第三十三話:よし、その方向でいこう
エティの工房。真ん中にどすんと置かれたワードナーの頭部を前に、エティが腕まくりをする。
そっと差し出したその指先にカラフルな光が集まる。光は一瞬で集約すると、一つの形を生み出した。
術の発動に膨大な魔力を要する、上級魔術師職。道筋も理念も様々な職だが、それらには不思議な共通点がある。
それが――奥義だ。
同じ世界の法則に従い生み出された術だからだろうか、魔力により武器やアイテムを生成する魔術の奥義を総称して――『幻想兵装』と呼んだ。
エティが生み出したそれは、柄の長いスパナのような見た目をしていた。
ただし、通常のスパナと違い、大きさは長剣程もあり、全体が虹色にきらきら反射していた。
友人の多い僕でも幻想兵装を生み出せる程の魔術師は少ない。目を見張る僕に、エトランジュはくるくるとスパナを回して言う。
「分解の概念が詰まっているのです。戦闘においても――魔導機械相手ならばまず負けないでしょう。まぁ、ここまでしなくても彼らには大抵、雷撃系の術がよく効きますが」
「完全に脳筋だな。攻撃スキルに寄りすぎてる」
「殴りますよ?」
エティが一人でここまでやってきた理由は、その自信の源は――これか。
ワードナーのように雷撃系スキルに耐性を持つ魔導機械はいるが、分解の概念の詰まったスパナは防げないだろう。
まぁ、雷撃系スキルへの耐性も有象無象の魔導機械に積むのは相当しんどそうだけど……。
ボスは分解し、雑魚は攻撃範囲の広い雷撃系スキルで一掃する。まさしく、天敵だ。
「エティが追ってきた行方不明になったという魔術師もそんなに強かったのか?」
「そこまで仲がよかったわけではありませんが……でも、私よりは弱かったと思うのです」
そりゃそうか。彼女のような術者がそこら中にいて猛威を振るっていたらこちらも商売あがったりだ。
エティは当然の事を言いながらスパナをワードナーの頭に当てる。
――彼女がやったのはそれだけだった。
ワードナーのつなぎ目のなかった体表にまるでパズルのように線が入り、内部の部品含め、ばらばらに四散する。
「生体金属なのです。製造後に時間が経つと癒着して繋ぎ目が消えるのです」
「高度な技術?」
「随分前に開発された技術なので…………ですが、今でも十分実用に耐えます」
エティはスパナを消すと、素手でばらばらになった部品を漁り、一つの板状の金属部品を取り上げる。
大きくひびが入り、焦げた部品だ。魔導機械技術の発展は著しい。僕のような門外漢ではとてもついて行けないが、その部品の正体はわかった。
ワードナーの頭脳の一部――記憶装置だ。
「黒焦げだな……」
「フィルの話を聞く限りでは――おそらく、内部から簡単に破壊できるような構造になっていたのかと」
なるほど、確かにあのワードナーの動きはまるで予定調和のようにスムーズだった。
そして、そこまで機密の漏洩を恐れていたと言うことは、やはり何かあるのだろう。見られたくないものが。
「直せる?」
「やってみないとわからないのです。『上級構造復元』!」
指先から出た糸が部品に絡みつく。エティの顔に汗が流れ、その呼吸が僅かに乱れる。
攻撃系スキルと比べると派手さはないが、この手の術にはまた別な能力が必要とされる。
光り輝く糸はしばらく黒焦げの部品に絡みついていたが、程なくしてエティが額の汗を拭った。
「……ふぅ……で、できたのです。こんな繊細なスキル使うの久しぶりでした」
スキルを通した機械部品からは完全に焦げが消えていた。ちょっと見ただけでは修復したものだとは見えない。
「あの状態から直せるのか」
「まぁ、魔導機械の記憶装置は万一の事がないよう、かなり頑丈に出来ているので……普通の修理ならばともかく、《機械魔術師》のスキルなら、ちょっと破壊された程度では問題ないのです。半分割られて持ち去られたとかだと不可能ですが……」
エティが肩を竦め、続いて再び手の平を部品に向ける。
昨日の夜の話し合いが効いたのか、その動きに躊躇いはない。
「『情報電解』」
先ほどとはまた違う色の光の線が装置に接続される。
息を呑み、その様子を見守った。《機械魔術師》はそれ以外の者が高価な魔導機械を用いて行うよりも高度な事を、スキルで行う。
エティの表情から意思が消える。両目は開いているが、その瞳は前を見ていなかった。脳の情報処理能力が解析に割かれているのだ。
黙って待つこと十数分、接続されていた線が消え、エティの表情に意志が戻る。
攻撃スキルよりも脳を使っているのだろう、その顔には明らかな疲労が見えた。これは……もう一度施術が必要かな?
「何かわかった?」
「何も…………ただ、関係性がある事はわかったのです。彼は…………確かに、他の魔導機械と繋がっていました。上位者がいるのです。より、上位の――魔導機械、魔導機械の神が」
険しいエティの表情。なるほど、それは…………推測が確証に変わっただけだな。
既にそれらしき存在とはアリスが会話をしている。
「他には?」
「そうですね……彼らはどうやら……破壊された魔導機械たちを回収して、純粋な金属塊に戻す作業をしていたようなのです。クリーナーたちが【黒鉄の墓標】以外に広い縄張りを持っていたのもそのため――」
「クリーナーがどこで製造されているのかはわかった?」
「はい。【黒鉄の墓標】のずっと地下、金属潜行がなければたどり着けない場所に工場があるようです。ですが…………この役割、クリーナーがいなくなると、荒野が汚れるでしょう」
「…………確かに、ね」
工場が別にある――ワードナーに増殖機能が搭載されていたわけではなかった、か。
クリーナーの立ち位置は、この魔導機械が生息する環境のサイクルの中では一番下……『底』だ。
部品から戻した金属を何に使っていたのかはわからないが、恐らくは他の魔導機械の材料になっているのだろう。つまり、リサイクルである。
いくら魔導機械の工場でも原材料なしでは増加できない。クリーナーの工場を潰せば、魔導機械の増加を抑える一助にはなるだろうが――そこじゃないな。目指すのはそこではない。
クリーナーたちがいなくなれば代わりにそういう役割を持つ魔導機械が生み出されるだけだろうし、魔導機械の存続に関わる部分をクリーナーだけが担っているとも考えづらい。
ふと気がつくと、エティがじっとこちらを見ていた。どうやら考え込んでしまったようだ。
「ちなみに、ワードナーが誰に作られたかはわかった?」
「…………記憶装置には、なかったのです。消しても復元できますから、もともと持っていなかったのでしょう」
一番手っ取り早く情報漏洩を防ぐ方法だ。いくら強力な機械魔術でも、元々存在しないものは復元できない。
あまり期待はしていなかったが――最後に意見を聞く。
「ワードナーは――同じ魔導機械に作られたと思う?」
僕の問いに、エティは一瞬瞳を伏せた。
わかっていたはずだ。聡明な彼女ならばここに来る前から、わかっていたはずだった。
この魔導機械の蔓延る環境は自然発生する類のものではない。少なくとも、無機生命種と言うのはそこまで発展していない。
だから、その表情は感情からくるものだろう。
「いえ。ワードナーの製造は少なくとも百年以上前なのです。その当時の技術で、彼を動かす程の大きな魔導コアを《機械魔術師》抜きの工場で製造できるとは思えません」
魔導機械技術は年々発展している。だが、この手の技術のブレイクスルーは天才が起こすもので、天才魔術師というのは往々にして秘密主義というやっかいな性質を持っている。
エティが大きく深呼吸をすると、僕を見た。覚悟を決めたような強い眼差し。
「神を……倒さねばならないのです。ワードナーの上位者、おそらくこの地のすべてを支配している、魔導機械の神、太古の《機械魔術師》が生み出したであろう遺産――【機神の祭壇】の最奥に今も潜む者を」
…………そうなる、か。
それは正攻法のアプローチだ。
問題は、【機神の祭壇】が現在、アリス単騎でも最奥に至れないくらい発展しているという事である。
縦横無尽に移動できる《空間魔術師》の職を持ち、無数の命を持つアリスの単騎というのは並外れた突破力を誇っている。ともすると、数万の軍で攻め入るよりも先に進める可能性すらある。足手纏いがいないからだ。
長い時間をかけあらゆる襲撃を想定しているであろう祭壇を攻略するのは《機械魔術師》でも難しいだろう。というか、アリスもそうだが、人数が少ないと物量が弱点になる。数と準備が圧倒的に足りていない。
そこで、エティは大きく深呼吸をすると、恐る恐る言った。
「フィル…………私と一緒に戦ってくれますか?」
「んー……わからないな」
「え!?」
アリスが侵入できたのはごく浅い層だろう。気持ち的には共に戦いたいが、盤石な砦を崩すには時間がかかるし、僕には王国への帰還という目的もある。
まだちょっとショックを受けているエティの背をぽんぽんと叩く。
「とりあえず、今は大規模討伐の方を考えよう。ワードナーが神と繋がっていたのならば、アルデバランが繋がっていてもおかしくはない」
「そう……ですね」
戦いで大切なのは事前準備だ。僕達は大抵、自分が考えているよりも強くない。彼女には僕以外にも、強い助けが必要だ。
§ § §
クラン。それは探求者が作る最も強固な集団。
互いの不足を補う事を目的に複数のパーティが集まって作られたその集団は、冒険を進める上で非常に有効だ。
大規模討伐依頼、『灰王の零落』の中核となっているのは、エティとクラン『明けの戦鎚』だ。
そして、エティはキーマンではあるがソロより日頃集団を指揮している方がカリスマがあるから、依頼を行う上で総指揮を担当するのはクランのマスターである竜人、ランド・グローリーという事になる。
クランハウスに乗り込み出された僕の言葉に、ランドさんは一瞬だけ考え込んだが、すぐに笑みを浮かべて言った。
「なるほど……わかった。歓迎しよう、フィル。経験豊富な探求者は何人いてもいい」
「えー、ランドさん、本当にフィルを入れるの? 失敗が許されない、大規模討伐よ?」
ランドさんと同じパーティを組んでいるセーラが嫌そうな表情で唇を尖らせる。
この間の件で恨みを買ったらしい。ガルドもなんとも言えない呆れた表情だ。
いつも面倒事を持ってくる者程、嫌われる者はない。だから、人を頼るというのは慣れないとなかなかできないのだ。リーダーとしての資質とも言い換えられる。
ランドさんが宥めるように言う。
「SSS等級探求者ならば誰も文句は言うまい。それに、エティのサポートと言い切っていた君がやってきたという事は何かあるのだろう?」
信頼されているようだ。真意を問うような鋭い瞳がとても気持ちがいい。
やはり彼は――敵ではないな。そこで、僕はさらに深く踏み込んだ提案をした。
「指揮権をくれる?」
「…………指揮権は、あげられない。うちのクランに入るなら別だが――」
入るわけがない。僕はこの地の人間じゃないのだ。
セーラがぎょっとしたように僕を凝視している。明らかにただの冗談だろう。
指揮権はあげられない、か。彼にもクランマスターとしての立ち位置やプライドもあるから、道理ではある。
手を尽くせばなんとかなる気もするが――笑みを浮かべ沈黙を保つ僕に、ランドさんは肩を竦めて言った。
「まったく。特別参謀という事で手を打たないか? メンバーはきっとセーラが説得してくれるだろう」
「!? なんで私が!?」
「よし、その方向でいこう。頼んだよ、セーラ」
人材の使い方を良く知っている。
僕は、わーわー言っているセーラをスルーしてランドさんと握手を交わすと、早速、ワードナーの件とエティやマクネスさんと話し合った見解について説明する事にした。




