第三十八話:不公平だとは思わないか?
そして、運命の日が来た。
ザブラクの最後の意味はまだわかっていないが、地図は手に入れたのだ。攻略には十分だろう。
普段ならば後一手くらい用意するところだが――今回は、ザブラクの言葉を信用する事にした。一体何があるのか、楽しみにしておこう。
「誰かさんのおかげでコンディションはばっちりなのです……」
たっぷり睡眠を取ったエティがぶつくさ言いながら準備をしている。
身を包むのは、一見ただの服に見えるが、現代魔導機械技術の粋を尽くしたあらゆる物理攻撃・魔法攻撃に対してシールドを張る装甲服『機神』。《機械魔術師》のスキルで動作する、現代の最強の装備の一つである。残念ながらライフドレインは防げないが。
イカしているのは性能だけではない。一見、魔導機械の類いが使われていないベストのようなスマートな見た目は、魔導機械の大部分を占めるバッテリーを搭載していないが故。機神のバッテリーは――術者本人なのだ。
このコンパクトさで魔導鎧よりも性能が高いというのだから、もしもこの装備が《機械魔術師》にしか装備できないというデメリットがなかったら探求者の装備事情を刷新していた事だろう。
腰のベルトにはポーションや工具がセットされ、戦闘態勢は完璧だ。
腕を伸ばし、ペタペタと『機神』に触れて感触を確かめる。
肩から腕、体幹、薄い胸に背中。機神は薄いと言っても、鎧だ。本物の服ほど薄いわけではないが、触れているとその下の華奢な肉体の形がはっきりわかる。
いくら《機械魔術師》のスキルの力がなければ動作しないとは言え、竜のブレスをも耐えきる防御性能をこれほどの小型装置で達成するとは、魔導機械技術というのは本当に素晴らしい。
何より、いつか、装備の力だけで最弱たる純人の僕でも戦えるようになるかも知れないではないか。
思わず感嘆のため息をついたところで、僕はエティの耳元が赤くなっている事に気づいた。その肩がぷるぷる震えている。
「フィ、フィル? 一応、聞きますが…………その……貴方は、もしかして、私に……性的な、魅力とか…………」
何を今更。昨日も散々調整したってのに……今更少し触れるくらい何だというのか。
だが、顔を赤らめるエティは食べてしまいたいくらい可愛らしい。
僕は《魔物使い》だしプロだし、仕事に私情を挟んだりはしないが、何も感じないわけではないのだ。うちの子になる……?
僕の調整は性的な部分には一切触れていないが新陳代謝を高めた結果、心臓の鼓動は高まるし、マッサージも兼ねているのである程度、性的な快楽に似た何かも得られる。
「もちろん……エトランジュ、君はとっても――魅力的だ」
「!? い…………今、嘘をついたのです!?」
耳元で囁くと、ばっとエティが身体を離し涙目で睨みつけてくる。
バレた……純人の嘘はとてもわかりやすいらしい。こんなに平静を欠いている時にも気づかれるなんて、因果な肉体を持ったものだ。
「とっても魅力的なのは嘘じゃない。でも、性的なというのは少し違う」
「…………」
エティが顔を耳まで真っ赤にして、ぷるぷると震えている。僕は続けて言い訳した。
「僕は今まで性的な行為に何度か誘われた事はあるし、割と興味もあるが、そういう行為に及んだ事はない。全てはね除けてきた。エティ、君、ユニコーンって知ってる?」
「……もういいのです」
「清らかな乙女にしか懐かないっていう伝承のある幻獣だ。僕はいつかあれを御する事を夢見ているんだ。乙女だけしか駄目なんて不公平だとは思わないか?」
「い、言わなくていいって、言ったのです!」
僕は世界初のユニコーンをスレイブにした男《魔物使い》になるんだよ。
性交渉は手っ取り早く好意を伝える方法だし、相手が異性のスレイブなら鉄板と言ってもいい方法だが、僕はそれを封印してきた。全てはユニコーンのためだ。
《魔物使い》には率先してその種の手を使い、蟲のスレイブと交わるような猛者すら存在するが――閑話休題。
「わかって貰えたかな?」
理解を求める僕に、エティは拳をぎゅっと握りしめ、冷ややかな目つきで言った。
「ソウルブラザー、貴方が、とんでもない変態って事は、わかったのです。わかっていたのです。ですが……私は、思うのですよ。レディの身体を、許可もなく、ペタペタ触れるのは、如何なものかと」
僕が触れたのは『機神』であり、エティではないのだがこの状況でそんな言葉を出す程、野暮ではない。
昨晩の施術によって、精神も肉体も完璧だ。
疲労はある程度回復できた、食事も取った、準備も済んだ。今の彼女ならばきっと、神ですら殺せる。
手を差し出し、最強のソウルシスターに微笑みかける。
「悪かったよ、エティ。さぁ――謎を解き明かしに行こう」
エティはため息を付くと、少し躊躇いながらも手を握りしめた。
§
まだ日も昇り切っていない早朝。レイブンシティの門の前には、今回の大規模討伐に参加する探求者達の姿があった。
結果的に集まったその数――百五十五人。その多くが《明けの戦鎚》のメンバーだが、外部の探求者達もそれなりに含まれている。もちろん、僕の推薦で入って貰ったセイルさん達や、リン達の姿もあった。
今回のメンバーには無機生命種は含まれていないし、魔導機械を用いた武器持ちも含まれていない。これは、僕の要望によるものだ。
モデルアントの中に魔導機械を遠隔操作する者がもしも存在していたらという仮定に基づいての提案である。これまで探求者の持つ魔導機械の武器を操作するような魔物はごく少数しか確認されておらず、ましてや魔導コアで動作する機械人形を支配するような者は皆無だったようだが、念には念を入れておいた方がいい。
唯一の例外は、己の持つ魔導機械を完璧に支配下に置けるエティだけだ。
本来、大規模討伐依頼というのはその地を拠点とする探求者達のものだ。僕のような外様が口を出していい事ではない。その街の探求者の経験を奪う事にも繋がるし、それは僕が王国で大規模討伐依頼の出禁を食らっていた理由の一つでもあったのだが、今回は状況が状況なので自由に口出しさせて貰った。
僕が口を出した事は幾つもあるが、大きなものは三つ。
ザブラクへの貸しを用いて地図を手に入れた事。
参加者から魔導機械を排除した事。
そして――。
「全く、いきなり決行日を早めてくれなんて――いくら地図は手に入れたとはいえ、まだモデルアントの調査も終わっていないのだが……」
――決行日だ。僕は決行日を、思い切り前倒しにした。
「悪かったよ。でも、モデルアントの調査なんてたかが知れてる。時間をかけるのは相手に力を蓄える時間を与える事にも繋がるだろう?」
最初にそれを提案した時からずっと不満げだったマクネスさんを宥める。
ザブラクの地図がなければ彼を説得する事はできなかっただろう。探求者達には暗黙的に高等級探求者の指示に従う風習があるが、ギルド職員は違う。
ただでさえ何度も無茶を通したのに、これで大規模討伐に失敗したらSSS等級の信頼失墜だな。
皆が既に準備は終えていた。程よい緊張感が場に漂っている。
今回のダンジョンを侮っている者はいない。一流の探求者であのマクネスさんの映写結晶を見て警戒しない者など、相当な自信家だろう。
キングアント――個体名セイリウスの素材を溶かして作ったという巨大な鎚を傍らに、ランドさんが叫ぶ。びりびりと響き渡るよく通る声。声が大きいのもまた、英雄の資質の一つと言える。
「この日が来た! よく、集まってくれた、レイブンシティの英雄達よ。今日の戦いは、間違いなく皆がこれまで駆け抜けた戦場の中で最大のものとなるだろう。クイーンアント、アルデバラン。この中の幾人かは傷つき倒れ、幾人かは友を失うかもしれない。だが、今日の戦いは永遠に刻まれる。歴史に、記憶に、そして今日の戦いは、恐るべき魔導機械の女王を殲滅する事は、いずれ我々の大切な人々を救う事に繋がる! このランド・グローリーに続け。我らが力を、忌まわしき魔導機械の怪物に示せッ!」
スキル――『征戦の集い』。上級戦士系職の持つ、声により多人数を発憤させるスキルが浸透し、熱い感情がひしひしと沸いてくる。
英雄達が咆哮を上げる。その直前を見計らって、僕は叫んだ。
「待った」
「!?」
水を差されたように、探求者達が僕を見る。だが、流される訳にはいかなかった。
一歩前に出て、ランドさんの隣に立つマクネスさんに言う。後ろではそのスレイブが腕を組み、じっと立っていた。
「マクネスさん、貴方は――留守番だ」
「……どういう事だ?」
探求者達がざわつく。今回の討伐依頼で参加する《機械魔術師》はマクネスさんとエティだけだ。共に間違いなく一流の術者である。
ギルドには、他にも《機械魔術師》がいるが、彼等は街に住む機械人形の整備や、街の機能のメンテナンスの仕事を担っている。万が一の時に街が死なないように、彼等を連れて行く事はできなかったのだ。
ただでさえ数の少ない術者だ。だが、僕は最初からマクネスさんを置いていく事を決めていた。
このタイミングまで言い出さなかったのは、彼に断る理由を与えないためだ。
「地図はある。討伐の方はランドさん達もいるし、《機械魔術師》はエティだけでもまあなんとかなる。それよりも、僕達という最大戦力が外に出ている間に万が一、街が襲われたら相当まずい」
「…………ッ」
マクネスさんが、唇を噛んだ。誰もその可能性を考えていなかったのか、探求者達がざわめく。
仕方のない事だ。つい先日、僕が攻撃されるまで、レイブンシティを魔導機械が攻撃した事はなかったのだから。
「この街の運営にも深く関わっているマクネスさんなら、街が攻められても防衛できるだろう?」
《機械魔術師》は攻めにおいても強力だが、守りに入った時にこそ、その真価は発揮される。
使役できる魔導機械の数によって彼等の力は大きく上下するし、マクネスさんは間違いなくこの街の防衛の要だ。
その目に過ぎった葛藤は一瞬だった。マクネスさんが小さくため息をつき、肩を竦める。
「わかった。そういう事ならば、承ろう。防衛機械を全て起動する、街にモデルラット一匹入れはしない」
僕の隣に立つエティの背中をぱんぱんと叩く。ランドさんに鼓舞を任せ、ぼんやりと事の経緯を見守っていたコミュ力低めのエティは目を白黒させた。
「エトランジュ、【機蟲の陣容】の攻略は君に任せた。君は、間違いなく一流の《機械魔術師》だ」
「わ、わかっているのです。心配はいらないのです。大量のモデルアントがいるなどと言っても、ダンジョンは狭いですし、女王の居室に一気に攻め込めば攻め落とせるのです」
一番のハードルは既に解決していた。蟻の巣状に広がる【機蟲の陣容】の構造はメリットでもあり、デメリットでもある。
本来、数の利があるのは先方で、狭いダンジョンの構造がそれを阻害していた。枝別れした構造は、相手側に道が露呈していないからこそ生きるのだ。分断し、罠に嵌め、奇襲を仕掛けて侵入者を殺す。それがモデルアント達の手口だ。
その手が使えなければ、相手はじり貧だ。アルデバランの配下の上限値は――ランドさんが以前倒したキングアントである。それ以上の個体が存在しないとわかっていれば、心構えもできる。
エティの言う通り、ダンジョンがどのような構造でどこにターゲットがいるのかわかっているのならば討伐は難しくない。
早朝を選んだとはいえ、アルデバランは既にこちらの進撃を予想していると考えるべきだろう。
さぁ――魔導機械の神よ。戦争を始めようか。




