第四十九話:夢ができた
夢を見ていた。いつもの夢ではない。《魔物使い》になる前の、始まりの夢だ。
朽ち果て、持ち主すら見向きもしなくなった屋敷があった。
その前にボロ布を纏った愚かな探求者の少年が倒れていた。
自らの種族等級の低さを知りつつも、がむしゃらに前に進めば栄光を手に出来るだろうと甘い考えを抱いていたどうしようもない子どもだ。
弱く、鍛錬も足りず、友すらいない。唯一の取り柄だった情熱すら消えかけている。無謀な依頼を受け全身に深い傷を受け、体力も残っていない、自らの適性も知らない正真正銘の落伍者。
そう遠くない内に死ぬだろうその少年に、しかし屋敷からボロ布のようなエプロンドレスを着た少女が現れる。
幻想精霊種、F等級、家事妖精。『世界』であり、自身そのものである屋敷が朽ちかけ、ほとんどの力を失っていた少女はしかし、躊躇いなく僕に手を差し伸べた。
夢ができた。知恵を、勇気を、仲間を、あらゆる手を使い、最弱の少女の最強を証明する。
目標は最強の探求者だ。そしてそれは――後一歩のはずだったのに。
夢の景色が霞む。
そして――僕は目覚めた。
まず真っ先に確認したのは状況だった。
ほぼ反射的に眠りに落ちる前の事を思い出す。確かに僕は、宿で気絶したはずだ。だが、目の前に広がる光景は宿の部屋とは似ても似つかないものだった。
身体が軋む。息が苦しい。自分の身体を確認する。
僕は――椅子の上で、縛られていた。
廃工場。錆びた金属の壁と床。半壊した高い天井からは紅色の光が差し込み、何もないどこか荒涼とした工場内を照らしている。町の中ではない。外だ。
レイブンシティ近辺には縄張りとする魔導機械が作り出した工場が幾つも存在し、その中の幾つかは探求者達の活動で破壊され、放棄されている。
工場内に何も機械がないのは持ち出したからだろう。
「やっと……目が覚めたんですね、フィルさん」
「ああ、おはよう。アム。それに……皆、お揃いで」
数メートル離れた所に、アムが立っていた。
僕が揃えた金属布の服に、そろそろ買い替え時かと思い始めていた長い剣。
隣にはリンと広谷のコンビ。その隣には小夜と白夜が並び、逆側には《明けの戦鎚》の三人が険しい表情で立っている。
頭が重い。何が起こっているのか、全く理解できない。だが、尋常ではない何かが起こっている事はわかる。
と、そこでランドの隣、金属の箱の上に腰を下ろした少女が眼に入った。
「ソウルシスター……なんで、君もいるの?」
エトランジュ・セントラルドール。昨日偶然図書館で意気投合した機械魔術師。僕とすら知り合ったばかりで、アムとは面識すらないはずのメカニカル・ピグミーの少女は、僕の問いに困ったような笑みを浮かべた。
「突然、家に押しかけてきて――呼ばれたのです。驚きましたが、随分必死な形相でしたし……いいスレイブを持っているのです、フィル」
「そう言って……貰えると《魔物使い》冥利に尽きるな。エティ」
愛称を呼ばれ、エティが微笑む。あの人間不信のアムが、まさか面識のない者にコンタクトを取るなんて信じられない。
そしてどうやらこれは――アムの反乱とかそういう話ではないようだな。
後ろに縛られた手を確認する。手を動かそうとしても、ピクリとも動かない。
恐らく、機械魔術師の『固定溶接』のスキルだろう。空間を固定し動きを阻む、拘束系スキルでは最上級のものである。
「説明を……してくれるかい。アム」
「こんな時でも冷静なんですね……フィルさんは」
冷静? とんでもない。そういう風に見えているだけだ。捕縛されて冷静でいられる者はいない。
だが、これがアムだけの仕業ならばともかく、ランドやエティ、小夜達がいる時点で向こうに理があるのだろう。
僕には捕縛されるような記憶はないのだが――まぁ、そういう事もある。
このような状況にあって、僕は高揚していた。
状況や理由がどうあれ、スレイブの成長を見る時程、嬉しいものはない。
アムが少しだけ微笑み、口を開く。そして、話を始めた。
「フィルさん、ごめんなさい。できれば、手荒な事はしたくなかった……でも、万全を期す事はフィルさんから私が学んだ事なので」
「構わないよ。新鮮な気分だ」
「思えば――最初からフィルさんの話には違和感が幾つもありました」
何の話だろうか? とりあえず静聴する。アムは鋭い目つきで指を立てて続けた。
「フィルさんはシィラ・ブラックロギアに負けた。万全の状態で依頼に臨んだが、シィラの力はフィルさんの想定を遥かに超えていた。シィラは一撃でフィルさんのスレイブである悪性霊体種、アリスのライフストック? を七割消し飛ばした。敗北を悟ったアリスはフィルさんを転移魔法で飛ばし、その結果、境界を越えた遥か遠く、この街に辿り着いた。アストラルリンクが何故か切れていて……ここに来てから何度も敗北の要因を考えたが、思い当たる節はなかった。ここまで、あってますか?」
ああ、その話か。今の状況との繋がりが見えないが……全て話した通りだ。よく記憶している。
単刀直入にどうして僕が縛られる羽目になっているのか話して欲しいのだが、まぁ少しくらい付き合ってやろう。
「ああ、そうだね。さすが、よく記憶している」
「この話、変ですよね?」
「ああ。変だね。全てが常識から外れている」
頭を切り替える。改めて聞かされても、何もかもがおかしい。解けないパズルを解いてる気分だ。
「フィルさんは――この話で何が一番おかしいと思いますか?」
ふむ……興味深い問いである。ランドやエティがじっと僕を見ている。
まぁおかしなところは幾つもあるが、一つを挙げるとするのならば――。
「シィラの強さだ。L等級討伐依頼を幾つか経験した僕から見ても、あの強さは異常だった」
シィラを問題なく殺しきれていれば、転移は起きなかった。この地に来ることもなかった。
あれが全ての原因――始まりだった。
しかし、僕の答えに、アムは即座に頭を振った。
「絶対にフィルさんは、そう言うと思っていました。でも、違います。一番おかしいのは――『転移』した事、です」




