第二十二話:僕とて邪魔するつもりはない
「なるほど、順調、ですか……随分報告がなかったようですが……」
「必要がなかったからだ。結果が出るには時間がかかるし、一度に報告しない方がいいこともある」
「わかりました。フィルさんがそういうものだと言うのならば」
ギルドのカウンター。今日も楚々として職員の仕事を全うしている白夜に、諸々の報告を入れる。白夜は余計な事は言わずに小さく頷いた。
機械人形は公平だ。彼らはインプットされた絶対のルールを元に動く。白夜はギルド職員であり、ギルドのルールに従っている。
彼女はアドバイスはしても探求者の決定を妨げたりはしない。
白夜が僕に出した依頼――高難度依頼の達成は本来時間がかかる性質のものだ。
そもそも、一般的に高等級に認定された魔物に挑む際、探求者は長い時間をかけて準備を行う。僕がシィラ・ブラックロギアの討伐に時間をかけたように。
レイブンシティ近辺に生息する魔物の最高等級はSSS、討伐依頼はその上のL等級で難易度が跳ね上がるのでまだマシな方だが、それでも生息域も能力も異なる魔導機械達を複数討伐するとなれば、慎重に事をすすめるのが普通だろう。
だが、恐らく、そこに罠がある。
ワードナー戦。アリスの能力が露呈しすぎていた。恐らく、荒野で繰り広げた他の戦いが漏れているのだろう。
生命操作も空間魔術師のスキルも、上級に区分される力だ。そう簡単に対処できないはずだが、分析と対策は魔導機械の十八番だ、余り時間を、情報を与えてはならない。
「討伐確認にも時間がかかります。早めにご報告いただけると――ところで、他に話があるのでは?」
「白夜もエティも、随分もったいぶった言い方をするね」
僕の言葉に、ロビーの方で手持ち無沙汰げにしているエティを見て、白夜がその端正な眉を顰めた。
なまじ美人に作られているのでそういう表情をすると迫力がある。
「今日は別の女性を連れて歩いているのですね。おモテになるようで何よりです」
「皮肉も搭載しているとは、白夜は完璧だ。是非うちの子にもそれを教えてあげて欲しい」
「感情機構はテスラ社製に改良を加えたオリジナルです。残念ながら流出は禁じられています」
なるほど、どうりで人間じみていると思った。恐らく機械魔術師によるアップグレードがなされているのだろう。既製品の機械人形を買い取り、改良していくのはポピュラーな手法でもある。
大きく頷く僕に、白夜は小さくため息をつく動作をして、単刀直入に言った。
「セイル・ガードンからの報告の件で副ギルドマスターが話を聞きたいと言っています」
§
白夜の案内を受け、ギルドのカウンターの中に入る。既に予想できていたことだが、すれ違う職員達は機械人形ばかりだった。
ただでさえレイブンシティ近辺の人口は無機生命種に寄っているが、ギルド内部に限ればその率は跳ね上がる。
僕はこの街に来てから色々調べたが、この地方のギルドでは代々優秀な《機械魔術師》が所属しており、街の運営に密接に関わっているらしい。
レイブンシティと近辺二都市のギルドの副ギルドマスターを務める凄腕の《機械魔術師》。
マクネス・ヘンゼルトン。
その名はどこでも聞いた。市長であるバルディさんや、ギルドマスターよりも有名な名前だ。
周辺を強力無比な魔導機械が支配するこの地で街がまだ成立しているのは彼の尽力によるところが大きいともっぱらの評判だ。前任者の《機械魔術師》から仕事を引き継ぎ、聞いた話ではこの街の無機生命種の住人やギルドの機械人形の大半はその青年のお世話になっているらしい。今回ランドさんが行う予定の大規模討伐依頼における、ギルド側の責任者も努めているという。
白夜の話は渡りに船だった。なるべく早く顔を合わせておかねばと思っていたところだ。
応接室に通される。ソファに座りしばらく待っていると、扉が開いた。
入ってきたのは小柄な青年だった。
黒を基調とした制服に似た衣装。腰に下げた無数の工具。
顔立ちはやや童顔だが目つきは鋭く、左目に取り付けられた片眼鏡が落ち着いた印象をもたせている。
年齢は恐らく僕よりも上だが純人換算でも三十にはなっていないだろう。背丈はエティと同じくらいだろうか。
そして、何よりの特徴として――その頭頂には小さな角が生え、耳が長くやや尖っていた。僅かに開いた唇からはちらりと尖った犬歯も見える。
考えるまでもなかった。
エティの属する種族――メカニカル・ピグミーに匹敵する魔導機械の扱いに長けし者。
かつて悪性霊体種の一種とされた『絡繰を操る悪魔』。
数多存在する幻想精霊種。現在確認されている中でただ一種、例外的に魔導機械を得意とする種だ。
幻想精霊種は人々の幻想の中で培われ発生するから、こういう事もある。彼は、魔導機械が世界に広く認知された結果生み出された幻想なのだ。
立ち上がる。マクネスさんは薄い笑みを浮かべた僕の前に立つと、冷ややかな声で言った。
「話は聞いているよ。会えて光栄だ、SSS等級探求者、フィル・ガーデン。私は――マクネス・ヘンゼルトン。副ギルドマスターの任についている」
「こちらこそ、一度お会いしたいと思っていたところです。マクネスさん、貴方の偉大な功績は聞いている。市長のバルディさんも褒めていたよ」
手を差し出してきたので握手を交わす。白く繊細な指先は人に似て、しかし少しだけ違う。
爪が少しだけ鋭利で、肉付きが薄い。華奢だが、強い力を感じる。
彼は悪魔だ。魔導機械が度々起こしたバグを見て人々が夢想した、悪魔。メカニカル・ピグミー以外で唯一生来の資質として《機械魔術師》の才を持つ種。なるほど、この過酷な地の副ギルドマスターとして彼以上の適任はいない。
マクネスさんがつまらなさそうに鼻を鳴らして言う。
「ふん……私は、やるべき事をやっただけだ」
「つまり、これから話す事も副ギルドマスターとしての義務って事か」
「その通りだ。申し訳ないが、恐らくフィルさんも知っての通り、現在我々は多忙でね。大規模討伐依頼が控えている。そもそも、普段から人員は足りないのだが――あいにくこの地に居着く者は限られていてね。職員から軽く事情を聞いたが、ここ数年、遠方からこの街にやってきたのは君くらいなのだよ。ちなみに、境界線を跨いでやってきた者は前代未聞だ」
言葉の一つ一つから圧を、警戒を感じる。明らかに弱い僕を見て、純人の敵対値増加抑制を突破し警戒を保てる者。間違いなく、切れ者である。
どうやらいつものような距離の詰め方をするべきではないようだ。
「友好を深めたいところではあるが、時間もないようだ。本題に入りましょう。【黒鉄の墓標】の件ですね?」
「話が早くて助かる。セイル・ガードンが虚偽報告しているとは思っていないが、何分あそこは随分前に攻略されたダンジョンでね。いや――攻略されたと考えられていた、と言った方が正しいか。まぁ、新たに発見されたボスも討伐済みという話だが――」
マクネスさんの眼差しは、まるで真偽を見定めるかのように真剣だ。
ダンジョンの管理はギルドの仕事の一つだ。攻略済みだと考えられていたものが未攻略だったというのは、彼らの失態である。大規模討伐の準備段階でこのような話がくるのは副ギルドマスターとして頭が痛いことだろう。
セイルさんはどこまで報告しただろうか? ワードナーが人語を解した事は? クリーナーが予想外の攻撃手法を使ってきた事は? 恐らく、僕とワードナーの会話の中身までは報告していないだろうが――。
マクネスさんが言葉を選ぶように慎重に言う。
「セイル・ガードンはボスの討伐を証明する物を提出しなかった。これでは攻略報酬は出せないが――」
「ドロップは部品のかけら一つ残さず、全て僕が貰いました。必要ならば提出しましょう、マクネスさんもボスの部品には興味があるのでは?」
相手の言いたいであろう事を先取りして言う。
ギルドと敵対するのは良くない。彼らとの交渉には慣れている。下手に出ろとも言わない。
さっさと話を進めようとする僕に、マクネスさんは一瞬、ごく僅かに息を呑んだ。
「…………本当に、話が早くて助かる。そして、実は私が赴任した時には既にボスは討伐済みでね。興味があるのも間違いない。いつ提出できる? 報酬など諸々の手続きは大規模討伐後になりそうだが――」
「すぐにでも、と言いたいところだが――あいにく部品は僕のスレイブが持っている。今は別れて行動しているので、合流した後で良ければ」
「…………わかった、それで構わない。クリーナーの生態研究もやり直す予定だ。クリーナーの新機能が確定すれば君達にも報奨金が支払われる。功績ポイントも金額も、SSS等級探求者の稼ぎに比べれば微々たるものだろうがね。もしも問題があれば後日改めて話し合いをしよう。ボスを倒した時の事も、聞きたいしな」
どうやらマクネスさんは効率を重視するタイプのようだ。まだ僕達は腰を下ろしてさえいない。
ギルドのナンバー2としてそれはどうかと思わなくもないが、僕は冗長なやり取りも大好きだが、効率的な話し合いも嫌いではない。
そこで、思い出したようにマクネスさんが席を勧め、自分も腰を下ろす。
「すまないね、気づかなかった。いつもこういうところで、ギルドマスターに叱られる。それで、既に本題は話してしまったが、他に君の方から話はあるかね? 【黒鉄の迷宮】を探索していて気づいた事、などでもいいが――」
話、か。少しだけ考え、僕は笑みを浮かべて確認した。
「単刀直入に聞きます。エティ――エトランジュ・セントラルドールを大規模討伐依頼のために呼び出したのは貴方ですか?」
予想外だったのか、冷ややかに固定されていたマクネスさんの表情が初めて崩れる。一瞬目を丸くしたが、すぐに表情を戻すと、先程よりもやや低い声で答えた。
「……そうと言えば、そうだ。彼女は経験豊富な優秀な《機械魔術師》だ、招聘はギルド全体の決定だった。《明けの戦鎚》は戦力は十分だが知識が足りていない、と判断した。フィルさんも知っての通り、大規模討伐は普通の依頼ではない。戦力が足りていないと判断すれば口も出す」
知識が足りていない、か。それは――クイーンアントの存在に気づいていなかったり、かな?
だが、そんな事は今更言っても詮無きことだ。
「で……それが何か?」
全く関係ない話を出されたせいか、随分愛想がない。だが、迎合ばかりでは要求は通せない。
僕は肘をつき前傾姿勢を取ると、交渉に入った。じっと目と目を合わせ、呼吸を、仕草を読む。
「エティは随分疲れているようです。彼女は優秀だが――少しばかり頑張りすぎる。このままでは依頼の前に倒れてしまうでしょう、だから――僕が間に入ることにしました。何かあったら僕を通して頂きたい」
「…………それはまた随分いきなりの話だ。彼女は承諾しているのかね?」
「貴方がイエスと言えば承諾する。僕はSSS等級探求者だし――これでも、大規模討伐依頼にも明るい。僕は友人として彼女の事を考えているのです」
エトランジュ・セントラルドールは才能がある。何でも一人でやってきたのだろう。できたのだろう。だから、アムとは別の意味で他人を頼ることに慣れていない。
僕も昔、彼女のような時があった。僕の時には仲間がいたが、彼女には仲間がいない。友人としてこれは憂慮すべきことだ。
エティはスレイブではないが、彼女には借りがある。マクネスさんが心底嫌そうな表情を作り、言う。
「我が強い。随分身勝手な言い方だ。しかも、私が断りづらくしているな。SSS等級というのは存外に弁が立つようだな」
「探求者の事を考えるのも副ギルドマスターの業務の内でしょう」
部外者の僕には理がないが、彼には殊更に僕の案に反対する理がない。
SSS等級探求者の持つ権利は多少の不合理を吹き飛ばす。否定すれば後でしっぺ返しを受けるからだ。
SSS等級探求者に貸しを作りたい者などいくらでもいるのだから。
マクネスさんはしばらく沈黙していたが、しぶしぶと言った様子で頷いた。
「いいだろう。だが…………依頼を受けたのは彼女だ。役割は全うしてもらう」
「もちろんです。公平にいきましょう。魔導機械のようにルールを遵守して――僕とてギルドの邪魔をするつもりはない」
言質は取った。後は仕方のないソウルシスターから承諾を貰うだけだ。
きっと機嫌を損ねるだろう。怒られるかもしれない。だが、その程度どうということはない。
かつて僕も、僕を助けてくれようとしたアシュリーを叱った。だが、いくら優秀でも、人一人でできることは限られているのだ。




