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天才最弱魔物使いは帰還したい ~最強の従者と引き離されて、見知らぬ地に飛ばされました~  作者: 槻影
第一章:Tamer's Mythology

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Epilogue:Tamer's Mythology

「茶番でしたね……下らない」


 ギルドのカウンター。白夜がゾクゾクするような氷点下の視線を僕に向ける。


 アリスとの再会から丸一日が過ぎていた。

 後始末は予想よりもずっと簡単だった。魔力欠乏で気絶したエティの心臓が一瞬止まったり、ランドに怯えられたりセーラが僕の事を散々詰ったり、しでかしたアリスの方が慰められたりいろいろな事があったが、今は信じられないくらいに落ち着いている。


 白夜の言う通り、所詮は個人の問題だったという事だろう。後ろで縮こまっているアリスを前に出す。


「ほら、謝るんだ。アリス」


「……申し訳ございませんでした。今後はこのような事がないように善処致します」


 頭を深く下げてあやふやな言で有耶無耶にしようとしているアリスの頭を手刀で叩く。


「善処じゃない。するな!」


「……全く笑えないですね」


 全くだ。そもそも、本契約を結べないこの僕が、アリスをスレイブとして登録できている事それ自体が相当なグレーである。手綱のついていない元魔物のスレイブというのは危険極まりない。

 仮契約でも管理できると、四方八方手をつくして認めさせたが、今回の反乱で処分させられてしまっても仕方なかったのだ。

 ギルドの職員でありながらも模擬戦という事で処理して見なかったことにしてくれた白夜、小夜と、口を閉ざしてくれたランド達には頭が上がらない。


 結局、アリスが戻り元のギルドカードが手元に戻った事で、僕は再びSSS等級に返り咲いた。


 シィラの方は僕を飛ばすと同時に手を抜くのをやめたアリスがあっさりぶち殺したらしい。握っていたはずの『朽ちた聖剣』が消えていたのも当然である。あれはシィラの一部なのだから、本体が消えれば消えるだろう。アムの言葉ではないが、思い返せばヒントは幾つもあったのだ。


 全て終わってから気づくとは、アムに弾劾されても当然の無能であった。


「これからどうするんですか?」


「ああ、やっぱり王国に戻ろうと思う。まだ待っている子がいるしね」


「アシュリーさん、でしたっけ?」


「うん。アシュリーはぼんやりとした子だからね……早く戻ってやらないと」


「別にアレは……ぼんやりとなんてしてない」


 アリスがぶつくさ呟いた声を聞いて、頭をごんと叩いた。


 涙目で頭を抑えて僕を抗議するように見上げる。僕のアシュリーを『アレ』なんて呼ぶんじゃない!

 白夜が目を丸くして僕とアリスを見比べた。


「……思ったのですが、フィルさんには随分大人しいんですね」


「猫を被ってるんだ。僕の前ではいつもこんなもんだよ」


「元災厄の魔物も今はただのスレイブ、ってことですか……」


 何をわかっているのか、しみじみと白夜が頷く。何その感情表現機能……凄い。


「ただのじゃない……最強のスレイブ。ご主人様がいればさらに無敵」


「……反省しろ」


 全然反省した様子のないアリスに再び拳骨を落とす。はっきりとゴンという鈍い音がした。


 アリスは悲鳴を上げて頭を抑えながらも嬉しそうにしている。ちゃんと反省してる?


「しかし……そもそも、よくアリスさんをスレイブに出来ましたね。町一個滅ぼしていて」


「ああ、魂は全部吐き出させたからね。五万三千二百三十二人、一人残らず皆無事だったよ」


 それでも、アリスをスレイブにしてから一月程は、各所に頭を下げ続けなくてはならなかった。もし依頼の町が僕の活動圏内で名が知れ渡っていなかったら認めさせるのは難しかっただろう。

 今でもその町ではあの三日間は伝説となって語り継がれている。


 僕の言葉に、白夜が目を丸くする。


「……生命操作のスキル……死者の復活まで出来るんですか……」


「『限定的』な死者の復活だけどね」


 あの町の時は死後時間が経っていなかったからうまくいったが危ないところだった。


「……取った分以上に吐き出させられた」


「アリスさん、全然反省してないみたいですが……スレイブの管理くらいしっかりやってください」


「面目ない……」


 しっかり躾けたつもりだったのだが、今回騙されたので言い訳はできない。ずっと演技をしていたらしいスレイブの頭を掴んで前を向かせる。今回の件はさんざん迷惑をかけたが大事なのは未来だ。

 場を切り替えるように、白夜が一度咳払いをする。


「……失礼しました。それで、フィルさんはいつからグラエル王国に帰るんですか?」


「次の境界船で帰ろうかな、と。お金もまぁ何とかぎりぎり足りてるしね」


 白銀のカード――SSS等級の証明書をひらひら振る。探求者を引退した後に使うつもりで残してあったものだが、金はまた貯めればいいだけの話だ。


「あれ? チケットを購入してそれで渡るつもりですか? 護衛依頼を受けるわけじゃなくて?」


「ああ。護衛なんて今の僕じゃ迷惑をかけるだろうし、客として乗船するつもりだよ」


 それにそもそも、調べたところ境界船の護衛依頼はギルドに対する信頼がなければ受ける事すらできないらしい。南側のギルドに有効な伝手がない以上、次の境界船には間に合わないだろう。


 僕の答えが想定外だったのか、白夜は僅かに目尻を上げた。


「境界船のチケットは金があれば簡単に手に入れられるようなものじゃないですよ?」


「いや、相場の金額さえ持っていれば、自信あるよ?」


「……なるほど……確かに貴方ならやりかねないですね……」


 白夜が深く頷いた。戦いの絡まない部分は僕の得意分野だ。

 そこで珍しくいつも大体無表情の白夜が唇の端を軽く持ち上げた。思わず一瞬視線を奪われる。


「で、す、が、フィルさん。わかってますよね? 私はまだ、フィルさんから代金をもらってません」


「ん? ああ、確かにね。いくら?」


 確かに白夜には世話になったし、最後の最後でも協力してもらっている。さすがに好意に寄りかかっているばかりではいられない。もちろんそれは、エティやランド、リンに対しても同じだ。


 白夜の機能を考えると…………億は覚悟しておいた方がいいだろう。

 もったいぶるように白夜が言う。


「……お金で代えられるものではありませんよ。後始末だって全て私がやったんですから」


「勿論感謝してるよ。で、いくら?」


「ご主人様、この機械人形、生意気。始末しますか」


 アリスがしれっと恐ろしい事を言う。…………もしや、愛情が足りてない?


 白夜は無視することに決めたようだ。真剣な表情で唇を開く。


「代金は要りません、フィルさん。代わりに、依頼を受けてもらえませんか? 凄く面倒なやつを」


 予想外だが……ふむ、勤勉だな。もちろん僕とて白夜に私欲があるとは思っていない。


「何の等級の依頼をいくつ達成すればいいの?」


「……フィルさん、レイブンシティに来て気づいた事はありませんか?」


「気づいた事?」


 白夜が頷きタブレットを見せてくる。依頼のリストだ。ランクによって表示がわかれている。

 その中で、SSS等級をクリックすると依頼の一覧がずらりと表示された。


「ああ、その事か。レイブンシティの近辺だけなのに、随分多いね。しかも古い依頼がずっと残ってる」


 まぁ、確かにレイブンシティの探求者の質は王国と比べれば低かった。残るのもわかるというもの。

 仮にも人里の周辺にここまでSSS級の討伐依頼が残っているというのも危険なものだ。


「はい。魔導機械の性質上、街を好んで襲うような事にはなっていないのでまだ誤魔化せていますが、それだけに魔導機械の(コロニー)及び高ランクの魔導機械の数は年々増加の一途をたどっています。このままではレイブンシティを飲み込むのも時間の問題でしょう」


「無機生命種は自己保全機構さえ組み込まれていれば、ロールアップを繰り返してどんどん際限なく強くなっていくからねえ……そりゃ倒さなければ減らないだろうさ」


 気軽にそれに答える。だが、僕の頭は既に次の依頼について計画を組んでいた。

 街が飲み込まれる。まぁ、ないこともないだろうがそれは最悪のパターンだ。


 いくらなんでもそこまで被害が広がる可能性は低い。

 全体的に探求者の質が低めとはいえ、ランドさんの攻撃力は間違いなくSSS等級の魔導機械にも通じる類のものだったし、そもそも無機生命種は《機械魔術師》のエティにとって雑魚同然だ。


 種族には相性がある。常識で考えれば、一種族だけでは混成軍に対して勝ち目はない。誰だってそういうだろう。

 だが、僕には他にも幾つかこの町で気になっている事があった。


 そもそも、無機生命種という造られた存在が長期に亘り生態系を支配するというのは、滅多にない事例なのだ。


「面白い……いいよ。借りは借りだ」


 僕は、笑った。


 本来ならば、各地域の依頼はその地域の探求者が達成すべき試練。そうでなくても都市の防衛はその都市に住む者が行うべき事だ、外様が一時的に討伐したところで意味がない。


 一時的に僕が解決したとして、次に討伐依頼が増えた際にどうする? また僕を呼ぶつもりか?

 僕はグラエル王国の探求者であって、レイブンシティの探求者じゃない。その危機は僕が請け負うべきじゃない。請け負ってはならない。でないと、いつか絶対に問題になるはずだ。


 だが、ここで退いてはSSS等級の名が廃る。ここの探求者は質が低い。それは同じ探求者の僕としても非常に憂慮すべき事だ。

 ならば、どうにかできそうな僕が取り掛かってみるべきだろう。


「アリス、いけるな?」


いいえ(ニェット)。しかし、ご主人さまがそれを望むのならば、最善を尽くします」


 アリスが僕の問いに冷ややかな声で答えた。そうだ。この地に生息する魔物は魂を持たぬ種族、アリスと相性の悪い無機生命種だ。用心は必要だ、勝てない可能性だってある。

 だから、最善を尽くせ。足りない部分は僕が補う。それこそがマスターの役目。


「アリスなら出来るよ」


「なら、できる」


「期限は三ヶ月……次の境界船が出るまでの間だ」


「余裕。私は世界最強のスレイブだから」


「……アシュリーがいればもっと楽だったんだけどね……」


「……ご主人様、私だけじゃ不安?」


 アリスが不安そうな表情で僕を見上げる。


 いや、不安なんかじゃない。不安なんかじゃないとも。可愛い可愛い僕の剣。


 君は確かに裏切った。だが、それでも彼女がスレイブである事に変わりはない。


 さぁ、この地の魔物に、探求者に、僕たちの力を見せてやろう。アリスの白銀の髪を優しく撫でてやる。


 久しく面倒を見ていなくてもその髪は絹糸のように細く、その剣には刃こぼれ一つない。

 僕の手で何もかも尽くを切り刻んでしまえ、夜を征く者(ナイトウォーカー)


 と、そこでふと気づいたように白夜が尋ねてきた。


「……そういえば、アムさんはどうしたんですか? まさかアリスが戻ったから首ですか?」


「いやいやいや、僕を何だと想っているのさ」


 アムには世話になったし、そもそも《魔物使い》の契約に本来『首』などあるべきではない。

 僕の代わりに、アムと話し合ったアリスが答えた。


「あのナイトメアはまだ未熟。ご主人様にはふさわしくない。成長するまで契約は保留」


「契約を保留? それって……首と何が違うんですか?」


 白夜の疑問は尤もだ。だが、これは僕が決めたことではなくアムが決めたことだ。

 アムとアリスが話し合い決めた。スレイブ間で合意がとれている以上、僕は何も言わない。


「アムが成長したら再び契約を結び直す。今度は永続で。話し合って決めた」


 何を話し合ったのか僕は知らない。

 知らない、が、アリスが条件付きとはいえ、同種の永続契約に同意するというのは驚きだった。


 彼女も少しは反省したのだろうか?


 後は僕との永続契約でアムの人生が良いものになることを祈るのみである。


 一旦、アムとは別れる事になった。今は、リンに預けている。


 アムは鋭いところもあるが基本は駄目なので離れるのは少し心配だが、外に出す事はきっと成長に繋がる。


 今の彼女ならば大丈夫だ。彼女は僕が最初に出会った時と比べると、見違える程成長した。きっと、次に会う時はさらなる成長を見せてくれるはずだ。


 と、話を聞いていた白夜が釈然としないようにアリスを見た。


「よく認めましたね……何を企んでるんですか?」


「何も」


 アリスはただ一言言い捨ててそっぽを向いた。


 企んでないわけがないだろう。

 確かに気になる。気になるが、僕は既にスレイブ達の自主性に賭けることに決めていた。



 所詮人はそう簡単に変われないということだ。



 もっとも、今回は裏切りを既に覚悟しているのでその点だけは成長と言えるだろうか。


 何もかも受け入れ、裏切りすら飲み込み、全てを与える。


 これは信念だ。僕はそういう方法で頂きを目指す事を改めて決めたのだ。


「あ、でもひとつだけ言える事がある」


 ふと、アリスが思い出したように僕を見た。興奮すると血のように染まる銀の瞳に僕が映っている。


「アムは正真正銘の悪性霊体種(レイス)。私と同じレイス。奈落に沈んだ濁った魂。悪性の運命に翻弄される咎人。それだけは覚えておいた方がいい。《魔物使い(マスター)》」


 かつて戦った時のように、アリスが悍ましい笑みを浮かべる。ぞくりと悪寒が背筋を駆け抜けた。




 面白い。とても、興味深い。


 いいだろう、僕は忘れない。この街に来てから体験した事を。


 例えこれから何が起ころうと、例え依頼の途中で志半ばで倒れようと、僕は絶対に忘れない。


 その全てを背負って尚、全てをこの手にしよう。


 僕こそが、この僕こそが、このフィル・ガーデンこそが世界最強の《魔物使い》。


 フィルは満たすの意。

 ガーデンは箱庭。

 僕は箱庭を満たす者。


 栄光を注ぎ、欠落を愛で埋め、スレイブの全てを満たす者。


 僕に続け、《魔物使い》達よ。


 悪性も善性も何もかもを飲み込み、紡げ。


 魔物使(Tamer's)いの神話( Mythology)を。


ここまで二ヶ月弱、お付き合いいただきありがとうございました!

明日、閑話を一話投稿し、天才最弱魔物使い、第一部完結になります。



如何でしたでしょうか?

既に大多数の方はご存じかとおもいますが、当作品は六年前に書いた旧作『Tamer's Mythology』を、

書籍化に辺り大幅にリメイクしたものになります。


具体的には既存作品の各シーン大幅に削り、設定をまとめ、順番を組み換え、新規シーンを大幅に増やし、

まあボリュームはともかくとして、だいぶ読みやすくなっているかと思います。(多分新作を最初に読んだ人が後から旧作を読んだらついていけないレベル)

既存読了の方も新規読者の方も、少しでも楽しんでいただけたら作者として非常に光栄です。



さて、今後の話ですが、しばらく期間を開けた後にリメイク版二部の更新を開始しようと考えております。

リメイク版一部はアムに焦点を当てましたが、二部は他のキャラを深堀りしていこうかと思います。

リメイクでシーンが減ったキャラもありますし其の辺りをカバーしつつ……ご期待ください!



それでは、ここまで読了、ありがとうございました!


過去話の書き下ろしを含んだ書籍版『魔物使い』の一巻は、12/2に一迅社ノベルスより出版予定です。

気になった方はそちらも宜しくお願い致します!( ´ー`)





最後に、ここまで楽しんで頂けた方、二部はよと思った方おられましたら

励みになりますので、評価、ブックマーク、感想などなど、応援宜しくお願いします。

※評価は下からできます。


/槻影


更新告知:@ktsuki_novel(Twitter)



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書籍版『天才最弱魔物使いは帰還したい』二巻、12/2発売しました!。
今回はアリスが表紙です! 多分Re:しましま先生はアリス推し! 続刊に繋がりますので気になった方は是非宜しくおねがいします!

i601534
― 新着の感想 ―
[一言] 元の作品より戦闘描写が減った事でサブキャラの存在感が薄まった感じがする。苦労した分仲間意識が強く芽生える事に繋がると思うが、本当に茶番化してる気がする・・・
[一言] 相当前に読んだ旧作との差がわかる程度には改稿されたのですね。 特に最後のアリスとの戦闘全般的とセーラとのイベントも結構カットされてます? セーラやランドたちの強さがいまいちなせいで最後の戦い…
[良い点] いつも楽しく読ませて頂いています。 [一言] 堕落の王や旧作にもあった暗い引き込まれるような展開や重い雰囲気がなくなっているのが残念です。(分量や出版に際しての大人の事情もあるので強くは言…
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