第六話:僕は――『コンパス』です
僕が蓄積したノウハウを使いアムを短期間で立ち直らせたように、栄光の積み方にはコツがある。
探求者は一般的に粗野な人間が多いとされているが、この世界は力のみで成り立っているわけではない。その原則は等級に比例するように顕著になっていき、A等級以上にもなると粗野に見える者でも暴力以外の技能を持っている。
僕はこれまで、艱難辛苦を小手先の技術で乗り越えてきた。最初の僕は弱く知識もなく経験もなかったし、アシュリーとて最初から常識外の力を持っていたわけではない。
新たな街を拠点に活動をする際にまず第一にすべきことは、その都市を掌握することだ。都市とその周辺の地形、生息する魔物やダンジョンの分布。名産や住民の種族構成に――権力構造。
もちろん、その土地の実力者はコネもなく唐突にやってきた探求者に会ったりはしないが、SSS等級にもなると話は別だ。
等級とは信用である。最上級であるL等級の一歩手前ともなると、大抵の人は会って話を聞いてくれる。市長だろうが領主だろうが、その街のギルドのトップだろうが――場合によっては王族との面会だって叶う。
恐らく、これはギルドが設定する等級制度の適切な使い方だ。高難度依頼の達成は度々力だけではどうにもならない柵が発生するから、等級はそれらを突破して円滑に目的を達成するために与えられた武器なのだろう。
小夜さんへの依頼発注を終え、空いた時間に僕が向かったのはレイブンシティの市長の屋敷だった。長くその街で活動するならば真っ先に顔を出さねばならない場所である。
市長の屋敷はどこかこじんまりとした建物だった。事前に調べていなかったら、気づかず通り過ぎていただろう。
門の前では機械人形の警備兵が守っていた。役割を忠実に果たすことにかけては機械人形は他の種族よりも遥かに優秀だ。
相手を威圧しているような強面の警備兵に話しかけ、身分証明書を示して通してもらう。
案内役として出てきたのは無機生命種ではなかった。アリスの着ていたものよりシンプルなメイド服。黒い髪に猫の耳と尻尾を持った女の子だ。
獣の一部を身体的特徴として有する種で最もポピュラーなのは有機生命種の、大雑把に言うところの獣人種だが、恐らくこの子は別種だろう。纏っている空気が違う。有機生命種じゃない。
種族はなんだろうか? そんな事を考えながら応接室に案内される。
そこで待っていたのは――でっぷりと貫禄あるお腹をした男だった。
頭頂に生えた耳に豚に酷似した鼻。一見肥えた肉体に、焦げ茶色の体皮。余り知識がない人でも、その外見的特徴からこの眼の前の人物が最も有名な有機生命種の一つ――オーク種だという事がわかるだろう。
オークは屈強な肉体と強い食欲、性欲で知られる有機生命種の一つである。一見ただ肥えているように見える肉体も筋肉の塊であり、単純な肉体性能で言うのならば有機生命種の中でも上の方に当たる。
反面、一般的に理性よりも本能を優先する事でも知られており、事実オークに類する者のほとんどは魔物認定されている。高い知性と本能を抑え込む程の理性を持った者も、大抵の場合差別的な視線で見られてしまう可哀想な種でもあった。まぁ、オークって男は皆殺しにするし女をさらって犯すからな……。
オークが市長や領主など社会で高い立場にあるというのは本当に稀有な例である。とにかく彼らにはダーティなイメージがつきまとっているのだ。僕も、事前に情報がなかったら目を見開くくらいしていたかもしれない。
僕は諸事情があり反吐が出る程オークが嫌いだが、この人のように理性的なオークは例外だ。
むしろ窮屈だろうに、本能をねじ伏せ地位を得るまでに精進し、こうして市長にまで成り上がったというのは好ましくすらある。
バルディ・バルディ。それが、レイブンシティの名目上のトップであるオークの男の名前だった。
顔つき、体つきはオークでも彼はれっきとした知識人であり、その佇まいは洗練されていた。案内された部屋も貴族の屋敷のように装飾さえ無いものの清潔に保たれており、彼の人柄が知れる。出された紅茶とケーキの食器もアンティーク調で、高くはないが上品なものだ。
いや、恐らくそれらは、彼の戦略なのだろう。人間社会で最初からハンデのあるオーク種だからこそ、悪いイメージを真っ先に払拭しなくてはならない。
自己紹介も早々に、SSS等級探求者の身分証明書であるギルドカードを確認し、バルディさんが小さく感嘆のため息をつく。
「まさかSSS等級の探求者がこんな辺境の街にやってくるとは…………驚きましたな。しかもわざわざ私のような者の家までやってくるとは――しかも、突然」
「本来ならば街に長居はしないつもりでした。だが、そうも言っていられなくなった。少し借りが――できまして」
バルディさんが目を細め、僕の全身を観察する。
種族としての純人はオークにとってただの餌だ。いくら正式な証明書があっても、視線に疑問が交じるのは仕方ない事だろう。弱い種族でもSSS等級になれるといっても、それが極稀な事には変わりない。
身の丈二メートルは超えるだろう見上げるような巨体。だが、体重は倍では利くまい。まっすぐ見上げる僕に、バルディさんはふむ、と頷いた。
「なるほど…………自信家だ。只者ではない。私を見て驚かない者も、久しぶりです。都会には私のような市長が?」
「いや、僕が驚かなかったのは事前に貴方の話を聞いていたからです。そして、是非会いたいと思った。だから来ました。僕と貴方はきっといい友になれる。同じ――種族的弱者として」
もちろん、良い友になれようがなるまいが来るつもりではあった。だが、オークが市長に成り上がるのはもしかしたら純人がSSS等級探求者となる以上に難しい。きっと彼の経験は僕の今後の助けになるし、僕もまた彼の人生で役に立つだろう。
僕の言葉にバルディさんが目を見開く。
「なんと……友になろうとは、驚いた。私も随分長く生きてきた、近寄って来る者も何人もいたが、そのような事を言われるのは――初めてだ」
「それは見る目がない。ちなみに、友人になろうと誰かに言ったことは?」
「…………耳の痛い事を仰る。ちなみに、不躾かもしれませんが、友になろうとは、《魔物使い》としての言葉ですかな?」
名前は言ったが、《魔物使い》である事はまだ言っていない。どうやら、彼は僕の事を知っていたようだ。
SSS等級探求者というのは極僅かだし、ギルドから連絡がいっていたのだろう。そしてやはり、市長になるまで苦労したのだろうな。
バルディさんの険しい視線に、肩を竦めて答える。
「魔物としてのオークに興味はありません。そちらの研究は何年も前に終えている、今更だ。オークに殺された友も何人もいるし、僕もまた数え切れないくらいばらばらにして調べた。でも、それは僕たちの話じゃない。今は種族的な確執は置いておきましょう」
英雄譚などで雑魚扱いされるオークは実は屈強な種族であり、初級探求者の最も多い死因の一つでもあった。レイブンシティ近辺には生息してないけど。
だが、個人的な好感や種族的確執などどうでもいいのだ。僕はバルディさんに興味を持ち、友になりたいと思い、そして尚且それが『必要』だった。
嫌味を受けたり軽く警戒されただけで引いていたら探求者などやっていられないし、アリスをスレイブにできなかった。
僕の言葉に、バルディさんが腕を組み、どこか愛嬌のある笑みを浮かべ、頷く。
「なるほど…………面白い御仁だ。マクネス君が久々に連絡を送ってきた理由もわかる。よろしい、今から私と貴方は友だ。だが、友になったとしても――私にできることなど何もありませんぞ?」
何もできないという事はないだろう。法律にもあるが、市長が何の権限も持っていないなんてありえない。
そして何より、彼が本当に自分が何もできないなどと考えているのだとしたらそれはとても哀しい事だ。
黙っている僕に、市長に任命されるほど卓越したオークは続ける。
「何しろ、ここは他の街との交流もほとんどない辺境だ。私に求められるのも細々とした政務のみでね――ここにいるのは半分くらい左遷のようなものだ」
左遷で市長になれるのか…………この国は。
愚痴を言う相手もいなかったのか、バルディさんの言葉は止まらない。
「何しろ、この街は魔導機械で成り立っている。私の部下もほとんどが機械人形だ。攻めてくるような他国はいないし、開拓の余地もない。魔物については優秀な機械魔術師が対応している。お陰様で、楽をさせて貰っているよ」
「やりがいはない、と」
「ふん…………それは贅沢と言うものだ」
バルディさんが鼻息荒く答える。
どうやらこの人、働き者だな。能力があり、経験もあり、問題がないのにこんなところに送り出されてきた。恐らくは――種族のせいで。
周囲を強力な魔導機械に囲まれた過酷な地だ。恐らく、国からも重要視されていないのだろう。
というか、常識的に考えたら魔導機械の生息域にこんな街が出来上がるなど本来ありえない事である。死の恐怖がない魔導機械の縄張りを切り開くのは有機生命種の魔物を追い払うよりもずっと大変だったに違いない。
政務をしようにも住民のほとんどが魔導機械ではやりがいもあるまい。彼らは法を破ったりしないし、食事も排泄も必要ない。自然と設備もいらなくなり、国の仕事は少なくなる。
バルディさんが機械魔術師ならばまだやれることもあっただろうが、オーク種は魔術師の適性が非常に低い。
「友として言わせて貰うが、フィル・ガーデン。何かをなそうというのならば君は――私よりギルドと話をするべきだ。そちらの方が手っ取り早いし、色々な事ができる。必要ならばギルドマスターを紹介しよう」
「この街はギルドの方が強いんですか?」
既にわかっている事を尋ねる僕に、バルディさんが嫌そうに顔を顰めて答えた。
「国とギルドは協力関係にある。強い弱いといった事はないが――まぁ、そうだな。何しろ、歴史からして、この街は彼らの力を借りて何とか存続しているようなものだ。こういった魔境ではありがちな話だがね」
探求者ギルドは既に世界に根付いており大きな権力を持っているが国営の組織ではない。
そして、国とギルドの力関係はその国によって異なる。ギルドが探求者という大きな戦力を有している以上、その力関係は危険地帯であればあるほど、ギルドに傾いていく。
レイブンシティ近辺は設立当時から魔境であり、ギルドの力を借りながらどうにか運営してきたらしい。今はそれなりに発展しているように見えるが、その頃の力関係がまだ残っているのだろう。
まぁ、ここまでは街の歴史を調べていた時点でわかっていた事である。今日の新情報は、バルディさんが左遷でこの街に来ていたことと、バルディさんが可愛い猫耳の女の子を雇っている事くらいだ。
そこで、満を持して僕は尋ねた。
「何か僕にできることはありますか?」
「ふむ……君に何ができるんだ? 聞いたところ君は――ブレインとして従者を操り数多の高難度任務をこなしてきたらしいが」
何ができるか、だって? 何でも出来るに決まっている。もちろん、失敗することはあるが――。
そして、バルディさんは一つ間違えている。
「貴方が望むことならば何でも。そして、僕はブレインじゃありません。僕は――『コンパス』です」
もちろん考えることはするが、僕が最終的にするのは決定だけだ。だから、僕の可愛いスレイブ達は僕の命令に一切の疑問を抱かなかった。
たとえ僕の決定が間違えていても――彼女たちにとって僕の指す方向は絶対に正しく、故に僕は常に正しくあるべく心がけねばならなかった。
僕の言葉に、バルディさんが目を瞬かせる。ゆっくり咀嚼するように頷くと、
「……コンパス、か。面白い。フィルは市長向きだな。だが、あいにく君が力になれるような事はないな。逆に、私が力になれる事はあるのかね?」
「市長向きでなんかありませんよ。僕は公共の利益のために動けない」
だから、探求者になったのだ。今回動くのも友のためであり、借りのためであり、最終的には自分のためである。
どうやら何とか悪印象は与えずに済んだようだ。僕は笑みを浮かべると、新たな友の真紅の瞳を見つめて言った。
「一筆書いて頂きたい。そして、もし、できるなら――ここまで案内してくれた猫耳の女の子の事を教えて下さい」
2/27発売の拙著『嘆きの亡霊は引退したい』六巻の紙版に天才最弱魔物使いコラボSSが同封されています!
フィル・ガーデンが至極真面目にめちゃくちゃやる話になっておりますので、興味がある方はよろしくお願いします!
/槻影
更新告知:@ktsuki_novel(Twitter)
書籍版『天才最弱魔物使いは帰還したい』一巻、発売中です。
Re:しましま先生の美麗なイラストが多数収録、過去話の書き下ろしも入っている他、紙初版と電子版には別作『嘆きの亡霊は引退したい』とのスペシャルコラボSSが同封されています。気になった方は是非宜しくおねがいします!




