第五話:気にはしてるよ
「ごちそうさまでした。とても美味しかったのです……」
食事を終え、エティが複雑そうな表情で言う。
言葉に出してはいないが、彼女は料理ができないタイプなのだろう。
「魔物使いの眷属は機械魔術師の眷属と違って基本的に食事を取るからね。その代わり僕は魔導機械の燃料は作れないから、向き不向きだ」
「それは何の慰めにもなっていないのです」
魔導機械の動力は様々である。太陽光である事もあるし、特殊な燃料を使う事もある。はたまた人と同じように有機物を消化し動力にする事もあれば、魔力を元に動く事もある。
だが、総じて言える事があるとするのならばそれは――魔導機械にとって『味』はあまり関係ない。
「でも、エティは生身なんだからちゃんと食べた方がいい。健康によくないよ。あの冷蔵庫はない。固形食料は探索時向けだ」
「…………………………くっ」
エティが長い沈黙の末、悔しげに唇を結ぶ。まず冷蔵庫に常温保存の固形食料を詰めている時点でナンセンスだ。
機械魔術師のクラススキルには栄養不足をカバーするスキルもあるので、その力でなんとかなっているのだろうが、上級職の能力補正があれば料理など容易かろうに、これは性格と呼ぶべきか。
「ともかく、私は――大規模討伐依頼の準備で今、手が空いていないのです。特別招集組ですから」
大規模討伐依頼は大勢の探求者が参加する高リスク高リターンな高難度依頼だ。
特別招集組というのは、大規模討伐依頼に於いてギルドが外部から呼び出した、依頼解決に高い適性を持つ探求者を指す。
敵の質、周囲の環境次第では人数が役に立たない事もある。その制度は、大規模討伐依頼での全滅を避けるためのシステムだった。
今回発行された大規模討伐依頼はクイーンアント討伐を目的としている。戦場は恐らく、その巣穴になることだろう。事前調査・討伐共に機械魔術師の力はほぼ必須と言える。指揮を取る予定のランド・グローリーは戦闘能力もカリスマもあるが、そういった方面については強くない。
だがそれはともかくとして、なんとか協力してもらいたいものだ。
こちらの都合を押し付けるわけではないが、僕にはこんな所でのろのろしている時間はない。
「ちなみにその依頼、機械魔術師は何人参加するの?」
「恐らく、私だけなのです」
「…………は?」
思わず目を見開き、まじまじとエティを見る。シャワーを浴びて多少顔色は良くなったが、その表情からは隠しきれない疲労が見えた。
機械魔術師は極めて強力なスキルを幾つも持っているが、限界がないわけではない。機械魔術師の術は大量の魔力を消費するし、防御スキルが充実しているだけでスタミナが並外れているわけでもない。
というか、魔導機械相手の大規模討伐依頼でたった一人の機械魔術師しか参加しないなどありえない。いくら優秀でも、人一人のリソースというのは大したことがないのだ。
「もしや、人材不足?」
そんな馬鹿な……魔導機械が住民の多くを占めるこの地で機械魔術師の数が不足するなど普通はありえないだろう。
僕の疑問に、エティが小さくため息をついて答えた。
「戦闘に適した機械魔術師が少ないのです。フィルもご存じだと思いますが、機械魔術師のクラスは戦闘系と開発系スキルツリーの二本に分かれていますから」
「開発系スキルツリー持ちだって戦闘はできるし、この地は機械魔術師の探求者にとってやりやすい土地の筈だ」
職には最低限必要とされるスキルというものがある。僕の得意分野は育成寄りだが強化スキルも使えるし、機械魔術師ならば、開発が専門でも魔導機械相手なら負けなしのはずだ。自分で生み出したスレイブで戦う手だってある。この地で負けるような機械魔術師がいたらそれは相当――センスがない。
エティが首を横に振る。細かい作業に適した細く白い指先にはしかし大いなる力が宿っている。
「フィル、逆なのです。この地での機械魔術師の死傷率は恐らく、フィルが考えているよりもずっと高いのです。私が調べた限りでは、何人もの機械魔術師がこの地で消息を絶っています」
「それは…………何か原因が?」
「さぁ。でももしかしたら……好奇心が強すぎたのかも?」
その顔に浮かんだ笑みとは裏腹にその声は酷く真剣だ。
もともと探求者の起源は未踏の地を切り開く者から来ているらしい。いつしか持ち込まれる依頼は魔物と討伐と素材の採取がほとんどになってしまったが、その名残は残っている。
探求者の死傷率はその他の仕事と比べてかなり高い。好奇心は優秀な探求者となるのに必須の要素であると同時に探求者を殺すものでもある。
だが………………これは、何かあるな。
探求者の死に場所に墓標は立たない。死の原因も不明な事が多い。魔術師の一部は死者と会話できるが、エティが原因不明と言うのならばそれも失敗したのだろう。
僕にわかるのは機械魔術師がその創造物である魔導機械に本当に負けたというのならば、相当なイレギュラーが発生したのだろうという事だけだ。
白夜との約束もあるが、個人的にも興味が惹かれる。少し詳しく調べてみるか。エティ達が負けるとは思えないが……。
「フィル、ここの魔導機械は恐らくフィルが考えているよりもずっと特異なのです。機械魔術師としてそれなりに修行した私から見ても、普通ではない。SSS等級探求者に言うような事ではないかもしれませんが――」
「…………ああ、ありがとう。気をつけるよ」
だが、僕はたとえ好奇心を満たした結果死ぬ羽目になっても悔いはない。探求者になった時から覚悟はしている。実際に死にかけたことだって数知れない。僕はエティよりずっと死に近いのだ。
エティは遠隔操作で記憶装置が消去されていると言った。ならば、遠隔操作で消されない個体を探せばいいだけの事。
絶対にいるはずだ。絶対に消すわけにはいかないデータを持っているはずの存在が。彼らはデータを蓄積し進化している。全個体が死亡時にデータが消されるではいざ何か起こった際に取り返しがつかない。
この地の魔導機械はそれぞれモデルごとに縄張りを持っている。常識的に考えれば、データが消されない個体は遠隔操作でデータを消している側――それぞれの縄張りの最奥に存在するはずの、最も強く最も死にづらいであろうボス個体という事になる。
ボスの住処については大まかだがギルドに情報があった。それぞれの魔導機械の縄張りは本拠点を中心に構築されている。ギルドに蓄積された情報がどこまで正しいかはわからないが、既にアリスに命令した。彼女ならば時間さえあれば問題なく確認できるだろう。
情報や今後の予定を整理し頭の中で並べていく。
持っているもの、これから必要なもの。自分でやらねばならない事に、やらなくていい事。接触しなければならない人物に、探さなければならないもの。タスクの期限と難易度。一月過ごしたとは言え、僕はあまりにもこの地について知らない。
リスクを気にしては何もできない。前に進まねばならない。時には馬鹿になった方がいい事もある。
自己に暗示を掛ける。精神を研ぎ澄ませる。頭の中を鈍い熱が満たし、得体の知れない万能感が全身を駆け抜ける。
「――ル。フィル? 聞いているのですか?」
「……………いや、ごめん。ちょっと集中していた」
それは、一種のルーティーンだった。最弱の種族が戦い抜くには完璧以上のコンディションが必要だ。
自分の肉体を騙してでも、必要な時に必要な力を出す。僕がSSS等級探求者になれた要因の一つは幸運だったが、決して幸運だけで成り上がったわけではない。
僕が指を差し、彼女たちが殺す。指揮官の意志は間違いなくその《命令》に反映される。彼女たちは命を賭けている。ならば僕も命を賭けねばならない。魂を燃やさねばならない。
他人を動かすにはまず自分で動く必要がある。
「……バイタルサインが、大きく乱れているのです。少し身体を休めた方がいいのです」
「いや、問題ないよ。今日は助かった。参考になった。また助けて貰うかも」
「…………まぁ、時間がある時なら…………フィル、貴方、私の警告を全く気にしていませんね?」
「気にはしてるよ。ありがとう、今度はもっといいお土産を持ってくる」
立ち上がり、エティに改めて礼を言う。
方針は立った。さぁ、早速、準備をしなくては――。
「はぁ…………それを気にしていないと、言うのですよ……」
立ち上がる僕に、エティが額を押さえて言った。
§ § §
「まったく、いきなりやってきて――本当に困った人なのです」
フィル・ガーデンを見送り、エトランジュは何度目になるのかもわからないため息をついた。
間違いなくエトランジュがこれまで知り合った中では圧倒的に変人だ。最弱の肉体に、燃焼する魂。その目は強く輝き、その漏らす声には抑えきれない熱があった。
あれは間違いなく早死するタイプだ。そして、何の因果か早死しなかったからこそ、生まれついての機械魔術師であるエトランジュを越える探求者になれた。
恐らく、彼は止めても止まらないだろう。アリスという規格外のスレイブがいる以上、止める理由が思いつかない。できれば死んで欲しくはないが――。
レイブンシティの周辺に広がる魔導機械の縄張りは機械魔術師にとって一見楽園である。機械魔術師のスキルは魔導機械によく通るし、その部品は高額で取引される。魔導機械の研究をやる上でも財を稼ぐ上でも、この地方程好都合な土地はない。
だが、機械魔術師に取って、この地は楽園であると同時に、禁忌として知られていた。
曰く――この地には無機生命種の神が眠る、と。
エトランジュがフィルに話した言葉に嘘はない。この地に立ち入った機械魔術師が何人も消息を断っている。そして、その中にはエトランジュの知り合いも含まれていた。
皆、優秀な術者だった。上級職である機械魔術師に弱者はいない。
だから、エトランジュがやってきた。実際自分の目で神の所在を突き止め、あわよくば倒すために。
ギルドの招集はただのきっかけに過ぎない。
目を細めじっと外を観察していると、その時、暗がりでごとりと音がした。
「マスター、追跡しますか?」
背後からかけられたどこか無機質な声に、エトランジュは瞬き一つせずに返した。
フィルが家に入っている間は物音一つ立てずに潜んでいた、エトランジュ・セントラルドールのスレイブだ。
《魔物使い》があらゆる種のスレイブと契約しその力を借りるように、《機械魔術師》は己の開発した魔導機械を創造主として自在に操る。
機械魔術師が消息不明になったというのならば、どこかに敵がいるはずだった。ミイラ取りがミイラにならないように、備えは万全にしなくてはならない。
エトランジュの見込みでは、フィルは無関係だ。純人という種族の特性を鑑みなくても、フィル・ガーデンはあまりにも弱すぎる。どれほど意志が強くても――あれでは寝込みを襲われても負けはしないし、行動がわかりやすく変わっている。
エトランジュはしばらく沈黙していたが、真剣な声で短く指示を出した。
「行くのです、ドライ。私はしばらく街にいます。彼を見定めてきてください」
§ § §
探求者の組むパーティは前衛と後衛、サポートでバランスよく組む事が推奨されているが、《魔物使い》のスレイブもまた同様の事が言える。
船頭多くして船山に登ると言う。《魔物使い》は指揮系統の関係から通常、パーティを組まない。その代わり、熟達した《魔物使い》とそのスレイブ達はただそれだけで完結するのだ。
僕がアシュリーという唯一無二のスレイブと契約を交わしていたにも関わらず、下したアリス・ナイトウォーカーを新たなスレイブとしたのも、彼女がアシュリーの持たない類の能力――個体としての圧倒的な力を有していたためだ。
ならば、アシュリーの強みは何なのか?
アシュリー・ブラウニーは通常の家事妖精とは一線を画した能力を持っていたが、たった一つ最も大きな強みを述べるとするのならばそれは――人的資源となるだろう。
群霊種。群体型とも呼ばれるが、彼女達は『個』にして『群』である。その力の上昇に比例するように数を増やし、それぞれと言葉によらぬ意思疎通が出来るという特性は、探求者として大成する上で大きなアドバンテージだった。
最初はたった一人だったアシュリーも、転移直前では全員ブラッシングしただけで一日が終わる程の数になっていた。
探求者として重要なものは力、勇気、運、色々存在するが、大成する上でもっとも必要なものは人数だ。戦闘の上でも事前準備の上でも調査の上でも。だから、探求者はパーティを、クランを組む。
一人で何かを成すのには限界がある。最善を尽くすというのは、一人で頑張る事ではない。
今回僕にはアシュリーがいない。仲間の数も限られているが、それならばそれでやりようがある。
冒険者ギルド。要求を述べた僕に、小夜さんが目を丸くして聞き返した。
「依頼を……発注する側ですか?」




