序章第2話 焦燥
今日オーディンはガイアの言う友人の所へ行くことになっており、往復が約7日間になる為、それなりの荷物の量になっていた。
この世界は一年間が地球と同じく365日で、7日区切りである。地球でいう月曜日に当たる日は月精日となっており、順に火精日、水精日、風精日、光精日、土精日、闇精日となっている。これは精霊の属性になぞられてつけられたもので、光精は太陽のマナで、月精は月のマナから生まれていると考えられている。宗教は精霊信仰のもの、多神教の物もあり、1番信仰を集めているのは旧世界の崩壊を止め、再編と生命の生みの母となったとされる女神ミディアーナである。
「お父様からの手紙確かにお預かりしました」
「では、旦那様行ってまいります」
オーディンとマリアはそれぞれガイアに行ってくることを伝えたが、ガイアはただ黙ったままオーディン達を送り出した。
馬車に荷物を積み、馬を少し走らせたところでマリアが口を開いた。
「普通馬車を使う時数人の従者をつけさせるのに、“従者1人で十分だろう。早く行け”だなんて…あんまりです!しかも、数日いなくなるというのに心配をする気配もありませんでした!!奥様に至っては見送りにも来られなかった!」
マリアはガイアたちの態度に酷く怒っており、まだ幼さが目立つまあるい頬をリスみたいに膨らませていた。
「しょうがないよ。だってお母様は僕のことを一番気味悪がっていたし、僕がどうなろうとどうでもいいみたいだしね。で、お母様の一番はお兄様だから」
「本当は言わない方が良いと思いますけど、やっぱり私はあの屋敷の人達嫌いです!」
「そう言ってくれるのはマリアだけだよ」
「本当にムカムカします!オーディン様、私は絶対にオーディン様の味方です!辛い事があったらなんでも私に言ってください!ずっとお側にいます!」
「ははは。ありがとうマリア」
マリアの形の良い頭をぐるっと回しながらオーディンは撫でた。
マリアはほんのり頬を染め、嬉しそうに、楽しそうに笑い、たわいのない話を交わしているうちに山を1つ越えていた。森の中は夕日のに照らされてぼんやりと明るく、あっという間に日が沈んで行く。公爵家から出て一日が経っており、オーディンとマリアはここで馬車を止め、馬を木に繋ぎ、保存の効く干し肉と硬めに焼いたパン、漬けておいたオリーブの実と一緒に食べて夜を明かしていった。
翌朝オーディン達は早々に馬車を走らせた。
二つ目の山に差し掛かった事もあり、朝霧が辺り一面を覆い隠していた。
「オーディン様霧が凄く出ていますね」
「あぁ、そうだね」
「そういえば、旦那様は具体的にどんな所にご友人の屋敷があると言っていたのですか?」
「いや、それがこの道を真っ直ぐに行けばそのご友人の住んでいる地域に出るとかで、従者も知っているから早く行ってこいって言われて詳しくは教えてもらえなかったんだ」
「そうなんですか......」
オーディンが口を開きかけた瞬間馬車がいきなり止まり、慌ててマリアが従者に何があったのかを聞こうとした時だった。
窓の向こうから体格のいい男達が馬車を囲うようにしていることが見えた。するとそのから1人、太った中年体型の男が出てきた。
「おい!そこにオーディンというのがいるんだろう?早く出てこい!」
男は太った腹をさらに突き出し、唾を飛ばしながら催促してくる。
オーディンは何故自分の名前を知っているのかを疑問に思いつつ、男の要求に答える為、馬車から出ようとするとマリアがオーディンの袖をつかみ腕を引っ張った。
「マリア離してくれ、僕が呼ばれてる」
「いいえ離しません!危険です!」
マリアはいつにもなく泣いていた。
「マリア大丈夫だよ。僕は。それより何かあったらマリアは全力で逃げるんだ。マリアは少し魔法が使えるだろ?それで近くの村まで行くんだ」
「そんなの.....!!」
「ダメだ。絶対に逃げるんだ」
(ごめんね、マリア。この状況は非常にまずい…。僕自身はどうなってもいいけど、僕を心配してくれるマリアだけは絶対にここから逃さないといけない。)
オーディンは泣きじゃくるマリアの手を外し馬車から出た。
「僕がオーディン・ラ・メテオラだ。望みどうり出てきた。僕に何の用だ!」
男は嫌な笑みをオーディンに向けた。
「俺はグラヌス。まぁ俺の職業は人を売り飛ばす仕事、いわゆる奴隷商人だ」
「で、その奴隷商人様はこんな子供に何の用ですか?」
「うん?お前父親から聞いていないのか…?それもそうか、お前親父に捨てられてるんだもんなぁ!アハハハッ!!お前は俺たちに売り飛ばされたんだよ!お前は黒持ちだが、顔はいいし、いいとこ出身だから高値で売れる!なぁ、おぼっちゃま?」
「嘘よ、そんなの嘘でしょ!」
マリアが勢いよく馬車から飛び出てきてしまった。
(まずいまずいまずいまずい!マリアが出てきてしまった!考えろ、僕!このままだとマリアが危ない…!)
「ちょっ、マリア!なんで出てきたんだ!!」
「お嬢ちゃん、嘘じゃないぜ。俺はお前たちの旦那から邪魔者をどうにかしてくれと言われたんだ。そうじゃなきゃ公爵の息子になんて怖くて手が出せねぇよ」
「っっ!!!…つまり、僕は本当に売られたという事ですね」
「そういうとこだ。オーディン、お前は物分かりがいいな!普通なら泣きまくって反抗しているところだぞ!」
グラヌスは愉快そうに笑い、徐々にオーディン達に近づいてきた。
(今この状況で褒められても全然嬉しくはないのだが.......。取り敢えずマリアを無事に逃がさないといけないと…っ!?!)
オーディンは急に体が鎖のような物で縛りあげられているかのような感覚に襲われる。
「ふっ、気がついたか。今お前の動きを封じさせてもらった。お前の事だからそこのお嬢ちゃんを逃がそうとでも考えていたんだろう?そうはいかない。お嬢ちゃんもお前と一緒で旦那から消してくれと言われているんだ。しかも、平民では珍しい魔力持ちで魔法も少し使えるんだろう?こんなに美味しそうなお嬢ちゃんをこの俺が逃がすわけねぇだろ!!」
「やめろ.....!マリアだけは‼︎」
その瞬間グラヌスが小瓶に入っているよくわからない液体をオーディンに向かってかけた。視界がいきなりぐらっと歪み、膝から崩れ落ちる。
「悪いな、俺は子供だから、可哀想だからと人を助けるほどお人好しではない。しかも俺は商人だ。これは立派な商売なんだよ、おぼっちゃま。つまりお前達に慈悲は無い。恨むならお前達を売った父親を恨むんだな!」
泣き叫ぶマリアの声とグラヌスの言葉を最後オーディンは気を失った。