第四話:時間は有限だ
「これは…………」
髪を拭く手を止め、エティが目を見開く。その目の前で、箱の中に入っていた機械部品を取り出し、テーブルの上に置いた。
これを形ある状態で手に入れるのには酷く苦労した。何しろ、アリスの攻撃は威力こそ高いが、細かい制御は得意ではない。相手が硬い相手ならば尚更だ。
無数の光る線が奔った手の平大の金属板は、僕達が相対した亀に似た魔導機械に内蔵されていたものである。
部品が残る形で倒すのも大変だったが、あの巨大な魔導機械を分解するのもまた大仕事だった。何しろ、ギルドにその手の情報がほとんどなかったのだ。どうやら空を飛ぶ者を率先して遠距離から撃ち落とし、近づく者に猛攻を与えるあの魔導機械はこの地方ではほとんど狩られていない魔物だったらしい。
スキルで魔導機械を分析できない僕にとってはほとんど勘で分解したようなものだ。必要な部分が足りていればいいのだが――。
「分析を頼みたいんだ。このあたりで《機械魔術師》の友人が君しかいなくてね」
エティは手を伸ばし機械部品を持ち上げると、それと僕を交互に確認して、呆れているような感心したようななんとも言えない奇妙な表情を作った。
「………………フィル、いきなり何の前触れもなくやってきて、お土産って…………コレですか?」
「十分だろう?」
大抵の場合自由に変えられる仕事とは違い、職とはその人の魂に刻まれたものだ。
《機械魔術師》とは魔導機械への奉仕者である。彼らの魔導機械への情熱は僕がスレイブの育成に抱いている情熱に勝るとも劣らないだろう。
「……………………はぁ。まぁ、いいですけど――ソウル・ブラザー」
どうやら……エティはもう少し違うお土産を予想していたようだな。
確かに、魔導機械の部品をあげるだけならばともかく、分析まで頼むとなるとそれはもう完全に仕事だ。………………僕が彼女の立場だったら大喜びしていたと思うけど。
エティは部品をぽいと宙に放ると同時に、左右から部品に手の平を向けた。その指先付近に紫電が散り、青白い光の線が放たれる。
「『情報電解』」
光の線に繋がれ、部品がふわりと宙を浮く。
昨今の魔導機械工学の発展は著しく、より効率的に魔導機械を設計・改良できるように様々な機器が登場している。
だが、それらのほぼ全てが機械魔術師のスキルの模倣だった。
機械魔術師は本来、魔導機械を扱う上で特殊な機器を必要としない。魔法一つでチップの記憶域に残された情報を分析し、ただの金属の塊にすぎない無機生命種に命を吹き込む。
目を瞑り解析に取り組むエティの真摯な表情はどこか、神を奉じる巫女を想わせた。
息を顰めてその様子を観察していると、唐突に紫電が消えた。重力に引かれ落ちる部品を、エティが手を伸ばしてキャッチする。
エティは瞼を開くと、どこか困ったような表情で僕を見た。
「何かわかった……?」
「………………いえ」
エティが頭を振る。予想外の反応である。
機械魔術師のスキルは既に大半を知っている。何度も言うが、こと魔導機械の扱いに於いて彼女達の右に出るものはない。
僕はしばらくエティの視線を受けていたが、あることに思い当たり、恐る恐る確認した。
「………………もしや、それ、記憶回路じゃなかった?」
できるだけ記憶回路っぽい部品を持ってきたつもりだったが、何分専門外である。もしも間違って全く違う部分を持ってきてしまっていたら――もう恥など感じる時期はとっくに過ぎているが、とてもいたたまれない。
他の部位についてもアリスの魔法で収納してもらっているので、また改めて確認すればいいだけだけど。
エティは僕の問いに、目を瞬かせると、思案げな表情で言った。
「いえ、これは間違いなく記憶回路です。ただ、何も残っていないのです。どうやら、痕跡から推測するに――遠隔操作で消去されたみたいですね」
「………………遠隔操作、か。それは予想していなかったな」
有機生命種と異なり、作られた無機生命種は色々と融通が利く。下位の魔導機械であるポーンアントも救援信号を送受信する機能を有していたし、遠隔によるデータ消去も不可能ではないだろう。
だが、そこまでわかっていて僕がそのパターンを全く想定していなかったのは、本来、魔導機械がそのような機能を組み込む『理由』がないからだ。
魔導機械は融通が利くが、積載できる能力は無限ではない。彼らは酷く論理的に動く。遠隔で、機械魔術師でも復元できないレベルでデータを消すのはその魔導機械にとってそれなりに『重い』はずである。
どうやらこの地方の事を理解するには、もう少しだけ時間が必要なようだ。
エティが箱に部品を戻しながら言う。
「フィルは知らないかもしれないですが、この地の魔導機械はそれぞれが縄張りを持ち、争っているのです。機械魔術師でなくても、同じ魔導機械同士ならば記憶を読む事も不可能ではないのです、遠隔データ消去はそれ対策でしょう」
「………………一理あるな」
だが、一理しかない。
魔導機械工学の発展は著しいが、僕の知る彼らはそこまで完璧なものではない。
この地方の魔導機械が倒され続けても減らないのは、自己保全機能によって同種を生成しているからだ。実際にこの地にはそこかしこに彼らが作った元工場がある。だが、その力は本来そこまで複雑な機能を発生させるようなものではないはずだ。
そもそも、魔導機械は悪意を持たない。他の魔導機械の死んだ脳からデータを読み取り活用するというのは、不可能ではないが考えづらい話だ。
「遠隔データ消去しているのはボスでしょうね。この地の魔導機械は大体高度に統率されていますから。上位個体の知性は人間のそれに匹敵するのです」
「…………そうだね」
そう言いつつも、僕の頭の中は次の行動計画でいっぱいだった。
遠隔というのならばどのタイミングで消去されたのか? アリスの空間魔法ならばシグナルを完全に遮断することも可能である。
うまくやればデータを消されずに部品を採取することもできるのでは?
そこまで考えたところで、自分の考えを却下する。
いや――違うな。取るべきアプローチは、そこではない。
「――何か残っていると考える方が、不自然だ。これは――ただの『備え』だ。データを消したいなら、そもそも戦場に出す前に消してしまった方がいい」
「フィル、食事は済んでいるのです? 私はまだ今日は何も食べていないので……」
「僕が作る」
「そう、フィルが――え?」
もしも魔導機械がそういった対策を取るとするのならば、そういった対策を取るほど知性を持っているのならば、その仮想敵は同じ魔導機械などではなく、天敵である機械魔術師になるはずだ。
エトランジュ・セントラルドールを連れていき、共に荒野で魔導機械を倒す事ができれば、間違いなく記憶は取れる。遠隔データ消去など関係ない。機械魔術師のスキルはそのような小手先の技術で回避できるようなものではない。
ならばきっと――彼らの記憶には元々、何も残っていない。何かありそうに見えて、なにもない。
ただの予想だが――時間は有限だ。
アプローチをかけるべきは雑魚ではない。もっと格上だ。重要な情報を持たざるを得ない程の、格上だ。
僕は立ち上がると、毅然とした態度でエティを見た。
「調理器具を借りるよ、食材も。ソウル・シスター、君はもっとしっかりと食べるべきだ」




