Prologue:学ばせていただこう
無機生命種。それは、他種族により生み出された魂無き生命を指す。
錬金術師がフラスコから生み出す人造生命。
自然の鉱石に対して高等な魔術を使用し生命を与えた土人形。
無機生命種と一口に言っても、その創造主や製造工程、特性によって細かく幾つかに分類できるが、それらの種族が『機械』と呼ばれるのは、無機生命種の大部分が叡智と研鑽により生み出された魔導機械だからだ。
人の欲により生み出され、人のために生きる彼らは、昔から僕ことフィル・ガーデンにとって興味の対象だった。
無機生命種のような魂なき種には契約魔法は使えない。その代わり、彼らは力ではなく直接的な利益――金銭を条件としたロジカルな契約で力を貸してくれる。
僕とは相性がとてもいいのだ。
強く冷たい風と音が全身を叩きつけていた。レイブンシティは夏季だったが、地上から数百メートルも離れるとかなり涼しい。
素晴らしい眺めだった。純人の視力はそこまで良くないが、見渡せば地平線の先まで続く荒れ果てた地と、そこかしこに設置された魔導機械の『工場』、そしてこの地の支配者である魔導機械の魔物達が確認できる。
既にこの地に飛ばされてからそれなりに時間が経っている。
この地の魔物は他の地のように混在しておらず、それぞれ線を引いたように縄張りを持ち、活動している事がわかっていた。
僕が調べた限りでは、荒野も最初はここまで広大ではなかったらしい。
自己保全機能により生成された魔導機械達が少しずつ時間をかけて他種の魔物を駆逐し、少しずつ縄張りを広げていったとか。
その結果、現在この地にはSSS等級討伐依頼の魔物が複数存在している。
これまで様々な依頼をこなしてきたが、SSS等級認定された魔導機械の魔物とは戦ったことがなかった。
そもそも人間の手で、人間のために生み出された魔導機械が魔物のように活動する事自体ほとんどないわけで――今回の白夜の依頼は僕にとってもチャンスだ。
レイブンシティで買ってきた双眼鏡を覗き、地上を闊歩している魔導機械を観察していると、ふと視界に一体の魔導機械が入った。
亀を模した魔導機械だ。モデルはなんだろうか?
この地の魔物の大部分は実在する魔物を模している。鈍重そうな手足に、黒い金属質の甲羅。
そして――そこから生えた無数の砲塔が、一瞬輝いた。
「ッ!!」
それは、光学兵器だった。エネルギーを圧縮して生み出された光の矢が、恐らく直線距離で一キロ以上離れたこちらに正確に放たれる。
そして、僕の目の前で『屈折』した。音一つなく放たれた破壊のエネルギーが天に消える。
双眼鏡の中で、亀が長い頭をのっそり持ち上げる。大きさはちょっとした山――とまではいかないが、体高でも十メートル近くはあるだろう。
大きさと強さが完全に比例しているとは思わないが、あの大きさの生き物を倒すのはなかなか骨が折れそうだ。
破壊の光が再び一斉に放たれる。
相手は光。どれほどの運動能力を有していようが、回避などとても間に合わない。光系の攻撃は一部の瞬発力を長所に持つ種が天敵とするものである。
――もっとも、フィジカルに特化した種の多くは耐久もまた化け物じみているものだが。
レンズ越しに冷たい殺意を感じた。
光が屈折する。屈折する。屈折する。どれほどのエネルギーを内包しようが、どれほど連続で放とうが、その一撃が僕の元まで届くことはない。
僕は以前の反省を活かし、自分を背負い宙に立つアリスの耳を指先で挟み、引っ張った。
「ひゃ!? ご、ご主人様!?」
空間魔術師は空間操作に特化した、魔術系の上級職だ。
習熟難度が並外れて高く消費する魔力も桁外れだが、その力は物理現象をも捻じ曲げ攻守ともに隙がない。
使いこなせば、今のように有害なものだけを弾き、周囲を観察するなんて事もできる(完全に空間を断絶してしまうと何も見えなくなるし、呼吸もできなくなる)。
不意打ちで制御を誤ったのか身体ががくんと大きく動き、光線の屈折率が上がりくの字を描き飛んでいく。
長きに亘る鍛錬の末、如何なる苦痛の中でも乱れぬ鋼の精神を手に入れたはずのアリスが術の制御を誤るとは珍しい。
アリスは身を固くするが、僕はその事実に、かつてない喜びを感じていた。
これは――成長の可能性だ。
アリス・ナイトウォーカーはまだ強くなれる。強くできる。そして――僕もまた、より高みに到れるのだ。
爆音。空気が揺れる。先程までとは明らかに異なる攻撃だ。
砲塔から放たれた、空気抵抗や重力の影響も計算し放たれた質量弾は正確に僕の頭蓋を狙っていた。
だが、無駄だ。焦りはない。
音に匹敵する速度で迫ってきた弾丸が目の前で弾かれる。物理に影響されるただの質量弾で空間魔法の防御は破れない。
光線の方がまだ正しいアプローチだった。
質量弾も無効な事を理解したのだろう、亀の魔導機械――モデル・タートルがギブアップしたとでも言うかのように手足と頭を引っ込める。
僕はそれを眺めながら、手を動かしアリスの首の下を撫でた。
面白い。興味深い。荒野。魔導機械の支配する異質な地。
学ばせていただこう。
おまたせしました!
遅くなりました。締め切り諸々が落ち着きましたので、本日より第二部の更新を開始します。
書き溜めはあまりないので不定期更新になるかと思いますが、またお付き合いください!
また、書籍版『天才最弱魔物使いは帰還したい』一巻、12/2に発売しております。
Web版と比較すると、過去話の書き下ろしを加えた他、紙初版と電子版には別作『嘆きの亡霊は引退したい』とのスペシャルコラボSSが同封されています。
気になった方はそちらも宜しくお願い致します!( ´ー`)
※活動報告に挿絵サンプルやキャラデザなどを公開しています。
Web版、書籍版共に引き続き拙作をよろしくお願いします!
/槻影
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