第二十三話:お褒め頂き光栄だ
《魔物使い》の技術とは育成の技術だ。その中にはスレイブのコンディションの維持もとい、身の回りの世話も含まれる。
僕の場合は最初のスレイブが家事妖精だったのでどちらかというとお世話される事の方が多かったのだが(彼らは他人のお世話をしなければ落ち着かないという種族だ)、アシュリーから色々教えてもらったのでその手のスキルには自信があった。
ギルドのロビー。マクネスさんに話したことを事後報告する僕に、エティは人の目がある事に気にせずに叫んだ。
「はぁ? なんでそんな事になっているのですか! 私はそんな事、頼んでいないのです!」
「まぁまぁ。ソウルシスター、君は随分酷い表情をしているよ。ろくに寝ていないだろ?」
「!? そんな事………………ないのです」
僕の一言を受け、ただそれだけで、エティの語気が弱くなる。
反応は既に読めていた。彼女は強いから同じ土俵で戦うつもりはない。
「そういうのは自分ではわからないものなんだよ。責任感が強いのはわかるけど、逆に無理をしすぎて迷惑をかける事だってある」
理はこちらにはなかった。他の探求者の仕事に口を出すなど、余程深い友人でもなければありえない。
だが、エティは唇を結び、顔を伏せる。
思ったとおり…………さては君、心配されるのに慣れていないな?
「す、凄く、おせっかい、なのです!」
「お褒め頂き光栄だ。あ、僕、今日から君の家に泊まるから」
「!? はぁ、ど、どういう事、なのです!?」
「だって君、工房でしかできない仕事、あるんだろ? アリスは僕のいる場所を察知できるし、待つ家が僕の部屋である必要はない。部屋だって沢山あるだろ? 引っ越したばかりで整理してないかもしれないけど」
「…………ぐぅ。魔術師の、工房に、ずかずか足を踏み入れるなんて――」
何か言っているが、自身を騙せない言葉で他人を説得できるわけがない。
職の違う純人に機械魔術師の工房なんて理解できないし、知識を活用もできない。
本当に嫌ならばそうはっきりと言うはずだ。それがないという事は…………理屈がないと動けない人間は大変だな。
だが、交渉は成功だ。
「僕に全て任せてくれ。エティのポテンシャルを十分に引き出してみせる。代わりに……そうだな。アリスがいない間、僕の護衛を頼みたい。さぁ、行こう、掃除洗濯料理なんでもやるよ」
「……もう! フィル、貴方、私がこれまで会った中でも一番強引なのです」
そうしないと君、自分の事ないがしろにするだろう? どんどん憔悴していく友人をないがしろにすることなどできない。
ましてやこの地では機械魔術師が何人も消息を絶っているのだ。
後ろに回り、背中を押す。エティは困ったような、戸惑っているような表情を浮かべながらも押されるがままに歩きだした。
§
魔術師の拠点というのは秘密そのものだ。一流の魔術師というのは独自の研究を怠らないものだし、それが機械魔術師ともなればスレイブの研究もある。たとえ相手が気心の知れた仲でも、たとえその屋敷がどれほどわくわくするような場所でも、礼節は弁えねばならない。大切なのは、バランスだ。
鍵を開け、屋敷に招き入れたエティはどこか呆れたように言う。
「先に言っておきますが、無闇に機材には触らないように」
「ああ、もちろんだ。僕はそういう距離感みたいなものには自信がある」
「…………それって、何かの冗談なのです?」
理解して踏み込むのと理解せずに踏み込むのとは違う。
胡散臭いものでも見るような目を向けてくるエティの頭に手を乗せると、屋敷の中に改めてお邪魔する。
エティの屋敷の中は混沌としていて、しかし生活臭のようなものが希薄だった。部屋に置いてある物も機械魔術師の研究道具や書物がほとんどで、その他の私物のようなものはほとんど見られない。存在する家具はもともと屋敷に備え付けられていたものだろう。
部屋は内面を反映している。やはり彼女には少し余裕が足りないようだ。
「そもそも、掃除や料理などは私のスレイブが…………担当しているのです。掃除も洗濯も料理も必要ないのです」
「掃除はともかく、料理は僕の方ができるんじゃないかな」
さすがの機械人形でも味見は難しいだろう。それに、食事とはただの栄養補給ではない。大切なコミュニケーションの場でもあるのだ。
そこで、満を持してエティに言う。
「…………ところで……エティのスレイブ、紹介してくれる? 僕と君は友達なんだ、そろそろ家族を紹介してくれてもいいだろ?」
「………………はぁぁ」
エティは深々とため息をつくと、ぱちりと指を鳴らした。
気配は一切なかった。不意に後ろから無機質な声があがる。
「エトランジュ様、お呼びでしょうか」
「彼が私のスレイブの――ドライなのです」
後ろを向く。いつの間にかそこに立っていたのは――この地にやってきて見た中でも最も奇妙なスレイブだった。
大きさは人間大。見た目は木製の球体関節人形に似ている。質感も木に似せていて、その顔はのっぺりとして目も鼻も口もない。声もこの地であった小夜や白夜と異なり明らかな機械音声であり、特殊なテーマがあるように見受けられた。
生活空間と同様に、機械魔術師のスレイブは術者の心を映している。
目を見開く僕の前で、ドライと呼ばれたその機械人形がうやうやしくお辞儀をした。
「お初にお目にかかります、フィル・ガーデン様。エトランジュ・セントラルドール様のスレイブが一人、ドライと申します。お噂はかねがね」
「……初めまして、フィル・ガーデンだ。お会いできて光栄だ。全く……指はちゃんと動くんだね」
「ふふ……指が動かなければ不便ですから」
差し出された手には木製の指が揃い、関節が存在し、ちゃんと稼働するようになっていた。
手を差し出すと、握ってくる。木製に見えてやはり金属製らしく、つるつるした手の平はひんやりしていた。
見た目と性能が必ずしも合っていないのが魔導機械というものだが、これはどうしてなかなか興味深い。
しかも、目も口も鼻もないのに、このドライからは感情のようなものを感じる。
「さて、顔合わせは済んだのです。これで満足ですか?」
エティが一刻も早くこの場を納めたそうに言う。
僕は大きく深呼吸をすると、エティの自慢のスレイブに真剣な声で尋ねた。
「ドライ君、君のマスターに生きた友人はいるのかい? 僕以外に」
「!? フィル、何を――」
「……いいえ、フィル様。エトランジュ様には貴方以外に人の友人はおられません。貴方が本当に友人ならば、ですが。屋敷を何度も尋ねてきたのも貴方だけです」
「ドライ!!」
エティが慌てたように声をあげる。どうやらドライに課された行動制約は最低限のようだ。
僕は大きく頷いた。
「つまり……数少ない生きた人間の友達である僕はエティの情操教育にとてもいいわけだ?」
「何を言っているのです!?」
「……もしかしたら、悪いかもしれません」
「!? !! !!」
凄い感情表現だなあ。下手をすれば白夜や小夜よりも高性能かもしれない。
初めて見るドライの一面だったのか、エティが目を白黒させている。
友の友は友が僕のモットーだ。早速分担を決めよう。
「料理は生きている僕がやる。ドライはそれ以外の家事を頼んだよ。ああ、エティに触る事もあるだろうけど嫉妬するなよ」
「!?」
僕の言葉に、ドライは僕を見下ろし、間髪入れずに答えた。
「料理は貴方が、それ以外は私が担当します、フィル様。既に、嫉妬しています」
「面白い子だ………………うちの子になる?」
「なりません」
きびきびした動作で消えるドライを、腕を組んで見送る。
エティは完全に置いてけぼりにされていた。
呆然としているエティの肩をぽんぽんと叩いて慰める。
「なるほど、いいスレイブを持っている。ウィットに富んだジョークも言える彼がいれば確かに人の友人がいなくても寂しくないね」
「よ、余計なお世話、なのです! なんなのですか、一体!」
図星をつかれたのか、エティが顔を耳まで真っ赤にして叫んだ。




