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天才最弱魔物使いは帰還したい ~最強の従者と引き離されて、見知らぬ地に飛ばされました~  作者: 槻影
第一章:Tamer's Mythology

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第四十二話:アム、よくやったよ

「…………え!?」


 フィルの言葉はアムにとって衝撃的なものだった。

 軽い説明を聞いただけで知った気になっていたが、それが本当ならば、まさしく魂の契約が究極の契約と呼ばれるのも納得できる。

 恐らく、あらゆる制限がなかったという暴走時の広谷とリンでもそこまでの繋がりはなかっただろう。


 如何に付き合いが長くても、死を共にするなどそう簡単に選択できる事ではない。特に相手が自分よりも弱いマスターならば尚更だ。その間にあるのはもはや単純な絆ではない。


 アムはフィルがこれまで契約を重視している理由がわかった気がした。


「まぁ、共倒れなんて滅多にないけどね。大体、その辺りは片方が死んだら道連れになる前に契約が自動で解除されるようにしている。事故とかもあるし、番が死んで喜ぶ者に魂の契約は結べない」


 番。その言葉には強い信頼と、どこか寂しげな響きが含まれていた。やはり、アムの目の前ではほとんど口にしていないが今もフィルは故郷に帰りたいのだろうか?

 と、そこでアムは気づいた。


「フィルさん。その……フィルさんのアストラルリンクは気づかないうちに解除されていたんですよね? それって――」


 アムの知る限り、フィルはずっとアリスの生存を疑っている様子はなかった。最初は信頼の現れだと思っていたが、アストラルリンクの切断こそがアリスが死んだ証明じゃないのだろうか?


 そこまで言いかけたところで、アムは自分が余りに酷い事を聞いている事に気づいた。リンも正気を疑うような目をアムに向けている。

 だが、フィルは数度目を瞬かせ、余りにもあっさりと言った。


「いや、僕のアストラルリンクの切断の原因がスレイブの死である可能性は考えにくいよ」


「!? な、なんでですか?」


 結果論だが、L等級の魔王の居城にアリスを置き去りにしたのだ。余りにも理屈に合わない。

 言いようのない違和感だった。立ち上がり思わず抗議しようとするアムに、リンが叱責を飛ばす。


「こ、こらッ! アム! 空気読みなさいッ!」


「あはははは……いや、構わないよ」


 と、そこでフィルが思案げな表情でアムを見る。


「でも、確かに憑依は試した事がなかったな。危険なスキルだからアムが強くなったら試してみよう」


「それは……ありなんですか?」


「あまり聞かないね。でも、意外とこういうところに強くなるヒントがあったりするんだよ。憑依なら魂が道連れにされることもまあないしね」


 リンの不安そうな顔に、フィルが笑みを浮かべて言う。アムは腰を下ろした。


 はぐらかされたのか? いや――これがフィル・ガーデンという《魔物使い》だろう。


 頭の回転は信じられないくらい早いが、ネジが数本抜けている。


 故に、悪性霊体種と絆を結びSSS等級探求者になれた。


 だが、それは恐ろしい事だ。支えねばならない。守らねばならない。

 アムにはフィルのスレイブをやっていて、シィラとの戦いの話を聞いて、少し気になる事があった。


 まだ疑念の段階だが、フィルは気づいていないが――何かの間違いである事を祈り、アムは再びフィルの講義に耳を傾けた。





§ § §






 無造作に伸ばした腕から、黒い靄が立ち上がる。『悪夢の祝福』とは異なる悍ましい気配が堰を切ったように膨れ上がる。


 アムは静かに眼を閉じていた。


 紋章を通し、その集中力が針のように研ぎ澄まされているのを感じる。種族スキルとは本能だ。鳥が飛ぶように、魚が泳ぐように、夜魔にはその種にしか認識できない隣の世界の法則を扱う本能がある。

 だからもし僕がアムと契約しなくても、アムはいずれそれを操る術を身につけていただろう。


 僕はただ静かに、一言も発さずに、その様子を見ていた。


 アムの二の腕から這い上がった黒い靄――悪夢の欠片が静かに形を取り始める。ナイフのような鋭利な形状、針のように尖った体毛と頭部らしき箇所でたった一つだけ輝く巨大な紅い瞳が発現する。

 十分に集中力が高まった瞬間、眼をゆっくりと開いてアムが声高らかに叫んだ。


「『侵食する悪夢(サモン・ナイトメア)』!!」


 実体のなかった黒い煙が、その言葉と同時に確かな実体を得た。


 悪夢が咆哮をあげた。心の臓が凍りつくような奇声に身体が一瞬硬直する。毛むくじゃらの肉体に、四肢、体幹、全身から突き出す滑らかな漆黒の刃。身の丈はおよそ二メートル弱。

 ギョロリと紅眼が僕を睨みつける。僕は必死になってペンを動かし、目の前の光景のメモを取った。


 発現した瞬間の奇声による硬直は獣系種族の高ランクが保有する『威圧する咆哮波(ハウリング・ウェイブ)』のスキルだろう。肉質は悪性霊体種に酷似している。四肢は鍛えあげられた戦士のように発達しているが、霊体種の肉体は物理法則から相反している。アムが細腕で広谷に勝てるように、見た目に意味などないはずだ。ならば何故そのような豪腕を持っているのか? 興味が尽きない。


『召喚』系のスキルは召喚対象をどこから引っ張ってくるかによって何種類かに分類されるが、『侵食する悪夢』は異界から対象を召喚するパターンのスキルに見える。しかし、本来、召喚は依代――この世界の物質を基点として行うものだ。

 アムは魔力こそ大きく消費しているものの、特に何かを基点にした様子はない。まさに、奇想天外摩訶不思議な種族固有のスキルと言えるだろう。


「はぁはぁはぁ……や、やりまし、た」


 全力を費やしたアムがその場にペタリと座り込む。どうやら消耗は激しいようだ。


 調査しようと、一歩前に出ると、怪物が腹に生えた柄を眼にも止まらぬ速さで引きぬいた。それは、刀身が一メートル程の刀だった。刺さっていた部分が紅蓮に濡れている。血……ではない。怪物の身体からは血の一滴も流れていない。反射的に数歩後退る。脳が焼けるかのような衝動。喉の奥から何かがこみ上げてくる。これは……殺意だ。精神だけでなく身体に影響を及ぼす程に濃密な殺意。


 散々修羅場をくぐり抜け精神力だけは自信があるこの僕にすら膝をつかせる途方も無い巨大な意志。


 それを我慢しながら、観察し、ペンを動かす。瞬きをする間も惜しい。これこそが、種族固有スキル。命を掛けてさえ知る価値のあるスキルだ。夜魔は希少である。というか、高位の霊体種というのは夜魔に限らず数が少ないのだが、今僕が取ったデータは間違いなく後世の役に立つことだろう。


 アムがずるずるとナメクジのように這いよって僕の肩にちょんちょんと触れる。


「フィルさん、フィルさん」


 差し出された頭。アムの髪をくしゃくしゃっと撫でてやる。それだけで表情が緩んだ。


 思い切り抱きしめてやる。まさか、あのアムが僕のサポートもなしに、種族スキルを開花させるとは、本当に成長したものである。

 何が良かったのだろうか? アルファトンか? それともその他の薬品か? あるいはつけた訓練や知識がアムに大きな変化を与えたのだろうか? 答えは出ない。いや、人ならざるものの心は、いくら一線級の《魔物使い》でも、所詮はただの人である僕に理解出来るものではない。


 僕にできる事はただしっかり抱きしめて褒めてあげることくらいだ。


「私……頑張りました」


「よくやった。アム、よくやったよ……」


 駄目な子だなんて思っててごめん。

 アリスは強かったが、種族スキルは一つだった。アムは突き詰めた強さこそないものの、種族スキルは豊富にあるようだ。是非とも全てこの眼で見てみたい。


「よし、アム! 次は『行軍する災厄レギオンズ・ディザイアー』だ!」


「……無理ですよぅ……ほら、もっと撫でて! 抱きしめて!」


 アムが腕の中で情けない声をあげる。本気で無理そうだったので、それ以上言うのを止めた。


 一度に多くの事を求めてはならない。それが、本人のやる気を削ぐ事も多々ある。


 大丈夫、この子のポテンシャルなら使えるようになる日もそう遠くない。今は我慢の時だ。


 抱きしめたまま右手で髪を梳く。今出来ることはせいぜい、データを取るくらいだろう。

 アムが召喚した怪物は、本体が気を抜いているせいか特に動く気配はない。なるほど……ある程度召喚者の意志に従うのか……だが、それなら、感じるこの悍ましい殺意の正体は何だ?


 変なところで鋭いアムがこちらを恨みがましげな眼で見る。


「……フィルさん、今は私の事だけ考えて欲しいです……」


 悪性霊体種は嫉妬深い。怪物の正体についての考察は後にしよう。また後でゆっくり考えよう。

 それだけのことを、アムは成し遂げたのだから。アムの頬に頬を密着させる。密着した皮膚と皮膚。抱きしめた身体から昏い力を感じる。悪性霊体種の力とは魂の力であり、意志の力であり、魔力である。アムの召喚したこの怪物のスペックは相当高い。A等級までは行かないが、それに近い力がある。


 まだ未熟なアムが召喚する対象としては破格だ。当然相応のコストが必要なはずだが、感じる体温、密着した身体から感じる力はそこまで大きく目減りしていない。これが種族スキルの神秘なのか。


「フィルさん? 私は、フィルさんのために、頑張ったんですよ?」


「ごめんごめん、職業病でね……」


 身体を離しながら謝罪する。アムの声は気丈だったが表情には強い疲労が見え隠れしていた。初めての種族スキルを使用したのだ。慣れないうちは消耗も激しいだろう。どうやら魔力よりも体力を消耗するタイプのスキルのようだが……そのあたりは検証を繰り返して確認すればいい。


 カレンダーと時計をちらりと確認する。日付は僕が転移してからおよそ一月が経つ事を示していた。


「そうだな……よし。頑張ったご褒美に明日は一日休日にしよう」


「……え!? い、いいんですか?」


 アムが目を見開き、僕を凝視する。そんなにびっくりしたかい。


「うんうん。最近少し詰めてたからね。それにアムも――頑張ってスキルの練習、したんだろ?」


 別に僕とてアムを休まずに働かせるつもりはなかったのだ。王国では定期的に休みを入れるようにしていた。転移してからはその余裕もなかったが、今のスキルを使いこなせば依頼の達成速度も上がるだろう。これまでの訓練もやりすぎないように調整してはいたが、たまには余裕も必要だ。


「僕もちょっと疲れが溜まっていたし、丁度いいよ。休日、いらない?」


「!! いります!」


そんなに目を輝かせて……もしや癒やしが足りてなかった? ちゃんとかまってあげたし霊体種だし、大丈夫だと思っていたけど、少し育成計画に変更を入れた方がいいかもしれない。


「少しだけど、お小遣いもあげる。たまには訓練の事を忘れて羽根を伸ばすといい」


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書籍版『天才最弱魔物使いは帰還したい』二巻、12/2発売しました!。
今回はアリスが表紙です! 多分Re:しましま先生はアリス推し! 続刊に繋がりますので気になった方は是非宜しくおねがいします!

i601534
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