僕達の先を守るために頑張ると、ロミオは甘く囁いた
僕達の先を守るために、頑張るからね。
ロミオはこの日の為に、大きく開いた襟ぐりのドレスを新調をした恋人のジュエリーの無垢なる白く柔らかな手をしかと握りしめ、愛の巣と呼ばれる秘密の部屋で甘く囁やいた。
「ああ、ロミオ様、上手く行かなかったら。ロミオ様! わたくしは貴方様と離れとうございません」
「ああ、僕のジュエリー! 大丈夫。きっと上手くいくから。僕も離れたくない!」
「ロミオ様。もしかしてもしかすると。今日、この時、この逢瀬が最後になるやもしれません」
「ああ、ジュエリー。悲しいことを言わないでおくれ」
この日の為に用意をした、ベラドンナの目薬の効果で、ジュエリーの薄紫色の瞳は、瞳孔が開き美しくキラキラ。
甘くロミオを見つめるジュエリー。
「ああ、ジュエリー、何という美しい瞳なのだ。まるでニンフのようだよ」
淑女の嗜みとして、熱情的な視線から軽く逃げるジュエリー。身じろぎをしたときにスルリと手が外れる。深みのある甘い香りが立ち昇り、微かにロミオの鼻孔に辿り着く。
この日の為に用意をしたムスクの香りは、ロミオをたちまち虜にしていく。
「ロミオ様、お戯れはいけませんわ。あ。わたくしそういえば、お菓子を用意してますよの」
ジュエリーの突然の行動。白いクロスがかかるテーブルの上には、この日の為に彼女が用意をした、イランイランの花がたっぷりと花瓶にいけられていた。銀のボンボン入れに手を伸ばすと中身をひとつ、白魚の指先で摘む彼女。
「チョコレートボンボンでしてよ、あーん」
「あーん」
ロミオの整った唇に、微かに指先を触れつつ、入れるジュエリー。咄嗟に身体が動いたロミオ。華奢な手首を握り、ジュエリーの指先をその位置から逃がすまいとした。
部屋の中は、イランイランの花の香りが色濃く広がり満たされ。その香りと口の中に溶けて広がるチョコレートの甘さ、ジュワリと広がる強い洋酒を飲み下すロミオ。喉に流れる焼け付く様な刺激が、彼を何処かに運んでいく。
目の前にはたわわな果実を、これぞとばかりに強調をするドレス姿の愛しい乙女、様々な相乗効果が彼の脳内と体内でミックスされて行き……。
それはロミオの中の何かを破壊をし、何かを目覚めさせ火を付けるのには、足りすぎてお釣りがあるぐらいの力を持っていた。
即座に発揮。
高まる二人の鼓動の音は熱く切なく重なり合い、情熱的な音楽へと昇華されて行く。真紅の薔薇の花びらを撒き散らした、白いシーツは清らかに。若い男女を大人の世界へと誘うのには申し分のない舞台。
「ジュエリー!」
「ロミオ様ぁぁ」
「愛してるぅ!」
ロミオは猛獣へ、レッツ・ヴァージン・トライ、頑張った。
☆
「今宵、集まって下さった紳士淑女の皆様。御足労、ありがとうございます」
綺羅びやかな夜、アルフォート公爵家でパーティーが催された。長兄である、ロミオの兄が生真面目に開催の挨拶をする。
天井には煌めくシャンデリア、均等に配されている大振りな花器には、愛の女神の御印である真紅の薔薇の花が溢れる程にいけられ、大広間の敷物も飾り付けもその全てが、真紅と金。女神が愛する色で揃えられている。
さわさわと。開いた扇の陰ではまことしやかに流れている、噂話の確認が交わされていた。その時、高らかに侍従長の声が響く。
観音開きの扉が開かれ、両親と共に姿を見せたのは今宵の主役の一人である、気高き令嬢。左右に分かれ、道を開ける招待客達。
ジュエリーは花器の後ろに、艶やかな姿を隠すようにしている。彼女のこまどりの様な心臓は、トキトキと音を打っている。一段高い場、その脇のカーテンを食い入る様に見つめている。
好奇な視線が彼女に注がれる中、毅然とした姿で進み、運命を告げられる立ち位置に辿り着く令嬢。深々とドレスを引き、優雅に礼を取る。
ジュエリーが見つめる場に視線を送る兄。カーテンが開かれると、愛しのロミオが噂のご令嬢の手を取り、姿を現す。兄に命じられ、エスコート役を担っていた。緊張の為か表情が無い彼女を兄の側近くに連れたロミオ。
その場で礼儀として雑な身ごなしで頭を下げた令嬢。頭を上げなさいとの言葉に、渋々従う素振り。だらんと両脇に下げられている両手。緊張の為だろうと兄は笑顔で迎えた。
「私は自身の愛を貫く為、チョコリエール・ルーベラ・アソート公爵家令嬢との婚約を取り消し、ここにいる、バームロール・シルベーヌ・ルマンド子爵令嬢と……」
寄り添い立つと声を張り上げる。しかし、宣するという単語を言わぬ前に。
「意義有り」
ロミオが背後から、一声で割り込んだ。
「意義有りとは。ロミオ。どういう事だ、説明をしろ」
「どうして兄上は、チョコリエール公爵令嬢と婚約を破棄されるのか。納得の行く説明を求めます」
「それは。ここで、言うべき事ではない!」
突っぱねる兄。しかし前もって根回しをしていたロミオ。父親である、アソート公爵が食い付いて来る。
「お聞きしたい。私めの娘に、落ち度があったと言うことでしょうか」
「あったと言えば納得をするのか」
うなずくアソート公爵。扇を広げ、口元を隠す令嬢と夫人は、優雅に微笑んでいる様に見えている。では、仕方がない。兄の口からチョコリエールの罪状が顕になる。
「彼女は学園に在籍している頃、ここにいるバームロールに対し、令嬢らしからぬ態度で日々、嫌がらせをしていたのだ。これは私がしっかりと、この目で確認をしている事実だ!」
「して。それはどのような事を」
父親が食い下がる。筋書き通りに進むことに内心安堵をしていた。
「バームロールは。何時もひとりぼっちだった。何時もひとり、茶会にも招かれず、ホコリ臭い図書室で隠れるようにパンを食べていたのだ! 私が食堂に入ると、即座に出ていくバームロール。外で食えと言わんばかりに、自ら手渡していたのは、そこに居るチョコリエールだ!」
「チョコリエール。本当なのか」
大袈裟に驚き問う父親に頷く娘も、芝居がかった演技で魅せる。
「オーホホホ。お父様。間違いございません、平民上がりの彼女の為でしてよ」
悪役令嬢っぽいかしらと頑張る、チョコリエール。
「ロミオ。これが真実だ! 無慈悲な妻を持ちたくないのだ!」
「しかし、兄上。兄上が平民上がりの子爵令嬢と婚約となると、色々困る事があるのです。無慈悲云々、些細な事です。貴族の婚礼は家と家。わがままを言わないでください」
ロミオは恋に溺れる、のほほんとした兄の頭を冷やそうとする。アソート公爵家との婚約は、国王陛下から示されたもの。いっときの気の迷いだろうと踏んでいる両家。この場の事はパーティーを盛り上げる茶番劇にしようと、話は既についている。
陛下の不興を買いお家断絶ともなれば、愛しのジュエリーとの婚約は、向こうの家から破られる運命、それを避ける為にロミオは頑張る。
「ふむ。事実ですか。では証人を。兄上の御言葉だけでは納得しかねます」
「証人?」
「はい。ここにいらっしゃる、バームロール様からのお話も聞きとうございます」
よろしいですか? 棒の様に突っ立っている令嬢に聞くロミオ。ちろりとした視線を傍らに立つ、自分を愛すると言う男に向けたバームロール。
「そうか。辛い話をさせるのは心苦しいのだが、それで納得を得られるのなら。君が話をしたいのなら構わない。私がついている。君は優秀な成績で入学資格を得た、特待生だったよね、なのに平民だからと嫌がらせをされた。ここで言いなさい皆、解ってくれる」
優しい目を向け、力づける様に兄は愛しい乙女にそう話す。では遠慮なく。バームロールが注目の中で口を開いた。
「確かに。私は特待生でした。勉強が好きで将来の夢の為に、努力は惜しみませんでした。それは学園に入学してからも。あの学園、衣食住に授業料は免除でしたが、その他諸々の雑費は自分持ち、これが意外にかかるのです」
立て板に水。すらすら述べるバームロール。
「なので私は密かに課題の代筆等をして稼ぎました。これは学園長から黙認されていました。将来の計画にも有効に働くと思い、空いた時間は主に、図書室で過ごしてました。好きな本に囲まれ幸せなる空間でしたから」
「すると、図書室で過ごしていたのは自分自身、そういう事になりますね」
ロミオの言葉に頷くバームロール。
「平民ですからね、茶会の道具なんか持ってない。でも皆様からの招待状は日々届いてました。お断りをしていたのは私。その事によりチョコリエール様はじめ、ご令嬢様達に虐められた事なんて、これっぽっちもない! なのに、この御方様ときたら!」
思い出し話す内に、何かがブチっと切れたバームロール。
「何時だったか。さっさと食事を終わらせ、図書室に居たとき。おやつにと、チョコリエール様が、何時もの『ふわふわ白パン、蜂蜜檸檬バター』をくださって。日替わりでした。ピーナツクリームも美味しかったなぁ。コケモモジャムも良かった。まぁ、それを齧りつつ『淑女のための淑女における淑女たる生き方』の読破を目指してる時、声をかけられたのが腐れ縁のきっかけ!」
「ほほう。兄との出会いは最悪の始まりだったと」
「そうですよ! なんたって、『かわいそうに』これしか言いません。私が好きで好きな図書室に居ると言っても、『学園に平民の居場所がないんだね』、はあ? あるわよ、失礼な」
兄の声音を真似しながら、つけつけ暴露を進めるバームロール。
「有ると言っても、『周りに気を使わなくていいんだよ』とかなんとか、何が何でも虐められている可愛そうな平民の娘。そう決めつけて来るんだから。そして極めつけは、平民だと可哀想だからと、世迷言事を言い出して、子爵様にお金を払って私を養女にしたこと! はあい? そんな事頼んでなんか無いわよ! 平民で悪かったわね、私は全然!産まれを卑下してないの!」
「バームロール? どうしたの。緊張の為に錯乱しているのか?」
あ然とした兄の声。その顔を睨めつけながら彼女は突っ走る。
「正常です。びっくりして、いくらかかったのかと聞いたら、金貨300枚。はぁぁ? 何考えてるのか、開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。そのお金があれば、貧民街で食材を旬のものを使い工夫をすれば、1年分の炊き出し予算なのに!」
「ば、バームロール?」
「バームロール、その名前。私はバム。ロール通りのバム、それを勝手に改名しやがって!」
フン! そっぽを向くバム。ロミオは次の段階に入る。
「では。チョコリエール様の証言もお聞きしましょう」
そう水を向けると、頷くチョコリエール。広げた扇を畳みしとやかに礼を取ると、ロミオに応じる。
「はい。何なりと。わたくしがこれから証言することに、嘘偽りはありません。神に誓って」
「ありがとうございます。では、どうしてチョコリエール様は、兄上が食堂に入ると彼女を出すような仕草をされていたのですか? この事は私も確認をしております」
はたはた。扇を再び広げ揺らすとパチンと閉じる。
「兄上に昨夜確認を取ると、兄上が贔屓をする、バムが気に入らないからだと言っておりました。そうですよね、兄上」
「そ。そうだ、私は図書室で独りいる、バームロールが可哀想で。なので彼女の話をチョコリエールに良くしていた、お茶会に誘い仲間にするようにと、彼女が虐められぬ様に、時間があれば彼女に寄り添う事が、チョコリエール、君はさぞや気に入らなかったに違いない!」
「オホホホ。とんでもない。妾のひとりやふたり、どうって事御座いません。わたくしは、わたくしの『かわいいバム』を助けていたのですわ」
チョコリエールの言葉に、コクコクと大きく幾度も頷くバム。
「食堂で出逢えば必ず横に付き、あれこれ世話を焼かれるのが辛いと、そう話してくるんですもの。わたくしの先の伴侶が、ご迷惑をおかけしているんですよ。どうにかするのがわたくしのおつとめ」
「ほほう。それはどうの様に?」
ロミオは問う。自分の幸せなるイチャラブ未来を目指し。
「学園を卒業をし、しばらくになっておりますから、あやふやですけれど。お仲間内と手配をし、なるべく早くにバムが食堂に向かい食事を取れる手はずを整え、大急ぎだと沢山お召しあがりになられないから、直ぐににお腹が空きますでしょ、だから特製のおやつを何時も用意をしてましたのよ。食堂で手渡していたのは、それです」
ふう。ひと息に証言をし終えたチョコリエール。
「では。バム。貴方はチョコリエール様から嫌がらせなど受けたことが無いと、そう云う事でしょうか」
「無いわ。チョコリエール様はじめ皆様、平民が可哀想なんて、ひとっ言も言われた事は無いの。あるのはここいらっしゃる、アルフォート公爵家の嫡子様だけ」
「ば、バームロール。そんな。君は学園に来たのは、女の幸せを掴む為だったのだろう? 将来の夢の為に孤独に頑張っていたのだろう?」
物語によくある哀れなヒロインと、重ね合わせていた兄、その言葉に憤慨をするバム。
「冗談! 私が学園に入学したのは将来、誰もが安いお金で通える学校を設立するために、貴族の皆様とのパイプを作る為です。その時が来たら、寄付金をお願いするために。勝手に私の先を決めないで欲しいです。なので貴方様からの申し出は、今宵この場でお断りいたします」
堂々と言い放ったバム。
「兄上、何と。ご令嬢から婚約を突き返されましたが、どうされますか?」
予想外の展開に、青ざめふらつく兄に問いかける、ロミオ。
「この事で全く関係の無い、仮親であるルマンド子爵様を罰した場合は、妄想による虚偽の婚約破棄騒動を起こしたと、貴族院に訴えます」
成績最優秀を獲得をし、卒業を果たしたバムが持っている知識の総動員で追い打ちをかけた。
「兄上、そうなればお家取り潰しになるやもしれません。それだけは避けてくれませんかね。使用人達の事もありますし、妹の縁談にも差し障りが。兄上は不幸を撒き散らしたいのですか?」
がっくりと膝をついた兄を見下ろしながら、ロミオは諭す。ここ一番憂いを帯びた顔を作り上げ。それを眺めるジュエリーは頬を染めて見惚れている。
「うう。そ、そうなのか。皆を不幸に、そんな事は望んていない。なんて馬鹿な事をしようとしていたのだ、でも、でも。もう遅い」
哀れな兄はハタハタと敷物にシミを作る。その目に入るドレスの裾の揺れ。顔を上げるとそこにはチョコリエールの姿。
「オホホホ。人生には失敗がついてまわります。貴方はご存知無いですが、何事も陛下のお許しが無ければ出来ぬお話。謝れば許してあげましてよ」
「チョコリエール」
「謝罪を仰って」
両家の存続の運命をかけた言葉を要求をする、チョコリエール。
「済まなかった。許してほしい。君が受けいれてくれるのなら、婚約破棄は取り消してほしい」
「オホホホ。おバカさんですが、昔から貴方はそうでした。可愛らしいと思いましてよ。許して差し上げます。さぁ、お立ちになって」
お目立たい兄の目に、彼女が慈悲の女神として写り込んだのは言うまでもない。差し出す女神の手に新たなる愛を感じ、取り立ち上がる能天気な兄、先は尻に敷かれるであろう事に、居合わせる誰もが思っている。
パチパチパチパチ!
固まる空気が、バムの拍手によって弾けて開かれた。
「おめでとうございます。チョコリエール様、お幸せに」
笑顔で祝うバム。影響なのか、引きずられる様にアチラコチラから拍手が上がり、やがて大喝采へと進んだ。それにちゃっかり乗っかるロミオ。
「おめでとうございます!兄上。お幸せに。さあ! 音楽を、お二人に先ずはワルツを踊って頂きましょう」
流れるワルツの調べ。ファーストダンスを踊りに場に出ていく兄とチョコリエール。見守る誰もがウンウンと頷いていた。
「ジュエリー!」
「ロミオ!」
役目を終えたロミオは、愛しのジュエリーの元に駆け寄る。この日の為に新調をしたドレスは、彼の気を引く為に、肩口が大きく開いたデザイン。
「僕達の先を守ったよ」
ロミオはジュエリーの白いむき出しの肩を引き寄せ、耳元に甘く囁いた。
ふふふ~。
幾つお菓子が隠れているでしょうかー
ツッコミ満載をお読み頂きありがとうございます。
寒いですね。こちらは大雪に見舞われております。