第十五話:なんてラッキーな日なんだ
ギルドに於いて、ダンジョンは難易度別に等級が決められている。
【黒鉄の墓標】の等級はC。中堅の探求者でも十分探索できるレベルとされていた。
これは明かりのない地下を進むという事、現れるのがモデル・クリーナーというそこまで強くない個体である事を考慮した値である。
だが、今地面を蠢いている魔導機械の群れは明らかに常軌を逸した数だった。セイルさんが曇った表情で言う。
「この個体数…………どうなっている?」
「空飛べるから大丈夫だけど、飛べなかったらかなりきつかったね」
「ここまで群れるような魔物ではなかったはず」
トネールの言葉に、スイが小さく相槌を打つ。
数とは力だ、たとえ遥かに格下の魔物でも群れになれば手に負えなくなる事は多い。
この地に来て最初に討伐したポーンアントも、群れで行動し仲間を呼ぶ特性により、その強さと比較して種族等級が高くなっていた。
いくらそこまで強くない魔物でもここまで数が増えると手に負えない。加えてあの爆発能力を考えると――。
地上のクリーナーから射出された酸――消化液が、風の船の手前で反れて落ちる。この魔法の船は風を形にしたものだ。船体は風を纏っている、あの程度の速度なら天井付近まで船を上げればまず攻撃は届きはしない。
大きく弧を描いた消化液が雨のように地面のクリーナーに降りかかる。当たり前だがその身体は消化液に耐性のある金属で出来ているらしく、地面を這いずるクリーナー達は液体を浴びて尚元気に這い回っていた。
消化液を全身に浴びたクリーナーは表皮がぬめぬめと光沢をもっており、生物と機械の中間存在のようで非常にグロテスクだった。僕は好き。
僕の手を跳ね除け、隣で身を乗り出していたブリュムがげんなりしたように言う。
「うーん、一体一体倒してたらキリがないね……っていうか、追ってきてるんだけど、お兄さんまさか、恨み買ってる?」
「人気者は辛いな。だが、ポジティブに考えよう。これは歓迎されてるって事だ」
「げー」
このパーティの弱点を一つ述べるとしたらそれは――火を司る種族がいないことだろう。水や風とは異なり、何の工夫もなく広範囲を焼き払える火の魔法は魔術師パーティには必須である。
まぁ、水と火の元素精霊種は犬猿の仲なので、パーティにいないのは別におかしな事ではないが、ここまで相手の数が多いといくら練度が高くても分が悪いのは否めない。
トネールは船の操作があるし、セイルさんには警戒や指揮を取るという大切な役目がある。残るはブリュムとスイだが、そもそも自然を操る元素魔法というのはこういう閉所では本来の威力を発揮できないものだ。魔導機械の天敵である雷属性の魔法を使えればなんとかなるはずなんだけど――。
と、そこでセイルさんが今思い出したように眉を顰め、僕を見た。
「しかし、この調子じゃ地下への階段も埋まっているんじゃないか? 下るには船を下りなくちゃならないし――」
「モデル・クリーナーの縄張りとは聞いていたが、この数は予想外だよ。大歓迎だ!」
「…………ねぇ、なんでお兄さんそんなに嬉しそうなの……?」
それは……嬉しい。こんな光景、なかなか見られるものではないよ? 探求者歴はそこそこある僕でも初めてだ。
歓迎するにしても、ここまでの魔導機械を揃えるのは並大抵の事ではない。いくら戦闘用じゃないなどと言っても、魔導機械というのは高度な技術の結晶なのだ。
全土に散らばっているモデル・クリーナーを集めたのだろうか? もしそうだとするのならばそれは――僕がここに来る前から手を打っていたという事だ。打つ手段を持っていたという事だ。
魔導機械は作らなければ増えない。人気のないダンジョンを根城にしている彼らは余り減らないだろうし、製造するための工場もそこまで規模の大きなものではないはず。
荒野の掃除屋。各地に残る残骸を溶かし荒野を浄化する魔導機械。だが、溶かすなどと言っても、それだけで物が消えるわけがない。
溶かした残骸が、金属が、どこにいったのか――恐らく、ダンジョン近辺に生えている『金属樹』がその答えなのだろう。自然に進化した有機生命体ではない彼らはプログラムされた事しかできないから、全てうまく回るように役割を持たされているのだ。
昂りを抑えダンジョンを見下ろす僕の顔を見て、セイルさんが言う。
「どうやら……撤退する気はないようだな」
「逃げ出そうとしたら追ってこないと思う?」
「…………少し、数を減らす」
大きくため息をつくと、スイが気怠げに立ち上がった。ブリュムもそれに続くように隣に立ち、スイの手を取る。
天井をチラリと確認し、二人の精霊の少女を見る。湿った風が吹き、強い力の発露にその身が仄かに発光した。
それはきっと、まだ人と精霊両者の世界が交わっていなかった頃に人間が想像した精霊の姿そのものだった。
風もないのに、スイとブリュムの髪が浮き上がる。同じ属性を司る者同士、力が循環しているのだ。精霊の司る自然には相克相生の関係があるがそれ以外でも、同じ属性の使い手同士、息を合わせれば少し変わった事もできる。
間違いなくこのパーティの切り札の一つだろう。瞠目し集中する僕の前で、ブリュムが腕を大きく持ち上げると同時に歌うように唱える。
「白き氷霧」
「薄氷の北風」
呪文と同時に、湿った風が吹いた。
船の下、クリーナーとの間の空間が、僅か数秒でどこからともなく発生した濃い霧に完全に遮られる。
そして、撹乱には役に立つが攻撃力のほとんどない乳白色の霧は、続けざまに唱えられたスイの呪文により一瞬で凍りつき、氷の嵐と化した。
合体魔法。複数の術者が協力する事で本来の実力以上の術の行使を可能とするテクニック。だが、並大抵の練度ではこううまくはいかない。
拳大の氷の礫が無数に混じった風が、地面を這い回っていたクリーナーに降りかかる。
誇張なく、ダンジョンが揺れた。広範囲に発生した氷の嵐はたやすくクリーナーの装甲を貫通し、金属製の床に突き刺さる。
相手の攻撃が届かない空中からの一方的な蹂躙。その光景は虐殺と呼ぶに相応しい。
セイルさんが氷嵐の吹き荒れる地上を見下ろし、冷ややかに言う。
「集まってくれてよかった。これだけ倒せばすぐに増援はないだろう」
スイとブリュムの身体がふらつく。長い髪が汗で額に張り付いていた。
最上級の魔法に匹敵する広範囲を薙ぎ払う攻撃魔法。互いに支え合って立っているが、やはり実力以上の魔法は負担になるのだろう。
――だから、それに気づいたのは僕だけだった。
一段広い視点を持つのが僕の仕事だ。だから、僕は皆が下を見る時に上を見る。
真上。ぎりぎり手の届かない場所に存在する天井から、無数の『頭』が出ていた。
気配も音もなく、その醜悪な胴体のほとんどは金属の壁にずっぷりとめり込み、その表皮はぬめぬめと液体で塗れている。
無数の目と目が合う。時間が、思考が一瞬止まる。
――金属壁への潜航。未知の能力。完璧な不意打ち。
出発前に渡された機械銃の事が一瞬思考に過り、しかし僕はとっさに着ていた外套を脱ぎ捨て間に挟んだ。
「上だッ!」
行動が間に合ったのは相手も判断に一瞬迷ったからだ。
船の上。同じくらい無防備な相手。船を作ったトネール、リーダーのセイル、協力する事で仲間たちを虐殺するだけの力を見せたブリュムとスイ、その誰もが優先度が高かった。だから、迷った。
無数の消化液の弾丸が脱ぎ捨てた外套を薙ぎ払い、クリーナー達が壁から離れ船に降ってくる。僕は一番近い、疲労でふらつくブリュムとスイを突き飛ばした。
冷たい感触が肉体を貫き、激痛に視界が霞む。だが大丈夫だ。死にはしない。死にはしない、はずだ。
「おにいさッ――」
「触れ、る、な!」
かの消化液が精霊種にとってどれだけの影響を及ぼすかわからない。だが、余りいい結果にはならないだろう。クリーナーの設計者はしっかりと精霊種対策も行っているはずだ。
傷口が焼ける。神経が溶かされるような激痛が身体の広範囲に広がり、視界が明滅する。
だが、こぼれた血と痛みを、新たに発生した熱が覆い尽くした。先程使ったポーションの効果がまだ少し残っているのだ。
稼げた隙は数瞬だった。だが、数瞬で十分だった。
鈴の音を鳴らしたような金属音。突き飛ばしたブリュムとスイが態勢を整え呪文を唱える。肉体を押しつぶしていた重みが、目前まで迫っていた生え揃った牙が横から放たれた水の矢に貫かれ吹き飛ばされる。他のクリーナー達も、セイルさんとトネールにより船から落とされる。
仰向けに転がると、ブリュムが駆け寄り抱き起こしてくれた。
「お兄さん、大丈夫!? 大丈夫!? 無茶、しすぎ――」
「いきてるからへいき」
「平気じゃないよ! もうッ! 護衛される側の自覚、ある!?」
「あんまり」
おいおい、人とは異なる精神構造を持つ元素精霊種に抱きしめられる機会なんてほとんどないぜ。ついでに、涙ぐむ彼らを見る機会もほとんどない。今日はなんてラッキーな日なんだ。
遠慮なく身体を預ける。背中に感じる人間より少しだけ冷たい体温や柔らかい感触に意識を集中していると、トネールとスイが駆け寄ってくる。セイルさんは天井を見上げ警戒していた。なんで君たちはどちらかしか見ないんだ……。
ダメージは――大丈夫だ。問題ない。問題なのはブリュム達が僕に集中しすぎている点だ。抱き止められる喜びに浸っている場合ではない。
震える手で鞄からアンプルがセットされた注射器を取り出し、ブリュムの近くに置く。
「!? な、なにこれ?」
「魔力回復薬。スイの分も」
「…………」
スイとブリュムが珍奇な生き物でもみるような目で僕を見て、続いて注射器を見る。
パーティの最高火力が消耗しているのはまずい。同じ手を二度使ってくるとは思わないが、僕の想像が正しければ、クリーナー達にはもっと先があるはずだ。
「お兄さん、まさかこんな目に遭ってもまだ先に進むつもり――いや、いい! 何も言わなくていいよ! わかったよ、付き合うよ。借りが出来たし」
ブリュムが注射器を持ち上げ、顔を顰めながら滑らかな二の腕に針を入れる。スイは憮然としたように注射器を握りしめると、勢いよく豪快に自分の太ももに突き立てた。ああ、そんな無体な――僕がやってあげればよかったな。
他に奇襲がないことを確認したセイルさんがどこか申し訳無さそうに僕をちらりと見て言う、
「助かった。まさか上から降ってくるとは……だが、もう同じ手は食わない」
「まったく、一回食らったら十分だ。悪いけど、そこのコート取って」
どうやら落ち着いたらしい。トネールが手を伸ばし、消化液のかかったコートを確認して目を丸くした。
「んー…………ん? あんなに消化液食らったのに破れないって、何で出来てるの、それ? 濡れていないみたいだし」
「黒龍の革」
「!?」
靭やかで強靭であらゆる魔法に耐性を持ち水を弾く、そんなコートだ。衝撃は割と通してしまうので死ぬ時は死ぬのだが、目くらましくらいには使える。長らく使っておらずアリスの倉庫の肥やしになっていたのだが、スレイブが足りないこういう状況ならば役に立つ。やはり備えはあって困ることはないという事だろう。
受け取ったコートを羽織り、ブリュムの差し出してくれた水を口に含ませると、ようやく人心地がつく。僕は額の汗を拭くと、その辺にあったスイの頭に手を乗せて深々とため息をついた。
あれは策だ。地上に目を向けさせ、その隙に天井から襲いかかってくる、そんな策。あの潜航能力、消化液を活用したものだろう。という事は、そろそろクリーナーの新情報も打ち止めのハズである。
初戦は乗り切った。二回目の襲撃は危うかったが、手の内を伏せてるからこそ通じる策だ、二回は使えない。
「となると、そろそろ真打ちの登場か? 残る策は――そうだな、クリーナーを大量に突撃させて自爆させるくらいだろう」
『ご主人様、余り無理はしないで…………アリス、心配』
そんなキャラじゃないだろ、君は。
頭を振り脳内に響く小言を振り払うと、僕は前を見た。




