第三十八話:君にそれだけの価値はない
セーラはしばらく呆然としていたが、少しずつ表情に理解が広がる。そして、顔は変わっていないが、その表情が僅かに弛緩した。緊張が消えたのだろう。言葉は届いたようだ。
「…………そう、ね。フィル、貴方の言う通りだわ」
「セーラはアムと違って素直でいいなあ。魔力は渡せないけど、うちの子になる?」
「ちょ、フィルさん!?」
アムなら間違いなくぐちぐち言っていた。僕はもともと善性霊体種のスレイブが欲しかったんだよ。
焦るアムを見て、セーラが呆れたように笑う。
「ありがとう、でも、遠慮しておくわ。私には、《明けの戦鎚》があるもの」
「でもセーラ。僕が思うに――月700Mはぼりすぎだ。君にそれだけの価値はない」
「ッ!? あ、貴方、仮にも本人を前に、よくそんな事――確かに、確かに高かったわよッ! っていうか、あれが初対面って、よくもまああんな態度取れたわねッ!」
ただでさえスレイブを持てる職は希少なのに、あれでは人が来るわけがない。
多分セーラ自身にも迷いはあったのだろう。僕は手を一度打った。
「よし、カウンセラーは終わりだ。料金はいらないけど、ランド達にはフィルにお世話になったと言うんだよ。おかえりはあちらです」
「!? ちょ……いきなり!?」
「おかえりはあちらです。アム、お仕置きにちゃんとしたデータリングするから準備しといて」
「ふぇ!? ちゃ、ちゃんとした、データリング!? な、なんでですか!?」
その意味を察したのか、アムが顔を真っ赤にして慌てふためく。勝手にセーラを入れた罰だよ。
仕事は終わりだ、これからはお楽しみの時間だ。立ち上がる僕に、セーラが戸惑いがちに言った。
「あの……フィル。その……実は、まだ、悩みが……あるんだけど」
「知ってるよ。でも、自分で解決しろ。君たちは人を頼りすぎだ、人に頼ってばかりじゃ成長はない」
仲間を頼るならいいと思うが、どうして赤の他人の僕を頼るのか。
「なんで!? ランドが言ってたけど、貴方、そういうのの専門家でしょ!?」
「プロは自分の技術を安く売らないんだ。言っておくけど、ここまででも、だいぶサービスしてる」
僕がセーラの問題を解決すると言ったのは、あくまでランドに恩を売るためだ。その代金分は既に働いた。そして、これ以上セーラに手を貸すことはセーラのためにならない。
顔を真っ赤にして要求するセーラに合わせるように、アムが顔を真っ赤にして訴えてくる。
「フィルさんッ! 助けてあげましょうよおッ! 人助けですよ、人助けッ!」
「言っておくけど、データリングはなくならないから」
「そ、そんな事言って――解決する自信がないんじゃないですか?」
「くだらない挑発だ。アム、セーラの悩みがなんだかわかるか?」
「え……?」
わからないわけがないのに、アムがきょとんとする。この子の頭の中には何が詰まってるんだ。
セーラが息を呑み僕を見ている。僕はさっさと答え合わせをした。
「彼女の悩みはつい数日前までの君と同じだ。さっきも話に出たけど、力不足だよ。違う? セーラ」
「ッ…………あ、当たり、よ。どうして――」
「どうしてわかったの? なんて聞くなよ。悩みの延長だ。だいたい、君の要求が過剰な魔力の時点で予想がついている。僕から見れば何もかも明らかだよ」
霊体種にとってストレスと力は切っても切れない関係にある。魔力に自信があればセーラはランドと同じ卓を囲む事に疑問を抱いていなかっただろうし、状態回復法の効果からも察せられる。
「セーラ、君は僕の助け舟で、ランド達と話し合っていないのか?」
僕の問いにセーラがぎょっとしたように頬を引きつらせた。
「!? ……貴方、《魔物使い》じゃなくて《探偵》じゃないの? ……話しあったわ。そんな事、気にする必要ないって、言ってた」
「!? なら、なんで来たんですか!? というか、フィルさん、最初から気づいていたんですか!?」
「気づいてたに決まってるだろ。何のために僕が助け舟を出したと思ったのさ。ランド達は、セーラの悩みに気づいてたよ。同じパーティメンバーがスレイブ志望に登録なんてしてるんだ、気づいてないわけがないだろッ! だから必要なのはきっかけだけだったんだよッ!」
ランドは人望のある優秀な探求者だ。きっと彼は僕の言葉の意図もしっかりと気づいているだろう。
セーラがここに来たのは、赤の他人からの保証も欲したからだ。だが、きっと僕がいなかったとしても、彼女は時間さえあれば自分で自分を納得させていたはずだ。だから、アムとは違っていた。
そして、そこまで恵まれているのに、セーラは更に助けを求めている。甘えにも程があるぜ。
「で、でも、それでも、私――」
「回復法」
「? な、なによ、いきなり」
もちろん、僕は白魔術師のスキルなんて使えない。セーラの反応を見ながら続ける。
「状態回復法、結界法、湧き出す力、高位回復法…………そうか、高位回復法が使えなくて悩んでいるのか」
「!? なんで!? なんでわかるの!? 心を読めるの!?」
表情を読んでるんだよ。セーラはとてもわかり易い。もううんざりである。
回復法よりも大きな傷を治せる高位回復法は確かにランドクラスのパーティには必須の魔法だし、セーラに使えてもおかしくないものだが、使えないなら使えないで納得しろ。修練しろ。僕を頼るな。
「心が軽くなっただろ。しばらく練習すれば使えるようになるよ」
「そんな事――ずっと、ずっと練習してた。なのに、どうしても使えないの。ねぇ、なんでだと思う?」
「大丈夫だよ。きっとセーラには才能はあるから、時間が全て解決してくれる」
大体、新たなスキルを取得できずに悩んでいる探求者などごまんといる。職は道を見せてはくれるが、スキルの取得速度には個人差があるし、使えないスキルがある者だって少なくない。
「もちろん、僕にはなんとかする手段はあるよ? あんなにへっぽこだったアムだってたった数日でこの通りだ。でも、皆努力という代価を払って力を得ているんだ。代価を払わずに何かを得ようなんて都合が良すぎるんじゃない?」
「へっぽこ……」
アムががっくりしているが、一人ぼっちの悪性霊体種は目立つし、きっと君は間違いなくこの町有数のへっぽこで有名だ。
どうせ大した手間があるわけではない。助けて欲しいというのならば助けてあげてもいいだろう。
――だが、それは正しくない。ただ与えられた力に意味なんてない。
育成職である《魔物使い》の悩みどころでもある。
僕は嘘をついていない。白魔術師は善性霊体種の適性職である。術の取得を妨害していたのは抱いていた劣等感だろうから、それに一つの納得を得た時点でセーラは高位回復法の取得まで秒読みだ。
だが、セーラの表情は必死だった。必死の表情で助けを求めてくる。
「お願い、フィル。ヒントだけでいいのッ! そ、そうだ――データリング。もし助けてくれるなら、データリングしていいからッ!」
「え!? マジで? なら助けてあげる」
「!? ええ!?」
「セーラが助けて欲しいって言ったんだ。データリングさせてくれるなら、手伝ってあげるよ」
助けを求めたセーラ自身が驚いている。なんでさ……。
流儀には反するが、ライト・ウィスパーのデータリングの機会なんてこれを逃したら二度とない。
僕は一度は止めたんだし、もう自分の利益を考えてもいいだろう。そうだ、アムと並べて比較するなんてどうだろうか? 正反対の種族だ、新たな発見があるに違いない。
アムが青ざめてセーラを説得にかかる。
「セ、セーラ!? や、やめておいた方が……データリングって言うのは」
「そのくらい知ってるわ。データを取るんでしょ? 探求者として自分のデータは隠しておきたいけど、仕方ないわ。こっちが頼んでいる立場だもの。何でもやる覚悟があるわ」
よく言うぜ。自分のデータをちゃんと把握していないからこんな状況になっているというのに。
「何でもはやってくれなくていいよ。善性霊体種のセーラのデータがあればきっとアムも強くできる。ちょっと待っててね。アム、セーラの隣に座ってて」
部屋から出て、キッチンに向かう。目的のものを見つけると、鍋を温め、食器を上に持っていく。
鍋を運ぶと、僕はセーラ達の目の前で二つの器にシチューを配膳する。
目を瞬かせるセーラと、何をするか察したのか、頬を引きつらせるアム。
「このシチューは僕特製だ。アムは体験済みだけど、霊体種の力を格上げするための薬が入ってる」
「え!?」




