第五話:実力を見せて貰えるかな
結局、僕が起き上がれるようになったのはたっぷり一時間もたった後だった。
だるい身体を叱咤し身を起こす僕に、アムが心配そうに尋ねてくる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ただの魔力欠乏だ。よくある話だよ」
純人はそもそも魔力が低い種である。夜魔と契約成功したのだからそれくらい受け入れるべきだ。
だが、それ以上に気になっている事があった。
倒れているのに、アムが手を差し伸べてこなかった事だ。
恐らく彼女は――僕に触れる事を恐れている。理由は想像できるが、身体接触を恐れるというのは重症だ。今後のアムの事を考えても改善する必要がある。
この厄介で可愛らしいスレイブ候補の育成メモを早速頭の中でつけながら、アムに言った。
「さて、とりあえず契約は交わせたんだし――実力を見せて貰えるかな?」
「……え……? あ…………はい」
「? 何その反応?」
「い、いえ、なんでもないです……」
アムが視線を逸す。その仕草から、少しだけ嫌な予感がした。
いやいや、そんな馬鹿な……常識的に考えて夜魔が弱いわけがない。
確かにボロボロだったし、武器は貧弱だし探求者等級も低かったが、種族等級は強さと大体合致しているものだ。たとえば、等級Bの彼女が等級Fの魔物に負けるのはかなり難しい。
「…………もしや、自信がない?」
「!? そんな事、ないですッ!」
怪しい……。
G等級の探求者にはノルマがある。一週間に最低一つは依頼をこなさねば資格は剥奪され、再登録可能まで三ヶ月の期限が発生するのだ。
僕には時間がない。
「とりあえず一番弱いので様子見を……」
「安心、してください、フィルさん。私の格好いいところ……見せます。後悔はさせません!」
「余り気負わなくていいよ……」
気合十分だが目が泳いでいる。腰の銅の剣をちらりと確認すると、アムがびくりと身を震わせた。
そもそも夜魔の適性は剣士ではなく魔術師寄りのはずだが、本当に大丈夫なのだろうか?
「安心、してください。依頼を、受けましょう」
「…………そうだね」
まぁ……なんとかなるか。
最初は難しい依頼を受けるつもりはない。契約を交わした以上、僕とアムは一蓮托生だ。
アムは僕のために戦い、僕はアムのために最善を尽くす。
僕はアムを信頼し、アムには僕を信頼してもらう。《魔物使い》とはそういうものだ。
アムと一緒にカウンターに向かう。その表情に一瞬陰が差すが、見なかった振りをした。
どうやらアムにはトラウマが多いようだ。だが、立ち向かわねばトラウマは消えない。
人が多かったが、あえて小夜さんのカウンターに並ぶ。ギルドに顔なじみは作っておいた方がいい。
小夜さんが僕とアムを見て、少しだけ呆れている顔をする。僕は意気揚々と言った。
「縁があって彼女と契約する事にしました」
「それは……手が早いですね」
小夜さんがじろりとアムを確認する。僕は横にずれて背中に隠れようとするアムを晒し者にした。
ルビー色の目がアムを品定めするように見ている。もしかしたらギルドの情報と照らし合わせているのかもしれない。戦闘機械人形の情報処理能力は高くないはずだが、ギルドのカウンターに置いているのだから改造がされていてもおかしくはない。
小夜さんが目を瞬かせ、はっきりと言う。
「フィルさん。彼女は悪性霊体種です」
アムが瞳を伏せる。だが、小夜さんは何も悪意があって言っているわけではないのだ。
一般的にアムにとって人間は餌である。だから、小夜さんの警告は細やかな気配りとさえ言えた。
「全て承知の上です」
「……どうやら精神汚染や憑依を受けているわけではないようですね」
小夜さんの目がちかちかと瞬く。
『憑依』とは霊体種が有する、自身の魂の欠片を分け与え、見えない繋がりを作るスキルだ。
憑依者は作り出した繋がりを辿り対象の精神に様々な影響を与えることができる。
見知らぬ悪性霊体種に憑依を受けた場合、憑依された者は常に自分以外の存在を感じ精神が疲弊して衰弱したり、繋がりを通じて『恐怖のオーラ』を叩き込まれ衰弱したり、無意識のうちに身体を勝手に操られて衰弱したりする。まぁ全体的に衰弱する。
そして彼女達は誰かを害する事を――無意識に望んでいるのだ。
霊体種の持つ力は精神に作用する、危険なものが多い。
自在に操れば使い道もあるが、アムが自らの力をうまく制御できていない事は既にわかっている。
「し、失礼な――そんな事しませんッ!」
「フィルさん。しかし、アムさんはフィルさんの出した全ての条件に合致しておりません」
アムの悲鳴のような反論もどこ吹く風、小夜さんがとつとつと諭すように言う。
アム、これは……心遣いだ。この程度で動揺しては恐らくこのギルドではうまくやっていけない。
プログラムされた思考回路を持つ無機生命種の言葉は悪意とは無縁である。
「小夜さん、二度目ですが、全て承知の上です。それ以上の警告は罪のないアムにとって失礼だ」
「おっしゃる通りです。失礼しました、アムさん」
小夜さんが折れ、アムがその態度の変化に目を白黒させる。僕はさっさと話を進めた。
「それで……とりあえず試しに依頼を受けようと思うのですが、手頃なのを見繕ってくれませんか?」
「承知しました。精査します。参考までにフィル様の探求者としての前の等級を提示頂けますか」
「ああ、そこは参考にしなくていいです。以前までのスレイブあっての等級なので」
「……承知しました。アムさんの経歴を元に推奨される依頼を算出します。……算出しました」
小夜さんがすぐに依頼のリストを差し出してくる。早いな……。
確認する。提示されたリストは最初に僕が小夜さんに紹介されたものとほとんど変わらなかった。
どうやらアム――アム・ナイトメアのギルド評価はかなり低いようだ。
ざっと確認し、とりあえず約束通り一番簡単な依頼を選ぶ。
「F等級モデルドッグの討伐……これにしようか」
アムの等級からすると簡単過ぎるが、小夜さんの反応も気になるし、余裕をもっておいた方がいい。
しかし、僕の提案を聞いたアムは不満げな表情をした。
「ちょっと待ってください。フィルさん。F等級モデルドッグでは、相手にもならないです」
「え?」
「せっかく力を見せる機会ですし、後二段階上……D等級の討伐系依頼がいいと思うのですが――」
どうでしょうか? と、アムがこちらを窺う。だが、言葉とは裏腹にその目には強い不安が見えた。
アムの種族を考えると不可能な依頼ではないが……種族等級はあくまで目安だ。最弱種族に生まれても努力次第で最上位の探求者になれるように、力ある種に生まれそれを活かせない者はいる。
だが、僕の表情から何かを感じ取ったのか、アムが縋り付くように言う。
「力を示す、チャンスをください」
「…………今回はただの様子見だ、これからも力を見せる機会はある。それに、僕の能力は《魔物使い》に特化している。はっきり言うけど、戦闘能力はほとんどゼロだよ。僕は安全を取りたい」
「大丈夫、大丈夫です。フィルさん、私は、慣れてます。お願いします」
必死な表情だ。その眼は僕だけではなく、小夜さんも見ていた。
……この子、随分ピーキーな性格をしているようだ。ギルド職員に対して何かあるのだろうか。
長く探求者をやるコツは安全を取る事だ。今回も少しずつ力量を試すつもりだった。
試運転などとは言ったものの、正式な契約を交わした以上、余程の事がない限り僕はアムとの縁を捨てるつもりはない。だが、言ったところで無駄だろう。
これは――アムのプライドに関わる問題だ。時にはプライドは理屈より大切になる事もある。
足りない部分は僕が補えばいいだけだ。僕たちはもうマスターとスレイブなのだから。
試運転とは僕がアムの力を知る機会であると同時に、アムが僕の事を知る機会でもある。
信頼とは一方通行では成り立たない。アムは覚悟を決めている。僕も覚悟を決めねばならない。
「いいよ、アムの言う通りにしよう。アムの力を見せてくれ」
「フィルさん!」
「本当によろしいのですね?」
よろしいのだ。僕も探求者の端くれ、命を賭けるのも初めてではない。
「ただし、依頼は僕が選ぶ。細かい話をするから、アムは物資を補給してきて欲しい。この街はアムの方が詳しいだろ? 回復薬と食料だ。日が暮れる前にケリをつけるよ」
「はい。お任せくださいッ!」
アムが表向きだけ元気いっぱいな、いい返事をして、カウンターを離れる。
その姿が消えるのを待って、小夜さんが言った。
「フィルさん、D等級の依頼は推奨できません。アムさんの依頼達成率は三割を割っています」
僕は……冷静だ。目を細め、笑みを浮かべた。
「全て理解の上だ。小夜さん、マスターとして、アム・ナイトメアの評価と戦歴の公開を申請します」
§ § §
やった。やってしまった。
アムは状況の移り変わりについていけていなかった。ただし、これが今の状況を打破するための最後のチャンスだという事はわかる。絶対に失望させるわけにはいかなかった。
できる。私なら、できるはずだ。自分に言い聞かせつつ、言いつけられた物資の補充を行う。
《魔物使い》は数少ない悪性霊体種を嫌わない存在だ。そのスキルは戦闘には役に立たないが、契約を結んだスレイブの力を大きく強化してくれる事をアムは知っていた。
手の平には翼の紋章が刻まれていた。以前刻まれていた紋章と形は違うが、刻まれる紋章の形はマスターによって違うという話を聞いたことがあるので、きっとそのためだろう。
その青年はとても優しかった。誰でも貰える物とはいえ、頼んでもいないのに備品をくれた。後ろで全神経を集中して盗み聞きして、スレイブを探している事を知った時は運命だと思った。
アムに説得されてくれた。懇切丁寧に説明してくれたし、アムの事を恐れる気配もない。
凄い人だ。いつもの人ではないが、意地悪な職員に何を言われても一切萎縮しなかった。
期待を裏切るわけにはいかない。一人ぼっちはもう嫌だ。
自分の種族等級くらいは知っている。夜魔は強い。本来多少の相性の悪さくらいなら捻り潰せる力を持っている。D等級の依頼を受けるのは初めてだが、それくらい容易くやってのけて当然なのだ。
アムが改めて思い返しても少しだけ無茶な事を言ってしまったのは、あのギルド職員の目の前だったというのもあるが、気合いの表れでもあった。
お金はない。物資補充のための資金は受け取ったが少額だし、勝手に武器を買うわけにもいかない。
心臓が鼓動する。ふと下を見ると、手が震えていた。フィルと出会う前よりもずっと強い震えだ。
緊張している。恐れている。ずっと誰の目にも止まらないよりも――期待を裏切る方がずっと怖い。
呼吸が荒くなる。アムは魔法を使えない。
こんな手の震えで剣を握れるのか? 戦えるのか?
だが、今更、あそこまで言ってしまって撤回する事などアムにはできない。
ギルドの前で待っていると、フィルが――新たなマスターがやってくる。
この辺りでは余り見ない黒髪の青年だ。顔は――いいと思う。少し変わっているが、間違いなくアムを救ってくれるだろう。だが、その《魔物使い》の青年が本当に皆無に近い戦闘能力しかない事は明らかだった。霊体種の目は肉眼では見えない魂の強度を見通せる。
買い物でもしてきたのか、腰には先程はなかったベルトが巻かれ、奇妙なツールが下がっている。
「待たせたね。ではアムの言う通り――力を見せてもらおうか」
「はい……お任せください」
これまでF等級の魔物ですら禄に倒せなかった。
勝てるのか? いや、勝てねばアムに先はない。
手で動悸を堪えるように胸を押さえると、アムは死刑台に登る囚人のような気分でフィルの後に付き従った。