第四十二話:最初からわかっていたんだ
皆が寝静まる夜更け。最も探求者の活動量が減る時間に、僕は冒険者ギルドの建物の前にいた。
ギルドは年中無休で、基本的には完全に閉まることはない。探求者の仕事は昼夜問わないし、酒場だって併設されている。だが、大規模討伐が終わった直後なせいか、今日は皆、休んでいるようだ。
建物は夜でも強力な街灯によって照らされていたが、人の気配がほとんどしないギルドを見ているとどこか荒れ果てた野を見ているようなどこか物悲しい気分になってくる。
静かに輝く金属製の建物。最初に見たときに受けた感動はよく覚えている。
大きな自動ドアをくぐり、レイブンシティにやってきてからすっかり慣れてしまったギルド内を歩く。
ギルドのロビーはひっそりと静まり返り、カウンターに数人の夜番の職員がついているのみだった。頭上の電光掲示板にも何も書かれていない。
カウンターの方に行くと、職員の一人が目を瞬かせた。小夜でも白夜でもないが、既にこのギルドの職員は全員顔見知りだ。
「フィル様。このような時間に…………どうかなさいましたか?」
見開かれた双眸は器用な事にどこか不思議そうに僕を見ている。
「実は、昼間マクネスさんに伝え忘れた事があったのを思い出して……入っていい?」
「伝え忘れた事…………どうぞ」
職員が僅かな沈黙の後、足元からカードキーを取り出し渡してくれる。
機械人形は警備兵としては優秀だが杓子定規だ。SSSランク探求者はギルドの規定に基づき絶大な信頼と優遇を受けている。僅かな間はそれを勘案した証だ。
礼を言いカードキーを受け取ると、遠慮なくカウンターの中に立ち入る。
以前マクネスさんに仕事を押しつけに来た時に建物の構造はほぼ完璧に頭の中に入れていた。机の間を迷いなく歩く。
客がいないせいか、職員の数も日中と比べてほとんどいない。花の一つも飾られていないオフィスは酷く無機質だ。
整然と並べられたコンピュータ端末を眺める。
ギルドが何かを隠している事はこの街に来てしばらくして気づいていた。
クイーンアントの存在の隠蔽もそうだし、SSS等級討伐依頼が大量に残っている事も不自然だ。
言い訳をつけようと思えばいくらでもつけられるが、これまで幾つもの街でギルドと関わってきた僕から見ると――少しばかりこのギルドは仕事をしてなさ過ぎる。
いくらSSS等級探求者でもギルドに楯突けばただでは済まない。今回の手法は理に反している。このような乱暴な手を使うのは不服だったが、説得材料もないので仕方がない。仕方がないのだ。
頭の中に頻りに響き渡る声を宥め、試しに手近な端末の電源スイッチを押してみる。
音もなく画面が表示され、スタートアップの画面が表示される。だが、パスワードを打ち込む欄などは出てこない。機械人形や《機械魔術師》を認証するのにパスワードなんて必要ないのだ。
……ほら見ろ、やっぱりアクセスできないようになってる。
期待などしていなかった。職員の一人がこちらに気づき、不思議そうに目を瞬かせる。カードキーを持ち上げ微笑みかけると、すぐに興味を失ったように視線を逸した。
敵に強く味方に甘いのは魔導機械の美徳であり弱点だ。
気を取り直すと、僕はそれがあたかも当然のように、ギルドの中を進んでいった。
§
これまでの経験から僕が考えるに、優れた探求者の資質は二種類に分けられる。
一つ目は――身体的な能力と才能。二つ目は――いざという時に踏み込む意志だ。
力と勇気とも言い換えられる。もちろん、力は色々種類があるし、勇気はともすると無謀にもなり得るが、そのどちらが欠けても栄光は手に入らない。
カードキーを使い扉を開ける。もちろん、目指す先はマクネスさんの所ではない。
どうやら警備は薄いようだ。カードキーによるセキュリティがあるし、ギルドに押し入る者など想定していないのだろう。
部屋を調べる時は奥から調べるのがコツだ。逃げる時に距離が短くて済むし、日頃使わないものは大抵奥の部屋にある。
順番に扉を開けていき、僕が辿り着いたのは古い書庫だった。
明かりをつけ、中に入る。
古い紙の匂い。保存されているのはこの地で活動するギルドの記録だ。それはつまり、この地で起こった出来事の記録でもある。
探求者ギルドは決して無能ではない。海千山千の探求者達を束ね一般人との橋渡しをする組織。北と南の境界線を跨ぎ、各町に存在するほど組織が発展しているのには理由がある。
僕はこの街にやってきて、様々な情報から魔導機械の統率者の存在を確信した。だがそもそも、その程度の事を、僕程度が気づくような事を、探求者達を統率し強者や異変に敏感なギルドが気付いていないわけがないのだ。この地にやってきたばかりのエティならばともかく、レイブンシティのギルドはずっとここにあるのだから。
そしてもちろん――僕以外に誰一人として気づいた探求者がいないとも思えない。
僕は決して特別ではない。彼等がだんまりを決め込んでいるのには理由があるはずだ。
かがみ込み、下の棚から順番に書類を確認していく。
魔導機械ほどではないが、処理速度にはそれなりの自信がある。古い書庫には膨大な数の資料が存在していたが、こっちもプロだ。欲しい情報がどこにあるのか、あたりをつけるのは難しくない。すぐに欲しい情報は見つかった。
魔導機械の縄張りの広げ方。新たに見つかったダンジョンの情報。探求者達が倒した魔物のレポートに、魔導機械の成長の軌跡。如何にしてこの街が今のような状況になったのか。
恐らくここに保存されているのは整理する前の情報なのだろう。雑多で分かりづらい膨大な情報をまとめ頭の中で組み替えていく。
脳が悲鳴をあげ視界が明滅し目眩を感じるが、すぐに収まる。憑依の繋がりを通じて回復してくれたのだろう。
集中するに従い、脳を働かせる感覚が恐ろしい快感に変わっていく。
一種のトランス状態といえるだろうか。目で追う一行一行の文字からこの地を生み出した者の情熱が、その腕前が伝わってくる。慎重に、しかし大胆に。
涙が零れた。その手管はまさしく、神の名に相応しい。
――その時、不意に背後から強い光が降り注いだ。
肩を軽く叩かれる。
「何か……面白いものは見つかったかい? フィル」
「あぁ。今とても……いいところなんだ。放っておいて貰えるかな?」
肩を叩いたのは、マクネスさんだった。背後には以前見た漆黒の鎧に身を包んだ大柄なスレイブをつれている。
表情は酷く険しかったが、僕の返答を聞くと、困惑したように眉を歪めた。
「困ったな……今の君はSSS等級探求者じゃない、ただの侵入者だ。嘘をつき、職員からカードキーを掠め取った。なぜそんなに平然としている? 一応言っておくが、ここは立ち入り禁止だ」
平然としているのは見つかる事も覚悟の上だったからだ。
そもそも、見つからないわけがない。僕はカードキーを口先で借りたが、口止めはしていない。端末の電源だって入れたし、扉の開閉だって管理しているだろう。そもそも、監視カメラだってあるはずだ。《機械魔術師》は大なり小なりそういう偏執的な側面がある。
マクネスさんはしばらくじっと僕を見ていたが、すぐに諦めたように肩を下げた。演技派だ。
「全く、あの情報屋といい、こう言ってはなんなんだが――SSSランクってのは本当に手を焼く。たまに頭の中を覗きたくなるよ。話は……ギルドマスター室で聞こう。ギルドの情報だ、こちらで協力できる事もあるだろう」
先程までの知恵熱が消えていた。マクネスさんが後ろから放った光は――《機械魔術師》の回復スキルだ。
身体の状況を細かくモニターし、悪影響を及ぼすもの全てを除去する最上級の術――傷はもちろん、腫瘍だろうが病気だろうが毒などの異常だろうが、精神的なストレスだろうが、大体のデメリットを除去する強力なやつ。もちろん、悪性霊体種の憑依にだって効果はある。
まるで清淨な水で体内を洗い流されたような気分だ。再び背を向けるマクネスさんに聞く。
「そんなに調子悪そうだった?」
マクネスさんが一瞬言葉に詰まり、しかしすぐに毅然とした態度で言った。
「それは…………ああ、その通りだ。こう言っちゃなんだが私はずっと思っていたよ。君は、正気じゃない」
§
レイブンシティのギルドマスター室に入るのは、今思えば初めてだった。
マクネスさんが先行して部屋に入り、明かりをつける。応接室を兼ねているのか、広々とした執務室には巨大な椅子やトロフィー、武具などが飾られていて、オフィスとは違い機械類は見られない。
壁は金属製で分厚く、音を通さないのだろう。部屋を見回した僕に、マクネスさんが言い訳するように言う。
「君は知っていると思うが、実質的にギルドは私が取り仕切ってるんだ。カイエンは腕っ節は強いんだが、なかなかこういう面には疎くてね」
「まぁ、そうだろうね」
カイエンさんの体躯は明らかに戦士系職に適性を持つ種のものだ。彼が魔導機械をちまちま操る姿はなかなかイメージしづらい。
「で、そのギルドマスターはどこに?」
副ギルドマスターがギルドマスター室を勝手に使うというなど普通ならありえないだろう。
僕の問いに、マクネスさんが唇の端を持ち上げ、笑みを浮かべる。
「………もう夜中だ。カイエンは帰ったよ。必要なら呼ぶが――」
「いや、そういう事なら構わないよ」
マクネスさんは席を勧めると、対面に座った。後ろに漆黒の鎧を纏ったスレイブが護衛のようにつく。
間違いなく、戦闘用だ。未だ僕は彼のスレイブが言葉を放つのを見たことがない。
戦士に言葉はいらない。かつて魔導機械の兵士を生み出し、諸国を恐怖に陥れた国のトップが放った言葉だ。
スレイブは鏡。時に己のマスターの言葉より僕の言葉を優先したドライはエティの思想を十二分に反映していた。ならば、物言わぬ兵隊のようなスレイブが示すマスターとはどのような存在なのか?
マクネスさんを見る。まだその表情は変わらない。彼は本当になかなかの演技派だ。
笑みを浮かべる僕に、マクネスさんが目を瞬かせとても不思議そうな表情で言う。
「さて、どうやらうちの職員によるとフィルは――昼間に私に伝え忘れた事があるみたいだな。何か?」
小さくため息をつく。降参だ。見事な腕前だ。僕は仕方なしに笑みを浮かべ、言った。
「マクネス・ヘンゼルトン。君が…………この地の王だ」
「…………!?」
唐突な宣告を受けて尚、その表情の変化は最小だった。
その眉が一瞬訝しげに顰められ、すぐに思案げな表情に変わる。痛い程の静寂が一瞬、部屋を満たす。
「……それは……どういう意味だ?」
「言葉の通りだ。君が、この近辺の生態系を支配している。魔物も、迷宮も――そしてもちろん、探求者も」
ずっと、わかっていた。そのスレイブの姿を見る前から――。
マクネスさんが腕を組む。こちらに向けられた双眸はひたすらに静かだ。
彼は理知的だ。どれほど失礼な事を言われても激高したりしない。その高度な知性は、密度の高い脳は、今この瞬間もまるでコンピュータのように回転しているのだろう。
「馬鹿馬鹿しい。SSS等級ってのは、想像力も豊かのようだ。そこまで言うなら、証拠はあるだろうね?」
「ないよ」
「…………」
その双眸が大きく見開かれる。証拠はない。だから、必死になって探していた。正しい道筋を求めていた。
だが、もういい。時間がない。紛れもなく僕の負けである。確固たる証拠もなく打って出るなど、無能もいいところだ。
かつてアムは僕にアリスの悪行を推理してみせたが、あの見事な推理とは比較にもならない。
隠蔽も、立ち回りも、彼は完璧だった。不自然な点もゼロではなかったが、疑いの域を出なかった。そして、アルデバランへの対処も――だが、アムに負けるのは癪だが、僕は探偵ではないのだ。
「証拠はない。貴方の隠蔽はほぼ完璧だ。だけどさ、そもそも――この地の環境を維持するには……ギルドの力が必要不可欠なんだよ。実は、最初からわかっていたんだ。魔導機械による歪な生態系を知った瞬間からね」




