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天才最弱魔物使いは帰還したい ~最強の従者と引き離されて、見知らぬ地に飛ばされました~  作者: 槻影
第一章:Tamer's Mythology

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第三十四話:お祝いを言おうと思ってね


 そこで、ランド・グローリーの卓に近づく透き通るような金髪の少女に気づき、僕は目を見開いた。


 アムとは違う緩やかな波打つような髪。見る者を魅了する透き通るような碧眼に、白いドレスにも似た探求者装束に、どこか物憂げな表情。


 刹那で無数の思考を巡らせた。脳が熱を持っていた。

 そして僕は結論づけた。


「…………あぁ。一戦交えようと思っていたのに、無理そうだな」


「……………………わからない、です」


 アムがしばらくの沈黙後、白旗をあげる。


「簡単だ。戦う必要がなくなった。僕はアムを差し向ける以外で彼らに力を披露し、友誼を結ぶ事が出来る。アム、あの卓に近づいている彼女は――『セーラ』だよ。ああ、アムに少し似ているな」


「セーラ……?」


 もう忘れたのか……いや、もともと聞いていなかったのか?


「小夜さんが僕のスレイブ候補として名前を出した子だ。アム、無機生命種の魔物が蔓延り、無機生命種の探求者が大勢いるこの地で霊体種はほとんどいない。ゼロでもおかしくない。絶望的に、場所が悪いんだ。だから、アムは悩み、正反対である善性霊体種のあの子も悩んでいる。僕の専門だよ」


 相談する同種の仲間がいない。実はこういうのはありがちな事だ。

 大都市を除けば一つの都市には似たような種が集まる事が多い。そして、僕が蓄えた知識はそういう時にも役に立つ。


 腕を伸ばしアムの肩を抱く。囁くように、自慢するように言った。


「見ていろ、アム。ランド・グローリーは次に『ダーク・コフィン』を注文する。苦味の強いチョコレートのカクテルだ。ここの酒場では高額なメニューだけど、躊躇いはしない。何故かって? 僕が今飲みたいからだ。そして、次に手を上げて僕に声をあげる。『ああ、フィル・ガーデン。久しぶりだ。そんなところで何突っ立ってるんだ、入ってこいよ、いっぱい奢る。友達だろ』ってね。ああ、何言ってるんだって思ってるね? 何故そう思うかって? そんなの簡単だ。僕が彼の立場なら――間違いなくそうするからだよ。解決のために手を尽くすことは惜しまない。可能性がどれほど低くたって、掴まずにはいられない。仲間のためなら何でもする。それが優秀な探求者ってものだ」


 アムが目を見開き言葉を聞いている。ランドが一瞬硬直する。ランドは、しばらく真剣な顔をしていたが、不意に手を上げると、注文のために機械人形のウェイターを呼んだ。




§ § §




 酒場で立つ怪しげな二人組。その存在にSS等級探求者ランド・グローリーが気づいたのは職業病のようなものだ。

 魔物の縄張りに度々踏み入る探求者は常日頃から警戒を怠らない。特に、食事時は隙ができやすいから、ここが安全な場所だと知っていても、ついつい辺りの様子を窺ってしまう。


 そして、気づいた。《明けの戦鎚》の貸し切った酒場内を、目的を持って観察している二人組を。


 最初は物珍しさからかと思った。《明けの戦鎚》はこのレイブンシティ近辺ではトップクラスの規模を誇るクランだ。羨望の眼差しを受けることもあれば、極稀だがやっかみを受ける事もある。

 だが、すぐに、今回の視線がそれらとは異なる事に気づいた。その視線は羨望も嫉妬もなく、一部の無機生命種が向けてくるもののように透明で、少なくとも青年の方はランドとは比べ物にならない程弱いはずなのに、どこか遥かな高みから見ているかのような気配があった。


 聞こえてきた会話の内容も驚きだ。どうやら、青年はランドに喧嘩を売りに来たらしい。


 恵まれた種族に、戦闘特化の上級職。探求者には戦闘狂も多いが、この地でランドに挑む者などいなくなって久しい。おまけにそれが世間知らずから来るものではないとなれば、もしも彼らが正面からランドに挑戦してきたとしても、ランド・グローリーは一人の武人としてそれを受けていただろう。


 卓の対面に腰を下ろしていた副クランマスターのガルドが、ランドの表情の僅かな変化を読み取り、その耳をぴくぴくさせる。会話なしの意思疎通など、お手の物だ。そして、にやりと笑みを浮かべた。


「んんん………………面白えな」


「だろ?」


「最近じゃあ俺たちに挑む連中なんていなくなってるからな……む?」


 ガルドの鋭い双眸。その中の瞳孔が僅かに開く。会話の内容に驚いたのだろう。


「本当に観察によるものならば、凄腕だ。だが、俺たちは有名だからな。ちょっと探せば情報くらいいくらでも出てくる」


「そうだね……嘘をついている雰囲気はないし、根拠もあるようだが……少し、弱い」


 ランドも同意する。この世界には多種多様な種族と職が存在する。ランドのように角がある種も多いし、ガルドのように一部獣の特徴を持つ者も多い。剣を使う職や槌を使う職などいくらでもある。

 それに、その青年の言葉はあまりにも怪しすぎた。境界の話は知っているが、その北からやってきた者など会ったこともないし、その明らかに力のない肉体でSSS等級というのもにわかに信じがたい。


 多少の興味はあるし、不思議な空気を纏っているのは間違いないが、その言葉をそのまま鵜呑みにするのと、青年が単純にペテン師である可能性を天秤にかければ、まだ後者に軍配があがる。


 まぁ、模擬戦を挑んでくるのならば受けてもいい。あの隣の少女がランドに対して持っている勝ち目とやらは見てみたい。たとえランドに敗北したとしても、有機生命種の最上(といっても、青年は竜種にコンプレックスがあるなどと耳に痛い言葉を出していたが)の力に挑んだ勇気は称賛に値する。


 そこで、卓から少し離れていたパーティメンバーのセーラが戻ってきた。少し名残惜しいがそろそろ盗み聞きはやめようか――そんな事を考えた瞬間、ランドの耳に予想外の会話が入ってくる。


 思わず眉を顰める。ガルドも、自然な表情を作るのを忘れ目を見開いている。


「参ったな……」


 痛い所をつかれた。ガルドやランドの事は知っていても、青年がセーラの事まで知っているとなると話は別になる。何故ならばセーラはランド達と比べて有名ではないし、仮に事前に情報を集めていたとしても、セーラがスレイブとして登録した事を知っているのはランド含め数人しかいない。


「なにもんだ?」


「素人じゃない。かといって、高等級の探求者がこの街に来たら情報が入ってくるはずだ」


「ふん…………どうする? あの男、俺たちが気づいている事に気づいているぞ」


 ランド達は努めて自然な仕草を保っていた。もしも青年がランドの聞き耳に気づいていたとするのならばそれは、彼が言った通り――知識という奴なのだろう。


 久しぶりに迷う。セーラが、善性霊体種の少女が不思議そうな顔で卓につく。どうやらセーラは青年の会話に全く気づいていないようだ。ガルドが不意にくっくっくと含み笑いを漏らした。


「高い酒を奢れ、だとよ。さっきまでかちこみをかける話をしてたってのに、手の平返しがひでえな」


 どうやら、あそこまで好き放題言われてもガルドの心象は悪くないらしい。言葉の端々でガルド達を敬っている事が伝わってきたからだろう。ランドも同じく、不思議なくらいに腹が立たない。


「やむを得ないな。仲間のためなら手を尽くすのが優秀な探求者、らしいしな」


「ど、どうしたの? いきなり」


 状況がわかっていないセーラの前で、ランドはしぶしぶ手を上げ要求の物を注文した。





§ § §




 ほら見ろ、なんとかなった。唐突にこちらに手招きするランドに、クランのメンバーたちが動揺し、こちらに注目する。視線の多くに篭められた感情は興味だが、一部アムに対する警戒も入っていた。


 早速まだ人間慣れしていないアムが泣きそうになっているが、気にせずに前に出た。


「アム、この世界に誠意を以て挑んでどうにもならない事ってのはなかなかないんだよ」


「誠意? いい、今、誠意って、言いました?」


「まぁ今回は時間がなかったから割と力技も入ってる」


 ついでにこの街最強の探求者の気質確認も兼ねていたが、どうやら僕と相性のいいタイプのようだ。


 歩くついでに全神経を傾け、情報を取り入れる。種族によっては生まれたての頃から出来る事だ。だが、自然な笑顔を浮かべたままこれが出来るようになるまで、僕は長い時間がかかった。


 卓に近づいた僕に、ランド・グローリーは穏やかな笑みを浮かべた。ガルドの方も笑みで表情を隠している。状況がわかっていないのはセーラだけのようだ。


「やぁ、フィル・ガーデン。久しぶり。外から覗くなんて、どうしたんだい?」


 表面上は親しげなランドの言葉にアムが目を白黒させている。セーラも目を瞬かせ戸惑っていた。


「お祝いを言おうと思ってね。SS等級昇格おめでとう。貸し切りだし、入っていいか迷ってたんだ」


「……君に言っていたかな?」


「周りの会話を聞いた。それに、ギルド併設の酒場を貸し切るともなれば何か慶事があったと考えるべきだ、SS等級討伐依頼達成程度じゃまだ少し弱いからね。周囲に気を配るのは探求者の基本だ」


 僕は最弱だ。だから、努力してきた。交渉に慣れているのは、そうするしかなかったからだ。


 セーラに視線を向ける。スレイブ志望でとんでもない条件を出していたライト・ウィスパーはとても美しい少女だった。短く切りそろえられた金の髪は少しくすんだ金髪のアムとは異なり輝かんばかりで、美しい青の瞳も合わせてまるで妖精のようだ。仄かに輝く肌は『白い光(ホワイト・ブレス)』と呼ばれる善性霊体種の特徴でもある。実際に光り輝いているのだが、その色で種族をある程度絞れるという優れものだ。僕は笑みを浮かべ、セーラ(と、友達のランド達)に自己紹介をする。


「始めまして、セーラ。僕は《魔物使い》のフィル・ガーデン。彼女は僕のスレイブ――『夜魔』のアム。悪性霊体種だけど、罪を犯した事はない。仲良くして欲しい」


 種族まで最初にしっかり述べて言質を取る。小手先の技術だが、一度自ら認めたものを反故するのは難しい。セーラは一瞬きょとんとしていたが、僕の差し出した手を躊躇いなく握った。


「《白魔術師》のセーラよ。よろしく、フィル」


 アムが目を見開いている。手を差し出されて躊躇いなく握れる者がいる事に驚いているのだろう。


 彼女はアムとは正反対だ。アムが周囲全てを信じていなかったように、彼女は周りの全てを信じている。

 善性霊体種という種は人気者だ。同じ霊体種なので有する種族スキルも似通っているが、性質は正反対である。悪性霊体種が使う『憑依』は彼女達が使えば『加護』になり、『恐怖のオーラ』は『祝福のオーラ』となる。『ライト・ウィスパー』はD等級の善性霊体種だが、彼女のような存在ならばどこのクランでも大歓迎だろう。


「それで……フィルは、ランドさん達とはどういう関係なの? 一緒にパーティを組んで長いけど、貴方のこと一度も見たことないんだけど」


 セーラが眼を瞬かせ、不思議そうな表情をする。


「それは追々話すよ。まずはこの出会いに乾杯させてくれ。アム、僕はセーラとランドの間に座るから君は対面だ」


「!? えぇ!? 私、フィルさんのスレイブですよ!?」


 アムが裏切られたみたいな顔をしているが、背中を押して対面に追いやる。優秀なスレイブというのはマスターの欲するものを察して自ら動くものだし、アムはもう少し知らない人に慣れるべきだ。


 僕の要望通りのカクテルが運ばれてくる。ランドとガルドが腑に落ちないような表情をしているが、僕は構わず杯を持ち上げ、乾杯の音頭を取った。


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書籍版『天才最弱魔物使いは帰還したい』二巻、12/2発売しました!。
今回はアリスが表紙です! 多分Re:しましま先生はアリス推し! 続刊に繋がりますので気になった方は是非宜しくおねがいします!

i601534
― 新着の感想 ―
[一言] こっちのフィルは最初から化け物じみてて怖いな……
[良い点] セリフ回しがいちいちハードボイルドでしびれる! 相性がいいのは理屈の通る人、もっといいのは屁理屈も通る人って感じかな
[良い点] 詐欺師、カウンセラー、占い師、手品師、商人と、口八丁手八丁でなんでもいけそう 口が上手い人の恐ろしいところは、警戒してても話してる内に自然といつの間にか話に乗せられてるところ。まるで魔法…
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