第八話:友達になろう
各地に存在する冒険者ギルドには地域差がある。風土や住民の種族分布、そして探求者の質。大きな街ならば建物や設備も相応に大きなものになるし、国とべったり癒着している事もあればあからさまに国と敵対している事もある。冒険者ギルドはよく国境のない施設だと言われているが、厳密に言えば(共通するルールは存在するが)それぞれの支部である程度の自治が認められているのだ。
レイブンシティのギルドの場合は、周囲に生息する魔導機械の魔物達の影響を如実に受けていた。魔導機械の素材を元にした設備は文明レベルが高く、集まる探求者のほとんどは有機生命種と無機生命種。併設するショップにも重火器を始めとした武具が所狭しと並んでいる。
広々とした建物内には今も何人もの魔導機械の探求者や、機械部品で作られた武器を装備した面々が屯していた。
レイブンシティに来てしばらく経つ。高等級の探求者の名前は既に頭に叩き込んだし、その他のメンバーについても頻繁にギルドに顔を出すメンバーは知っている。
主に僕は彼らの間では、実力も見た目もへっぽこで何度もギルド職員からアドバイスされても全く変わらなかったアムを更生させた敏腕の《魔物使い》として認識されていた。そして、つい先日アリスが戻ってからはちょこちょこ違う女の子を後ろにつれているヒモ認識に変わりつつある。そして、アムはともかくアリスに対して僕は何もしてあげられないので、半分くらいヒモのようなもので間違いない。
街の探求者が集まる冒険者ギルドの受付ロビーは情報の宝庫だ。僕は昔からロビーでのんびりと腰を下ろし探求者達の様子を見るのが好きだった。
情報を迅速に手に入れるには自分の目で見るのが一番だし、時には思いもよらぬ出会いがある事もある。
「一般的に霊体種は魂持つ有機生命種が多数生息する都市に引き寄せられる傾向にある。元素精霊種は大自然の中でこそ真価が発揮できるし、幻想精霊種は魔導科学など高度に発達した文明とは相容れない。この地は魔物も住民も無機生命種ばかりだから、探求者も自然とそちらに寄る」
恐らくそれは、僕が来る前までにアムが悪目立ちしていた理由の一つでもある。
聞いた話では、彼女は有機生命種に恐れられるのを恐れてこの地に流れ着いて来たらしい。格好の獲物を恐れるとは、アムは本当にこう、なんというか、なかなかレアなやつだ。
僕の言葉に、二人はしばらく不思議そうに目を瞬かせたが、すぐに元気いっぱいに答えた。
「んー、確かに、この街の空気には『穢れ』があるかもね!」
「でも、我慢できないほどじゃあない。むしろお兄さんの方が辛いんじゃないの? 探求者マニアのお兄さん!」
まるで鏡写しのようにそっくりな少年と少女だった。
身に纏った薄水色と薄緑色の長衣に、それと同色の髪。整った、だけど好奇心の強そうな双眸に、華奢な肉体。
見た目は人間年齢で言う十代半ば、性別こそ違うものの、変装すればそっくりになるだろう、大抵の人間は彼らを見れば双子だと断じるに違いない。
だが、双子と言うのは厳密に言うと誤りである。彼らの親は世界そのものであり、彼らがそっくりなのは人間とは違い、そうあるべくして生まれたからだ。
聞いてもいないのに、少年が胸を張ってどこか自信満々に言う。
「その証拠に、僕はこうしてここに在る」
「在る!」
その言葉に、少女が追従した。満足そうだ。
前述した理由で元素精霊種の探求者はこの地にほとんど存在しない。彼らはその数少ない例外だった。
目を見開き、じっと二人を見る。その反応が面白かったのか、双子はくすくすと笑う。
「お兄さん、ここは危ないよ。依頼なのか趣味なのかは知らないけど、一般人が長居するところじゃない。荒っぽい人や観察されるのが嫌いな人もいる」
元素精霊種は生物を魂で見る。そして、弱き者に近寄ってくる性質もある。
カウンターに待ちがいない受付ロビーで一人ぼっちで座っていた僕に近寄ってきたのもそのためだろう。
古今東西、大自然の中で遭難し、精霊に助けられる、あるいは襲われるといった物語は枚挙に暇がない。
もちろん、探求者になるような精霊種は比較的安全である。文化の違いにもある程度慣れているはずだ。
彼らは会話が好きだ。僕は警戒心を抱かせないよう笑みを浮かべ、自信満々に言ってみせた。
「あはは、そうだな。でも僕はこれでも――プロの一般人なんだよ」
「プロの…………プロの、一般人って何?」
「マニアの中のマニア。ファンの中のファン。まだ勉強中だけど、洞察力には自信がある」
好奇心が刺激されたのか、双子の目が丸くなる。
僕は顎に手を当てて眉を顰めると、ゆっくりと落ち着いた声色で言った。
「例えば――君達は『二重群霊』と呼ばれる種族だ。元素精霊種の一種、大自然の子ども、必ず双子で生まれる風と水の双子精霊。片方が水を清め、もう片方が風で宥める。静かな森の奥で生まれ、ほとんど人里に降りてくる事はない」
数少ない例外としては、精霊魔術師という元素精霊種の力を借りる魔術師が使役しているところを見る事があるが、珍しい事には変わりない。
だが、何分特徴的なのでアムの種族を看破するよりよほど楽である。目で見る機会こそないが、元素精霊種の中で特別珍しい種族というわけでもない。
僕の言葉に、精霊種の少年が感心したような声をあげる。
「へぇ…………お兄さん、さすがファンの中のファンだ。まさか僕達の事を知っている人がいるなんて」
「僕の夢は全ての種族と出会い友達か敵になること」
「それは……無理じゃないかなあ。っていうか、敵でもいいの!?」
友になるに越したことはないが、簡単にはいかないのが現実というもの。
二人の双眸は透き通るように透明で不思議な輝きを持っていた。姿勢を正し、目と目をあわせ、注目をこちらに引き寄せる。
かつて僕の友達はカリスマとは引力だと言っていた。
目と目をあわせ、声質と声量をコントロールし、大仰な動作で言葉で翻弄する。僕はその言葉が完全に正しいとは思わないが、参考になるところもある。
「たとえば、他にわかる事もある。君達は依頼を受けにやってきた。それも、リーダーだけが別室に呼び出されるような特別な依頼だ」
「……お兄さん、まさか私達がここにやってきた時から私達を見ていたの?」
「普段はわざわざ依頼を受領する必要のない恒常の採取依頼ばかりやっている。ギルドにやってくるのは久しぶりだ。違うかい?」
「…………まさかお兄さん、ここにいつもいるの? いつから?」
最初は感心したように目を見開いていた二人の表情に徐々に呆れが混じり始める。どうやら彼女たちの中で僕は仕事もやらず昼間からギルドで探求者を観察しているダメ一般人のように見えているらしい。
探求者がするような装備を一切していないのもあるのだろう。だが、ギャップは大きければ大きい程いいのだ。
そこで、僕は手をぱんと叩き視線を集めると、とっておきのネタを披露した。
「そして、僕程のプロになると、こんな事もわかる。水の君の名前が…………ブリュム。そっちの風の君の名前が…………トネールだ。違う?」
「え!?」
二人の目が、種族を当てた時よりも大きく見開かれる。顔を見合わせる二人は傍目から見ると本当にそっくりだ。
髪色と服の色が違うので間違える心配はないが(僕は髪と服の色が仮に一緒でも間違えないけど)、なんだかその様子を眺めていると微笑ましい気分になってくる。
ブリュムとトネールは頻りに目を瞬かせ、周囲をキョロキョロと確認すると、歌うような声ですり合わせを始めた。
「僕達の命名に一貫性はないし、ただの勘で当てるのは多分無理」
「ネームプレートもつけていないし、互いに名前を呼んでもいない。お兄さんに声をかけたのは私達から」
「僕達は高等級探求者でもなければ有名というわけでもない」
「魔法やスキルが発動した気配もない」
「知り合いも多くないよ」
「そもそも、私達はあまりギルドに来ないし」
二人は同時にこちらを見ると、訝しげな表情で言った。
「…………お兄さん、なんか特殊なクラスでも持ってるの?」
「持っていないよ」
どうやら人間慣れしていないな。
天真爛漫で好奇心旺盛な元素精霊種は育てるのがとても楽しい種だと言われている。魔力量の低い者がつくことが多い《魔物使い》で元素精霊種と契約を交わせるような者はほとんどいないが、幸運にもそれが成ったのならば、アムを調整した時とはまた異なるベクトルの喜びがあった事だろう。
「なら、どうしてわかったの?」
「ただの洞察力や観察でわかる問題?」
「お兄さん、僕達の事、興味深げに見ていたよね?」
「どこかに書いてあった? もしかして名前、うっかり呼んでたりする?」
「どうやったの?」
「ねぇ、どうやったの?」
ブリュムとトネールが周りをくるくる回りながら問いかけてくる。精霊種は寿命が存在しないので、年齢を重ねていても精神年齢が幼い事が多い。
しかしこうしてくるくる回られると、まるで懐かれているみたいだ。
今の僕はもしかしたら、外から見ると精霊魔術師に見えるのでは?
「どうやったの?」
「どうやったの?」
た…………楽しい。
にこにこしながら黙っていると、それをどう判斷したのか前後左右から頻りに話しかけてくる。
群霊である『二重群霊』はそれぞれ異なる力を司りながらも、調和している。彼らの使う歌うような呪文は重なる事でさらなる大きな現象を起こすのだ。
今回はただの問いかけなので全く関係ないのだが、耳触りのいい二種類の声は重なる事で不思議な心地よさを実現しており、力の一端が見えたようで、とてもお得な気分になる。
だが、どうやら遊びはここまでのようだ。
「…………」
「!? な、何やってるんだ、ブリュム、トネール!」
カウンターの方から、金髪碧眼、尖った特徴的な耳輪を持つ優男が近づいてきた。
ぴんと延びた背筋。整った双眸は眉目秀麗という単語がしっくりくる。装備は他の探求者と比べて最低限で、鎧もシルエットが変わらない程度にスマートでとても前衛には見えないがその腰には一振りの剣を帯びていた。
近くには仏頂面の魔術師風の装備をした長い髪の女の子を伴っている。
くるくる回っていたトネールとブリュムがぴたりと停止する。
重い腰を上げて立ち上がる僕に、金髪の優男――トネール達のパーティのリーダーが近づいてくる。
「うちの者がご迷惑を…………すみません。いつもはこんな事はしないのですが」
「いやいや、全然迷惑なんかでは、セイルさん。むしろもっとやってもいいくらいだ」
やはり元素精霊種はいい。見ているだけでも癒やされる。
心の底から出た言葉に、セイルさんがぴくりと眉を動かす。トネールとブリュムが目を見開き、僕を見る。
「…………失礼。どこかでお会いしましたか?」
数秒の沈黙の後、困惑を隠しきれない様子で僕を見るセイルさんに、僕は笑顔のまま首を横に振ると、手を差し出した。
「いえ。初めまして。この度、依頼を発注したフィル・ガーデンです。よろしくお願いします」
§
「詐欺だ! 依頼人だなんて、ずるいよ!」
「お兄さん、大人げない! 洞察力に自信があるって何さ!」
「あはははは、依頼人じゃないなんて言ってないし、賭けは僕の勝ちだ」
「賭け!? 賭けなんてしてないよ!」
騒がしい二人を笑顔で受け流す。だが、目的は達した。
クライアントや依頼した探求者と良好な関係を築くスキルは高みに登る上で必須である。探求者には敵も多いし、精霊種は排他的な傾向も強いから小細工が必要になってくる。
そして、パーティとは深い絆で結びついているものだ。パーティメンバーの心象さえどうにかすればそこを足がかりに良好な関係を築く事もできる。
きゃーきゃー言いながらくるくる回る二人に、パーティリーダー、セイル・ガードンが目を丸くしていた。
「いくらなんでも見た目から人の名前をピタリと当てるのは無理だ」
「お兄さんがそれを言うの!?」
どうやら二人の琴線には触れたようだ。無機生命種は総じて生真面目である事が多いから、こういうやり取りに飢えていたのかもしれない。
僕も大好きだ。うちの子になる?
そこで、セイルさんがその透明感のある双眸でじっと僕の顔を見て、大きく頷いた。まるで自分を納得させるように。
「…………なるほど。貴方が例の――だが、まだ我々は依頼を受けると決めたわけではありません」
「報酬は適正だ。依頼内容についても――まぁ、ポピュラーなダンジョン探索だ。問題ないだろう」
小夜さんに頼んで発注した依頼は近辺に存在するダンジョンの探索である。探求者というのは概ね自分の所属するパーティで行動するが、手数が足りない時に他の探求者に助力を求める事はままある。
当然、報酬は発注側が支払わねばならないが、利益を求めていない場合はこの制度も役に立つ。幸いお金はアリスが戻ったことで中級クラスの探求者ならば十分に雇える額が手元にあった(通貨の単位は違うがギルドでは両替もやっている)。
ギルド斡旋の仕事は個人間の交渉での仕事と違って前払いなので取り逸れる心配はない。相手の立場を考え有利な条件を積み上げた。
だが、セイルさんの表情はぴくりとも変わらなかった。
「確かに……ですが、私にはこの街で最高であるSSS等級探求者が私達のような者に依頼を発注する理由がわからないのです。私達は魔導師です。ですが特殊技能などは持っていません。特に、この街で私達の力は大きく制限されています」
「!? はぁぁぁ!? お兄さん、SSS等級なの!? 嘘でしょ!?」
「本当。…………彼が本当に依頼人なら」
それまで黙っていた波打つような質感を持った透き通るような美しい髪を持った少女がぼそりと呟く。
こういう視線には慣れていた。王国でもランクが上がるまではずっと見くびられていたし、見くびられていた方が有利に働く事もある。今回はその手は使わないが――。
「私はパーティリーダーとして、確認する義務がある。どうして貴方が『元素精霊種』などという種族指定で依頼を発注したのかと、何をさせるつもりなのか、を」
セイルさんの髪が風もないのに僅かに持ち上がる。全身に循環する強力な魔力が現実世界に影響を及ぼしているのだ。
精霊種は浮世離れしているものだが、その表情からは彼がきちんと考えて探求者をやっている事がわかった。
「まるで人間みたいな事を言う」
「そうならざるを得なかった。何も知らずに人里で活動するのは無理だ」
自然の化身である元素精霊種と文明社会との関わりは異質である。
古くは彼らは神と同一視されていた。文明が成熟するにつれ、魔術師が使役するようになり、ついには彼らは人里にて独立した一個体としての権利を持つに至った。
人の間で語り継がれた物語を根底に発生するのが幻想精霊種ならば、彼らはこの星そのものである。
星の力をその根源とする元素精霊種は他種と比べて強い力を持つことが多い。だが、ただ強いだけならば契約魔法で縛るなどやりようはいくらでもある。
セイルさんも恐らく、人間社会で活躍する上で精霊種特有の純粋さを捨て用心深さを身に着けたのだろう。そして、彼が元素精霊種のパーティメンバーを集めているのも恐らく偶然ではあるまい。好奇心の強そうなトネールやブリュムなんか、適当に放り出せばあっという間に騙されそうだ。
僕は少しだけ考え、セイルさんの目を真っ直ぐに見て言った。
精霊種は魂を見る目を持っているが、表情や仕草に全く気を払っていないわけではない。
「君たち、精霊種が大好きだからだよ。それに、この依頼は精霊種が最適だ」
「!? ……最……適…………?」
「精霊種は魔導機械に対して有利不利がない。君たちは魔導機械系の武器を扱わないし、防具を身に纏わない。加えて、この地に精霊種はほとんど存在しないとなれば――君たちは信頼できる」
「何を言ってるのか、全然わからないんだけど……頭大丈夫? お兄さん」
探求者というのは敵も味方も多い。人を見る目はあるつもりだ。
この地には低等級種族でも手っ取り早く威力を発揮出来る魔導機械系の武器が比較的低コストで蔓延している。それらの武器は地力の低い探求者にとって救世主だが、リスクもある。
魔導機械系の武器は誰が使ってもほぼほぼ威力が変わらないが、それはつまり使用者の能力が反映されないという事であり(ランドさんやガルドがそれら武器を使っていなかったのもそのためだろう)――おまけに相手が同じ魔導機械だった場合、制御を乗っ取られる可能性もある。まぁ、さすがに対策くらい取られているだろうが、そんな武器をメインウェポンにしているこの地のほとんどの探求者は余り信用できない。
無機生命種の探求者の力を借りるのは論外だ。彼らは誠実な人柄で理由がない限り命令をよく聞くが、それは理由があれば裏切る事を示している。
その点、元素精霊種は種族スキルを主に使う者がほとんどだし、敵に取り込まれる心配もまずない。
この地の環境と彼ら精霊種は完全に切り離されている。故に、信用できる。彼らを味方につけようと考える者はこの地にはほとんどいないのだ。その証拠に、ギルドからの呼び出しに彼らは迅速に対応した。
「安心して欲しい。SSS等級探求者に脛に傷持つものはいないよ、僕は低等級種族だし、替えの効かない特別で有用なスキルも持っていない。それらの加点を受けずに僕がSSS等級に至ったのが社会に誠実であった証だ」
「…………見ず知らずの者の言葉を信じろ、と?」
隠しきれない不審をにじませるセイルさんに、僕は立ち上がり笑みを浮かべて宣言した。
「そうだ、僕を信じろ。そして、友達になろう」
飾り気のない単刀直入な言葉に、セイルさんの目が丸くなる。これは――経験あるまい。昔から軽薄だと言われたが、友とは財産である。
僕の最も信頼できる仲間は『彼女達』で間違いないが、それでも彼らの助けなくして僕はここまで来れなかった。
「ちなみに、一人で挑まなかったのは、スレイブがいないからだよ。他の仕事を任せていてね」




