第十九話:うちの子になる?
白い特殊合金製の壁が、天井から放たれるぼんやりとした光を反射している。広々とした部屋を埋め尽くすように、コンベアやアーム、その他製造用魔導機械が設置されていた。
部屋には生き物の気配はなく、乱雑に設置された機械類も動いている様子はない。
まるで眠りについているかのように静かな部屋。そこに、不意に無機質な声が響き渡った。
『クリーナーロード、ワードナーの死亡を確認。残存クリーナー数、一万五千。新個体の作成を開始――代替品、クリーナーキング、個体名未定を製造――』
機械類に備え付けられた色とりどりのランプが灯る。それまで止まっていた機械類が静かに動き出す。
金属を元に部品を加工し、運び、組み立てる。誰もいない部屋の中、無数の機械が一斉に動作を始めるその様は酷く不気味だった。
機械類の中でも最も目立つのは、部屋の中央に設置された巨大なガラス筒だ。
大きさは二メートル超。無数の透明なパイプが繋がり、四方に設置されたライトは断続的に液体に満たしたその内部を照らしていた。
ふと透明なパイプに色とりどりの液体――特殊な工程を経て液化した金属が通る。パイプを通り抜けた金属はガラス筒の中で渦巻き、特殊な波長の光を当てられる。
かつて、魔導機械の製造は《機械魔導師》の特権だった。自立する魔導機械の根本である心臓――コアの作成をスキルなしで行うのが不可能だったのだ。
だが、技術は進歩する。魔導師達の欲望に果てはない。
マザー・システム。魔導機械が魔導機械を生む、画期的な機能。
低等級のコアを量産し、魔導機械を、材料が続く限り完全自動で製造する事を可能にしたこの機能は魔導機械技術の根本を変えたと言われている。
渦巻く液体が光を受けゆっくりと変形する。
魔導機械の心臓であり、頭脳でもある、魔導科学技術の結晶――特殊スキルにより製造された擬似的な魂、魔導コアに。
各機械類が生み出した部品をアームが指示通りに組み立て、魔導コアに接続する。機体が完成するまでにかかった時間は僅か三時間だった。
工場が再び、眠りにつくかのように停止する。
生み出されたのは、一般個体よりも二まわり程大きな、体長四メートル程の蚯蚓型の魔導機械――クリーナーだった。
コアから生み出されたエネルギーがその機体に行き渡り、無数の目がゆっくりと開く。
――それは、この地の神として生み出され、設置された魔導機械だった。
全ての魔導機械はここから生まれ、ここに還る。世界を滞りなく回すために生み出されたセーフティにして、根幹。
重たげに出来たばかりの頭をあげ、周囲を見渡すクリーナーキングが、ふとびくりと身体を震わせ、一瞬停止する。
そして、やがて納得したように頷くと、のそのそと身体を動かし、たった一つ存在する出口から出ていった。
己があるべき場所――【黒鉄の迷宮】に向かうために。
§ § §
主のいなくなった黒鉄の墓標を脱出する。行きではあれほど現れたクリーナーだが、帰路ではほとんどでなかった。
やはり、あれらの大量のクリーナーはワードナーが呼び寄せたものだったのだろう。全滅させられたとは思っていないが、上位個体がいなければうまく行動できないと見える。
ダンジョンから飛び出し、風の船はぐんぐん高度をあげていく。地上が豆粒程の大きさになったところで、ようやく緊張を解いた様子で、トネール達が言った。
「はぁ…………まったく、死ぬかと思ったよ」
「まさかあんな大きな、言葉を話す怪物が出るなんて」
「………………スレイブを呼び寄せる方法があるなら事前に言うべき」
「全員無事だったからいいが、二度と体験したくないな」
どうやら精根尽き果てたようだ。死地での経験は例え身体は無傷でも大きく精神を消耗させる。
言葉ではこちらを責めずとも、恨みがましげな目つきで見てくるスイ達にアリスがつんとした表情で言った。
「御主人様は私を呼び出すつもりはなかった。貴方達が不甲斐ないせいで呼び出す事になった。私は――貴方達のせいで御主人様が負傷した事を、忘れてはいない」
「……!?」
霊体種は魂で構成された肉体を持つ種族。いわば精神体である彼女たちの感情は生命種よりも直接的に相手に伝わる。
その眼差しは透明で、語気も強くなかったが、その声には寒気がするような殺意が込められていた。
それらを敏感に感じ取ったのか、トネール達が一瞬身を強張らせる。僕は後ろからアリスの頭を割と強めにがしがし撫でた。
「…………御主人様、酷い」
言葉とは裏腹に、その声から殺意が消える。僕の方からは表情が見えていないが、セイルさん達がぎょっとしたようにアリスの顔を見る。
僕が無茶をするのは昔からの事。そして、憑依による転移は完全にアリスの任意で行われるから、あのピンチにアリスが転移してこなかったのは彼女自身の選択なのだ。少なくとも、セイルさん達に一切の非はない。
だが、まぁ、転移を我慢したのは負担にはなっているはずだ。余裕が出来たらケアはしないと――。
「今回は本当に助かったよ。アリスをさっさと呼び出さなかったのは、舐めていたわけじゃない。彼女にはどうしても手が離せない任務があって――呼び出さずに済んだならそれに越したことはなかった」
まだ少し早いが、セイルさん達の顔を順番に見て、礼を言う。
最後まで戦い抜く事はできなかったものの、彼のパーティは間違いなくいいパーティだった。
「それはよかった。だが、一つ聞きたい。その任務ってのは――フィル、君自身の命よりも重要なものだったのかい?」
「そーそー、私を庇ったのだって――一歩間違えたら死んでたんだよ? お兄さん、わかってるの?」
ブリュムが肩を竦め、じとっとした目で見る。
身を震わせるアリスを首筋をすりすり撫でて黙らせる。僕はその言葉に躊躇なく首を縦に振った。
「もちろんだよ。ブリュム、僕は確かに弱いけどこれでも――探求者なんだ。命を賭ける覚悟くらいとっくに出来てる」
その覚悟の強さはもしかしたら彼らよりずっと上かもしれない。最弱種族である僕にとっては、あらゆる魔物が強大な敵になり得るのだから。
目と目が合う。数秒で、ブリュムが降参した。
「……まったく、探求者に大切なのは勇気っていうけど、お兄さんはそういう意味では間違いなくSSS等級だね」
「…………無謀と勇気は違う」
スイが即座に反論する。どうやら彼女も無口だが、なかなか心配性らしい。そして、事ある毎に頭を撫でたかいがあってか、心理的距離もそれなりに縮まったようだ。
もちろん、僕ももう(というより、最初からだけど)彼女達を大好きになっていた。魔力はあげられないけど、うちの子になる?
と、そこで唯一まだこちらに一線を引いていそうなセイルさんが話を変えた。
「とにかく、依頼は達成という事でいいのかな? 残念ながら最後まで守り切る事はできなかったから、判断をギルドに委ねるというのならば受け入れるが――」
本来、護衛依頼で対象を危険に晒すなどもってのほかだ。そして、もしも十分に探求者が義務を果たせなかったとギルドが判断した場合、報酬の減額などが行われる。
だが、今回の目的である探索は十分果たせたし、そもそも危険に自らつっこんでいったのは僕だ。
依頼達成とするに不満はない。セイルさんが不安にならないように、満面の笑みを浮かべて言う。
「もちろんだよ。なんならリピーターになるよ、マイフレンド」
「…………やめてくれ。こんな依頼何度も出されちゃ、命が何個あっても足りない」
どうやら今回の展開はお気に召さなかったらしいな……まぁ、リーダーとして一番精神的な負担があっただろうし、仕方ないか。
「うっわ。セイルさんのこんな表情見るの初めて」
「お兄さん、少し反省したほうがいいよ」
ブリュムとトネールがしかめっ面を作るセイルさんを気の毒そうに見て、僕をつつく。
――そこで、僕は真下の不自然な光景に気づき、船の縁から大きく身を乗り出した。
目を最大まで見開き、地面を凝視する。
「これは…………」
「うわ、何あれ!?」
トネール達も目を見開き下を見る。遥か真下、荒野を無数の魔導機械が隊列をなして駆けていた。
その数、数十以上。高度をあげているので音は聞こえないが、もう少し近づけば地響きが聞こえる事だろう。
豆粒のようにしか見えないが――セイルさんが真剣な声で言う。
「モデルアント――あの方角は――【機蟲の陣容】、モデルアントの巣か!」
「セイルさん、飛行タイプもいる! 近づいては――来ないみたいだけど」
それはまさに、行軍と呼ぶに相応しい光景だった。
モデルアントは確かに群れを成す魔導機械だが、ここまで沢山の個体が隊列を作る習性があるという話はなかった。
唯一の例外は――ランドさん達、《明けの戦鎚》がキングアントを討伐した時くらいだろう。クランを率いたその討伐作戦では、キングアントは無数の眷属を率いていたと聞いている。
高度を上げているためか、あるいはもっと優先度が高いものがあるのか、モデルアント達はこちらに目もくれていない。
僕は唇を舐めると、モデルアントの隊列が進む方向を見た。
地平線の端まで続く荒れ果てた大地。視力の低い純人では何も見えないが――。
「次は。あそこか」
「…………お兄さん、もしかしてトラブルがあったら首をつっこまないと気がすまないの?」
「御主人様、ご命令いただければ……今すぐにでも」
アリスが静かに寄り添ってくる。先程くしゃくしゃにしたその頭を撫で、髪を整える。
ダンジョンを出てすぐに彼女を元の任務に戻さなかったのは、帰路に何かあるかもしれないと考えたからだ。
物事には順番がある。まだその時ではない。




