから大人しく去年のコピペしろって言ったのに、あいつ張り切って作り直すって言って聞かなかったから……」
僕の手のひらからもぎ取ったチラシを見ながら、がっくしと肩を落とした部長。しかし、流石は陽キャ。切り替えも早かった。
「アタシ達の倶楽部の名前な。その名も、【放課後ダンジョン倶楽部】だぜ!!」
「だせえ!何なんですかそのNHKの子供向け番組みたいなセンスは!!!」
おっと、危ない。危うく本音を口に出してしまうところだった。
「漏れてるぞ〜?シャチホコ〜?」
グリグリと僕の頭をゲンコツで擦りながら、渾身のネーミングセンスを否定された部長は、ちょっぴりご機嫌斜めの様子だった。
「まあいいわ。名前にゃそのうち慣れるだろ。で、もう一つの質問ってのは?」
「それは……」
凄く今更で失礼な気もするけれど、しかしコレだけはハッキリと聞いておかなければならないだろう。僕は息を吸い込んで、目の前の女性を、ヤンキーでもあり部長でもある人を、真っ直ぐに見据える。
「先輩のお名前、教えて貰ってもいいですか?」
一瞬ピクリと固まる部長。ややあって、くつくつと肩で笑い始めた。
「ああ、そっかそっか。アタシの自己紹介がまだだったな」
そう言うと、部長は、照れたように頬を染め、わざとらしく咳払いをすると、肩までかかる長さの髪を、両の耳にかけ直した。それから、真っ直ぐにその青く光るキレイな宝石を僕に向けた。
「初めまして。アタシが部長の【ラミィ】だ。改めて、どうぞ宜しくな、シャチホコ」
もう一度、差し出された右手。先程は気づかずにスルーしてしまった、手首に巻かれていたヘアゴムには、彼女の名乗った【ラミィ】という名が、本名かどうか分かるヒントなんてあるはずもなかったのだけれど、それでも僕はすうっと目が吸い込まれていってしまった。手首に巻かれたヘアゴムは、僕の性癖の一つだからだ。容姿から滲み出る育ちの良さと、言動から溢れ出るガサツっぷりのギャップに面食らって、だけど彼女のカタカナの名前を聞いて、全てに合点がいった気がした。この人のルーツはきっと、ここではない【何処か】にあるのだろう。
「はい、ラミィ先輩!それから、僕の名前は……」
「【シャチホコ】だろ?……少なくとも、この倶楽部にいる限りはな」
「……はいっ!」
イタズラっぽい笑みを浮かべられて、僕の心臓は不覚にも高鳴った。
これが、高校に入学した初日に起きた出来事。
僕と、ラミィ先輩との、これから始まる冒険譚の幕開けとなる、忘れられない衝撃的な初対面だった。
(続くかも)