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天才最弱魔物使いは帰還したい ~最強の従者と引き離されて、見知らぬ地に飛ばされました~  作者: 槻影
第二章

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第二十五話:『絶対的な味方』である事だ

 肩を怒らせ、その不機嫌さを全身に表しながら、白いドレスの少女――セーラが道のど真ん中を歩いていく。機械人形も、その他の種族の住民も、皆が目を丸くして道を開けていた。


 その後ろを、《有機生命種》の男――狼に似た耳を持つガルドが、両手に紙袋を下げ、まるでお付きのように追いかける。


 二人は、ここ近郊で最も名の知られたクランの一つ――《明けの戦鎚》のメンバーだった。特に副マスターを務めるガルド・ルドナーは顔も知られていたが、視線を一身に集めているのはそれが理由ではないだろう。


「何なの!? フィルの奴、いきなり呼び出して、これ頼んだってッ! 久々に呼び出して来たから何かと思ったらッ!」


 セーラが語気荒く言う。いつも周囲を気遣う彼女のこの姿をクランメンバーが見れば皆目を疑っただろう。


「んな事言ったって、仕方ねえだろ! うちは確かに人数がいるし、助け合うのが探求者ってもんだ」


「だって、ガルド! 聞いたでしょ、フィルの奴――私だけじゃ説得が簡単過ぎるからガルドも呼んだって言ってたのよ!? どういう意味よ!」


 セーラが顔を真っ赤にして言うが、ガルドにはフィルの言葉ももっともなように思えた。

 何しろ、セーラは元々素直だし、これまでを振り返っても、いつもフィルの言うがままになっている。


「どういう意味って、それは……そういう意味だろ。そもそも、ただの一メンバーのセーラに仕事を受けるか決める権限はねえしな」


「借りは、アリスのあの時に返したはずでしょ!?」


「ふっ……貸し一個って言ってたな。二個でも三個でも作ると。断じて褒めてるわけではないが、少なくともなかなかできることじゃない」


 探求者は義理を重視するし、貸し借りにも厳しい。

 大規模クラン相手を一切恐れることなく借りを作るその胆力は高等級探求者でもなかなか持ち得ぬ稀有な資質といえるだろう。


「まぁ、百歩譲って、やるのはいいとしましょう。なんでフィル本人が来ないのよ!」


「いくら文句を言っても、口では勝てんぞ。フィルはきっと、《魔物使い》にならなければ詐欺師になっていた。あの男、俺達が頷くまで話し続けるぞ、きっと」


「ッ……もう! 信じられないッ!」


 それに、言っている事も間違いない。

 魔導機械相手に特化した力を持つエトランジュ・セントラルドールをくだらない事前準備で消耗させるのは愚の骨頂だ。


 だが、言われなければ気づかなかった。請け負った仕事は自分で片付けるのが探求者の基本であり、それが信頼となるのだ。

 そもそも、ガルド達からはエトランジュが受けた仕事の量が見えない。


 フィルから押し付けられた仕事の多くはモデルアントの性能調査に関するものだった。大規模討伐依頼を盤石にするための準備の一環であり、一見《機械魔術師》が必要な案件のように思える。

 だが、冷静に考えれば――下級のモデルアントなど、たとえ高度に連携して襲ってきたとしても《明けの戦鎚》の敵ではない。

 分解してまで詳しく調べる必要などないし、ランドがSS等級昇格のきっかけとなったキングアントの討伐依頼の際もそこまでは行っていなかった。


 他にもモデルアントの巣の回りの調査や循環経路の確認など――なるほど、《機械魔術師》が現地に行って調査するのが最善だろう。もしかしたらガルド達では発見できないものを発見できるかもしれない。


 だが、それは、最優先ではない。


 《明けの戦鎚》には《明けの戦鎚》で、戦闘を前にした実践訓練やフォーメーションや作戦の構築・確認、依頼に参加する外部の探求者との話し合いなどの役割があるが、一部のメンバーを調査に当てても何ら差し支えはなかった。

 練度が多少落ちるだろうが、その分消耗が抑えられた《機械魔術師》はきっと、その代わりを補ってあまりある成果を出す事だろう。


 もしも仮に、エトランジュが《明けの戦鎚》のメンバーだったとしたら、ランドもそう判断したはずだ。


 腕を組み、光を身体から振りまきながらセーラが続ける。感情が高ぶった時に出る、善性霊体種(スピリット)特有の現象だ。


「おまけに、この辺りの実力者を教えてくれだなんて――どれだけ厚かましいのよ! 情報も、ただじゃないってのに!」


「私が知っている事ならとか言って、ぺらぺら喋り始めたのはセーラ、お前だろ……お人好しめ」


「…………」


 セーラが黙れと言わんばかりにガルドを睨む。ガルドはそれを苦笑いで受けた。


 フィルがこの地にやってくる前、自分に自信がなかった頃のセーラは決してガルドにこのような眼差しを向けなかった。

 いくら口先だけで正しい事を語っても、実績がなければ誰も受け入れない。探求者は現実主義なのだ。


 そういう意味で、あの男はここ数ヶ月で十分、信頼を構築したと言えた。


 あの男ならばセーラ一人を言いくるめて仕事を押し付ける事くらい簡単だし、一度受け取ってしまえば《明けの戦鎚》側もなんとしてでもそれをやりきる必要があっただろう。

 だが、そうはしなかった。領分を弁えているという事だろう。思い返せば最初に出会ったあの祝勝会の時もそうだった。


 ぎりぎりの場所で留まっているからこそ、フィル・ガーデンは存在感を示しまだこの街での存在を許されている。


 そこで、ガルドは笑みを更に、獰猛に見える程に深くする。


「だが、フィルの奴……エトランジュに無断で仕事を振り分けやがった。くくく……それは、領分外だ。SS等級探求者の仕事を、横取りしたのと同じだ。あの魔導機械の姫をどう宥めるつもりだ?」


 頼まれたのならば力は貸そう。是非もない。


 だが、それとはまた別の話として、良いように手の平の上で弄ばれて何も感じないわけでもないのだ。

 きっと、突然の呼び出しを受けて帰ってきたガルド達が仕事を押し付けられていたらクランマスターのランドは呆れ果てるだろう。あの男にも少しくらいは痛い目を見てもらわねばならない。


 声を殺して笑うガルドを、セーラが目を瞬かせて見る。

 そして、ガルド達は押し付けられた余りにも重い仕事を持って意気揚々と《明けの戦鎚》の拠点に戻るのだった。






§ § §





 

 感情のコントロール。互いの立場を考慮に入れた調整。数多の種族が一つの街に入り乱れるこのご時勢、円滑に事を進めるのは意外と難しい。

 《託宣師》の刻みつける(クラス)の力が余りにも強いからこそ、そういった細々としたテクニックの持ち主は減ってきている。


 状況にもよるが、激しい感情はそう長く持続しない。中でも激しい怒りは数秒しかもたないと言われている。

 一部の持つ戦士系の職が持つスキル、『憤怒の力(レイジ・パワー)』などは怒りを爆発させる事で数分間能力を劇的に向上させるが、スキルを使ってもその程度だ。


「フィルッ! 貴方、とんでもない事を――」


「うん、しっかり怒れるくらいに体調は整ったみたいだな。さぁ、エティ。ご飯にしよう」


「!? はぁぁ? そんな事どうでもいいのです! 私の話をちゃんと――」


「詳しい話は食事の後にしよう。後、食べながらの仕事は行儀が悪いよ」


「本当に! ありがたい事に! 昨日と比べて! 仕事がごっそり! 減っていたのです!」


「エティ――深呼吸だ。そんなに怒っていたらせっかく作った朝食の味もわからないだろ?」


「…………あ、後で、たっぷり話を聞かせてもらうのですッ!」



 慈しむ事。許容する事。理解する事。

 僕の得意とする信頼の基盤は、『絶対的な味方』である事だ。


 だから、アムは僕にわがままを言える。だから、アリスのあの裏切りは僕の罪と言えた。


 確固たる意志を以て、僕は誰も裏切らない。


 黙々と食事を行う。エティは時折こちらをちらちら見ていたが、僕は何も言わなかった。

 目と目が合う。僕は静かに笑みを浮かべた。エティがさっと視線を逸らす。


 やがて、テーブルに置かれた皿が全て綺麗に空になる。

 エティは感想を述べなかったが、表情を見るにお口に合わなかったわけではないだろう。


 最後にドライが出してくれたコーヒーを飲み干し、エティがまるで決戦に挑む戦士のような眼差しで僕を見て、唇を開きかけた。


「あ…………っと……えっと……」


 どうやら、怒りもいい感じに収まったらしい。想定通りだ。

 冷静じゃないと言葉も通じないからな。思わずにやりと笑みを浮かべる。


「しめしめ、随分顔色がよくなったな?」


「!? ……私、ずっと思っていたのですが、そう変な事を言うのは良くない癖なのです……」


「だが、この程度じゃない。この程度では万全じゃない。僕の癒やしのプランがこの程度だと思ってもらったら困る」


 肉体疲労も精神疲労も一日休んだくらいで取れるものではない。

 立ち上がり、後ろでどこか恨みがましげに僕を見ているドライに言った。


「ドライ、施術を行う。準備を。エティ、話はそこでしよう」


「………………エトランジュ様、こちらへ」


「え? え?」


 エティが混乱している。自分のスレイブであるドライがここまで忠実に僕の命令に従っているのが不思議なのだろう。

 実際には忠実であっても素直ではないのだが――ドライが従っているのは、僕が彼にできない事をやってみせたからだ。

 スレイブにとっての一番はマスターが健在である事。並の忠誠ではこうも僕の指示にすんなり従う事などできないだろう。エティは本当にスレイブといい関係を築いている。


 ドライがエティの手を引き連れて行ったのは、寝室だった。

 エティがシャワーを浴びている間に、僕の指示でベッドは片付けられ、準備は整っている。


 必要な道具は全てエティが眠っている間に買いに行ってもらっていた。

 サイドテーブルの代わりに木箱に置かれたお香。近くに置かれた、《魔物使い》用のアイテムの入った箱。水差しには薄紫色の液体が入っている。注射器は不安にさせてしまいそうなので、見える場所に置いていない。


 今日一日で彼女を万全な状態に戻す。

 覚えのない光景に不安になったのか、エティが怯えたような目で僕を見た。


「あ、あのぉ…………フィル? これ……何なのです?」


「エティを万全に調整するためのものだ。《魔物使い》の用語でこれを――『パーフェクト・チューン』と呼ぶ。スレイブでもないのに受けられるなんて、エティは本当に幸福だなぁ」


「!? な、わ、私はもう、万全なのです!? スキルだって、使え――」


「エトランジュ様、失礼します」


「!?」


 何を怖がっているのだろうか?

 血相を変えるエティに、さっとドライが回り込み、その手に頑強な手錠を嵌める。この気配のなさ、素早さ、やはり彼は偵察に使われる機械人形なのだろう。


 エティがびくりと震え、手錠を見て、次に僕を見た。まるで親しい友人に裏切られたかのような、呆然とした表情だ。



「ほら…………無闇に抵抗されると逆に危ないから…………対魔術師用の手錠だ。僕は一流の物しか揃えない」


「!? そ、ソウルブラザー!? 私に、何をするつもり――」


 エティが僕に集中している間に、ドライは僕が教えておいた通りにその両足に足かせをつけ、白い首にチョーカーに似た首輪を嵌める。

 ほら、危ないから。魔法を封じられた魔術師だって場合によっては危険だから。


「このためにタスクを減らしたんだ。しっかりやらないと快く仕事を受け入れてくれた《明けの戦鎚》にも申し訳が立たない」


 まぁ、何をするのかは話してないけど。


 僕の説得は諦めたのか、続いてエティは、動きを止めることなく準備を続けるドライに、悲鳴のような声をあげた。


「ドライ!? 裏切ったのです!?」


「…………ご安心ください、エトランジュ様。何か酷い事をされそうになったら、私が必ずやお守りします」


「!? もう! されかけてるのです!」


「マスターの指示に愚直に従うのが必ずしも正しいわけじゃない。時にマスターのために忠言を呈する、それが真のスレイブというものだ」


「!? ドライ、貴方こんな言葉に騙されたのですか!? とんでもない詐欺やろうなのです!」


 ドライがエティを抱きかかえ、ベッドにうつ伏せに寝かせる。僕はその間に香を焚いた。


 なんとも言えない不思議な臭いが室内を満たす。魔導機械は刺激をデータとしてしか認識できないから、こういう施術は僕がやらねばならないのだ。

 ドライが手錠と足かせに繋がれた鎖の金具をベッドにくくりつける。これでいくら暴れてもエティがベッドから落ちる事はない。


 エティは必死に身を捩り手錠と足かせを壊そうとしていた。

 だが、いくら《機械魔術師》でも魔術なしの素手で特殊合金製の手錠と足かせを壊せるわけがないのだ。


「体調も整ってエティは幸せ。エティが幸せになるからドライも幸せ、メカニカル・ピグミーで施術を試せて僕も幸せ。これこそが真のWinWinだ。いやぁ、最近誰もがっつり調整させてくれなくてさ……」


 エティの顔が白くなり、青くなり、赤くなり、唾を飛ばして悲鳴をあげる。


「わ、わかりました! 許す、全て許すのです! れい、冷静に、話し合いましょう、フィル!」


「うんうん、そうだね。セーラ達からも色々いい情報を聞いたんだ、せっかくだし、色々話しながら調整するとしよう」


 薄手のゴム手袋をしっかりと嵌める。何しろ、相手は同じ有機生命種、スレイブでもないのに素手で触れたらセクハラになってしまうかもしれない。僕はそういうところは特に注意しているのだ。


 マスクをしたいところだが、そこまですると相手に恐怖を与えてしまうかもしれないのでやめておく。

 鼻歌を歌いながら、隠していた荷物からアンプルを取り出し、注射器にセットする。


 その鋭い針を見て、エティが限界近くまで目を見開いた。


 全く、エティ程の強者が針の一本を恐れるなんて。

 どうしていつも皆もっと激しい戦いを繰り広げているのに注射をそこまで恐れるのか、理解に苦しむな。


 冷や汗をダラダラ流し、エティが引きつったような歪な笑みを浮かべている。僕はため息をつくと、エティを怖がらせないよう微笑み、覆いかぶさるように位置を変えた。

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書籍版『天才最弱魔物使いは帰還したい』二巻、12/2発売しました!。
今回はアリスが表紙です! 多分Re:しましま先生はアリス推し! 続刊に繋がりますので気になった方は是非宜しくおねがいします!

i601534
― 新着の感想 ―
[良い点] これはもしかして…… ✕ ケア ◎ 魔改造
[一言] 懐古主義の一派でしたが 悔しいことに面白い、実に面白い 続きが気になる
[良い点] とんでもない詐欺やろうなのです! [一言] うんうん、そうだね
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