第三十一話:本望なんだよ
作戦が、必要だった。相手の思考を、動きを読む。それが意志持つ魔物との戦い方のコツだ。
こちらの手札と相手の手札。こちらの弱点と相手の弱点。状況を読み、相手を追い詰める。まるで遊技盤の上で行われるゲームのように。
相手はしっかりこちらの情報を知っていた。
ワードナーがアリスの能力を知っていたのは百歩譲って納得できる。アリスには単騎でのSSS等級の魔導機械の動向調査、可能ならば討伐を命令していたし、その戦闘風景を監視していれば能力は予想できるだろう。あるいは、アムがアリスの裏切りを看破し呼び出した廃工場に何らかの情報収集のための手が伸びていた可能性だって考えられる。
だが、街中での僕の動きまで読まれているとなると、話は別だ。
レイブンシティと近辺の町には野生の魔導機械が近寄らないよう、機械装置による結界が張られている。完全に魔導機械を遠ざけるようなものではないが、少なくともこれまではその力によって、彼らが街を襲撃する事はほとんどなかった。
その前提が、崩れる。そもそも自己進化する魔導機械相手に、一つの対策で防衛がずっと成立すると考える方が甘いと思うのだが、そんな事は今更言っても仕方のない事だ。
今回の件で相手は追い詰められた。本腰を入れてくるだろう。
無論、《機械魔術師》を多数擁する街が防衛でそう簡単に滅ぼされるとは思わないが、これまでの常識は通じないと考えた方がいい。
食事を終え、さっそく相談を始める僕に、エティはどこか言いづらそうにとぎれとぎれに言う。
「フィル、貴方は……その、少し…………抑えた方が、いいのです」
「守りに入ったらジリ貧だ。きっと彼らは僕達が想像している以上の軍勢になっている」
だが、アリスならばともかく、《機械魔術師》を数で殺そうというのは悪手である。
エティがここに来るきっかけになった《機械魔術師》の行方不明事件。行方不明者が全て魔導機械達によるものだとするのならば、何かからくりがあるはずだ。
「そういう意味じゃないのです」
エティは複雑そうな表情で言う。僕は答えた。
「いや、そういう意味だ。僕は、探求の結果命を落とすのならば、本望なんだよ」
「ッ……!?」
L等級探求者になった時に引退する予定だったのは真実だ。だが、それはそうとして――僕は探求者になったその時、既に志半ばで死ぬのを覚悟している。
それくらい踏み込まなければ、ここまで来ることは出来なかった。そして、だからこそ、目的を達するためにあらゆる手を尽くすのだ。
エティは僕の答えに、一瞬目を見開き、唇を噛んだ。
これは、種族による格差だ。僕は彼女たちと違って――全力を尽くさねば勝ち進められない。
生まれつきの強者である少女は口を開きかけたが、すぐ様々な感情の入り混じった表情で吐き捨てた。
「もう、知らないのです! 私が親切に言っているのにッ!」
その言葉に、ソファで横になり身体を休めていたアリスが身を起こした。
グルーミングの直後に浮かんでいた表情は消え、すました顔で言う。
「…………御主人様には何を言っても無駄」
「こんなマスターで苦労をかけるね」
よく、アシュリーにもついてくるなと言われていた。だが、《魔物使い》にとってスレイブは大切な武器だ。
剣士が剣を振るう際に戦場に立つように、一人だけ安全な所に留まっているわけにはいかない。そういう作戦でもない限りは。
「アリス、ワードナーの部品を。頭だけでいい」
「はい」
呪文と共に、部屋のど真ん中にワードナーの頭が現れる。口内からクリーナーにより爆破された頭部はぼろぼろだった。その無数の目を持つ頭部は人とは何の共通点もなかったが、なぜだろうか、その死に顔はどこか満足げにも見える。
切り取った断面は滑らかで、内部には部品が詰まっていた。このクラスになってくるともう僕が持ち歩いているような分解ペンも通じない。もっと大掛かりな分解装置を用意するか、アリスがやったように魔法で無理やり切断するか。だが、《機械魔術師》ならば話は別だ。
分解ペンの機構は機械魔法の一部を流用している。そして、熟達した《機械魔術師》はさらに強力なスキルも持っているのだ。エティは何も言わずにワードナーの部品に近づくと、そっとその表面に触れた。
きっと彼は重要な情報を知っていたはずだ。唾を飲み込みじっとその様子を凝視する僕の前で、エティはしばらくして手を下ろした。
命がけで倒した相手だというのに……そして、その様子を彼女も知っているだろうに、随分気乗りしなさそうだ。
何も言わずじっと見ていると、エティは目を瞑り、小さくため息をついた。
「…………今日は……もう疲れたのです。明日にしましょう」
エティがよろよろと部屋を出ていく。本当に調子が悪そうだ。
いや、あるいは……精神的なショックだろうか?
施術により肉体的には回復させたし、それなりにリラックスしてもらえたはずだが、今日は色々あった。休息は必要だろう。
大規模クランの長として皆を導くランドさんも大切だが、エトランジュ・セントラルドールは恐らく要だ。
魔導機械が本格的に人を襲い始めたら、彼女の助力なくして戦いは切り抜けられない。クランメンバーという仲間がいるランドさんとスレイブとたった二人の彼女では、どちらに隙があるのかについても、言うまでもない。
本来だったらワードナーの記憶装置から魔導機械達が結託している証拠を取り出し、それを説得材料に情報を共有するつもりだったが、相手が切り札を切ってきたため、ワードナーの重要度が下がってしまった。
エティを見送ったドライが、僕の前に立つ。目も鼻も口もない顔だが、既になんとなく感情はわかるようになってきた。
「ああ、わかってるよ。僕が引っ掻き回したんだ、フォローくらいするさ」
§ § §
本当に疲れた一日だった。
施術により泥の中に引きずり込まれるような深い眠りについた昨日。その憤懣も収まらぬ内に発生した襲撃事件に、マクネスとの話し合い。
怒り、悲しみ、驚き、そして――この気分を形容する言葉をエトランジュは知らない。
まるで病気にでもかかってしまったかのように身体に力が入らない。しかし、《機械魔術師》のサーチスキルはエトランジュの体調不良が肉体的な問題ではなく、精神不安によるものだと示していた。
精神不安。これまでこんな状態になったことはなかった。ダンジョン攻略時に危うく死にかけた時も、友人が行方不明になった時も、魔導機械の設計がうまくいかずに何日も徹夜した時も、こんな気分にはならなかった。
原因には気づいている。フィル・ガーデンだ。肉体的な弱さと精神的な強さが見合っていない、エトランジュの友人。
死んだと聞いてエトランジュがあれほどショックを受けたというのに、そんな危ない目に遭いながらも一切の躊躇いなく自らさらなる死地に踏み込もうとするフィルの姿はエトランジュには到底理解し難いし、許容し難いものだった。
だが、止められないのだろう。本人を裏切る程にフィルを求めたアリスがどうしようもないなどと宣言するほどなのだ。
ワードナーの解析を後回しにしたところで、何の意味もない。恐らく彼は、エトランジュが協力しなくてもあらゆる手を使い死地に向かう。《機械魔術師》が何人も行方不明になった禁忌に向かって――そして、エトランジュが協力しなければその分、彼の死傷率は上がるはずだ。
ベッドの中に入り、目を閉じる。疲れていたが、眠りは来なかった。
暗闇の中、ふと自分の身体が震えている事に気づき、身体を丸めるようにして身を縮める。
――怖い。死んだと聞いた時には理解ができなかった。馬鹿な人だと思った。だが、今感じている恐怖はその時よりも遥かに大きい。
今生きている彼が、これから死ぬかもしれないのが怖い。エトランジュのガードを抜けて魔導機械達が彼の命を奪うかもしれないのが怖い。
マクネスから死を聞かされた時よりも恐れるなど、おかしな話だと思うが、その情動は論理的思考を凌駕していた。
呼吸が乱れていた。枕をぎゅっと抱きしめるが、胸の苦しさは治まってはくれない。
恐ろしい。魔導機械がフィルを特別視している事はエトランジュから見ても明らかだ。そして、多種多様な魔導機械が手を変え、フィルの殺害だけを目的として向かってきたら、たとえエトランジュが全力を尽くしても守りきれないかもしれない。
エトランジュはこれまで魔導機械を恐れたことはない。だが、自分のミスで友が死ぬのが、何よりも怖かった。
フィル・ガーデンは変わっている。その知識や頭の回転、好奇心の強さは評価に値するが、我が強いし距離感がおかしいし、余計なお節介をやいてくるし、ドライをたぶらかした。エトランジュに行ってきた《魔物使い》の『施術』とやらはとんでもないもので、今思い出しても赤面ものだ。
だが、それでも彼は間違いなく友だった。愛称を呼ぶ事を許したのは勢いだったが、まだ出会ってから半年も経っていないとは思えない。
屋敷の周囲に貼る結界も、少し力を入れすぎた。その維持に魔力がどんどん抜けていくのがわかる。
以前、アリスのエナジードレインを防ぐのにも使った、内外の空間を断絶する『閉鎖回路』。屋敷に周囲に張り巡らせたのはその上位スキルに当たる。
魔法も物理も光や空気ですら、あらゆる害あるものを遮断するその結界を結界の中では最上位のものであり、長時間維持するのは屋敷に置いてある機械類のサポートを受けてさえ困難だ。
だが、やらずにはいられなかった。今力を使い果たしては本末転倒だとわかっていても、もしも万が一、それを上回る攻撃がきたらと思うと――。
その時、不意に扉をノックする音がした。
「まだ起きてる?」




