第二話:レベルたっかいなあ
僕の言葉に、その目が大きく見開かれ、アンテナがくるりくるりとゆっくりと回り始めた。
テスラGN60346074B型さんの眉がぴくりと動いた。細やかな仕事だ。
口元を押さえ、しげしげと職員さんを確認し、少し考える。
無機生命種だからなあ……まぁ、適当につけるか。
ここまで言ってなんだが僕は主人ではないし、気に入らなかったら後でちゃんとした主人が名前を上書きしてくれるはずだ。むしろ、そうすべきである。
「そうだな……小夜なんてどうでしょう?」
僕の言葉に、アンテナの回転が微かに早くなった。
頬もやや少し紅潮している。僅かだが、興味を抱いている証だ。
彼らは機械だが承認欲求や誇りがある事に変わりはない。だからこそ、彼らは広く異種族として認められている。
「小夜……フィル様、その名にはどのような意味があるのでしょう?」
理屈。理論。機械種がまず求めるものだった。当然考えてある。こじつけだが。
「とある東方の国の言葉で『夜』の事です。テスラGN60346074B型さんの髪の色が――」
夜の闇のように黒く美しかったので、と言いかけてそこで僕は言葉を止めた。
これじゃ口説き文句だ。距離感はちゃんと保たねばならない。大切なのはバランスだ。
勝手に所持品を口説いたとギルドから難癖をつけられても面倒である。咳払いをして話をうち切った。
「ごほん、まあ……気に入らないんなら、別に無理はいいませんが……もしかしたら自分で考えたほうが後悔しないかもしれないし……ただ、僕は名前をつける時に『そういう癖』があるのです」
「……フィル様……私を、名を呼んでいただけますか?」
「小夜さん」
「……」
目を見開く。頭のアンテナが凄い勢いで回転している。
どうやら気に入ったようだ。よかったよかった。
だが、回りすぎだ。周りの受付の職員や、受付に並んでいた他の探求者の人がこちらに注目している。
やむを得ず、僕は腕を伸ばして頭のアンテナを捕まえた。僕に高速で動く物を捕まえるような動体視力はないが、テスラのアンテナは物にぶつかりそうになるとセンサーで止まるようになっている。
「……!!」
「小夜さん、落ち着いて」
「は、はい。取り乱してしまって申し訳ございません。フィル様」
こほん、と一度咳払いをすると、背筋を伸ばしてこちらの目を見た。
調子を取り戻したようで、アンテナの回転速度はリラックスしたように緩やかに変化していた。
「お名前、ありがたく頂戴致します。これからは私の事は小夜とお呼びください」
「それはよかった……。小夜さん、今日はギルドカードの再発行をお願いしにきたんですが……」
ようやく、本題に入れる。小夜さんは小さく咳払いをすると、事務的な表情に変化する。
「はい、ギルドカードの再発行ですね。当ギルドかあるいは【セントスラム】か【リュクオシティ】のギルドを一度でもご利用になられたことはございますか?」
「ありません。グラエル王国から来たので……南側では一切ギルドを利用したことはありません」
ギルドの情報照会ネットワークは余り優秀ではない。遠く活動実績のない街へ拠点を変更する際はギルドカードと活動実績の証明書を持ち込むのが通例だ。
【セントスラム】と【リュクオシティ】は恐らく近隣の街の名前なのだろう。
今回は距離が距離なので、再発行が難しい事は薄々予感していた。カード再発行が失敗したりというのは、探求者の間でも割とよくある笑い話だ。今回の件が笑い話で済むかは怪しいが――。
小夜さんの眼が大きく見開かれ、しかしすぐに渋い表情に変わる。
「グラエル王国――申し訳ございません、フィル様。一度でも近隣のギルドでギルドカードのご利用経験があった場合は再発行も難しくないのですが、ご利用経験がないとなると……」
「やはりそうなるか……何か方法はないですか?」
「前ギルドの証明書を持っているならば再発行は可能ですが……」
やはりそうなるか。他に証明になりそうなものは――。
と、そこである事を思い出し、右手の人差し指にはめていた青い指輪を外し、カウンターに置く。
「ギルドのランクアップの際にもらえる褒賞品の指輪なんですが、これが証明になりませんか?」
小夜さんが、その指輪を手にとってしげしげと観察する。探究者にはそれぞれ実績に応じて等級が存在する。ランクアップ褒章品は探求者の等級が上がる際にお祝いでギルドから贈られるアイテムだ。
だが、僕の期待とは裏腹に、小夜さんはすぐにカウンターに指輪を置くと、首を横に振った。
「申し訳ございません、こちらでもランクアップの際には褒賞品を授与されるのですが、どうやら品目が異なるようです」
「そうですか……まぁ、しょうがないですね……ギルドカードを置いてきてしまった僕が悪いんだし」
指輪を再度嵌める。
まあ仕方ない、もともと期待は薄かった。
元の身分があれば楽だったが、ランクもお金もまた貯めればいいだけのことだ。面倒だが、新規登録する事にしよう。
「なら、新規登録をお願いできますか?」
「かしこまりました。フィル様は利用歴がないので問題なく登録できます」
小夜さんがようやく、うっすら笑みを浮かべて頷いた。
§
懐かしい手続きをする。前回やったのは僕が右も左も知らない頃だったので随分前の事だ。
生年月日。名前。年齢。そして――職。
職とは道である。探求者と言ってもそれぞれ得意分野が違う。職は得意分野の現れとも言える。
剣の修練を積んだ者は剣士、魔法を使えれば魔法使い、中には商人なんて書く者もいる。割と曖昧な項目であり、何も経験がない探求者一年生はとりあえず得意分野ややりたい事を書く事も多くギルド側もそれを許容しているが、僕は一年生ではないので、《《ちゃんとした形で職を得ていた》》。
「《魔物使い》、ですか……名乗るには資格が必要な職ですが――」
「ああ。証明書は指輪でしたね。ここに――」
右手の薬指に嵌めていた《魔物使い》の証明の指輪を示す。家には詳しい登録内容が書かれた正式な証明書もあるが、指輪も正式に職の証明に使える物だ。
小夜さんはちらりと確認しただけで頷いた。
《魔物使い》は特殊な職だ。
その名の通り、魔物を手懐け、契約を交わし、成長させ、使役する。
『魔物』などと言う単語がついているが、契約対象が魔物だけだったのは今は昔。現在では他者と契約し力を与える者という印象で知られている。
ともあれ、つつがなくギルドカードの新規発行が終わる。
「お待たせいたしました、フィル様。こちらが新規のギルドカードになります」
「ありがとうございます」
小夜さんから名刺大の金属製のカードを受け取る。
色は灰色。ギルドに所属する探求者の中でも最下級、G等級の探求者である証だ。
表に名前と職、ギルドランクが書いてあるだけの簡素な物だが、こう見えて冒険者ギルドの根幹を成すアイテムだった。
偽造は困難で本人が触れた時だけ文字が浮かぶようになっており、身分証明書として広く役に立つ。
「元のカードが見つかりましたら実績の統合も可能ですので、その際はお申し付けください。」
「わかりました」
「後、こちらは新規登録者への備品になります」
カードに続いて、革袋のようなものを受け取る。
中には最低位の回復薬五本に小型のランタン、ナイフ、外套などの基本的な探求者向けのアイテムに、ギルドのマニュアルが入っていた。初めて冒険者となった際には大いに役に立ったアイテムだ。
地域が違うのに、ラインナップは以前もらった時のものと変わらない。
少し考える。
……うん、いらないな。
外套と回復薬は上位のものを既に持っているし、ナイフは自分で買えばいい。しばらくは夜に出歩くつもりもないからランタンもいらない。それに、確かに僕は困ってはいるが、いくら新規登録とはいえ、初心者用の救済アイテムを僕が受け取るのは流儀に反する。質もよくないし。
「小夜さん、僕はカード紛失による新規登録であって別に初心者ではないので……これ、いりません」
「なるほど……おっしゃることはわかりますが、規則なので受け取っていただけませんか?」
小夜さんが困ったような表情を作る。本当に表情豊かな感情機能だった。
仕方ないな……返品できないならできないで、誰かにあげればいいだけだ。
本当に初心者だった頃の極貧っぷりは僕が一番知っている。
周囲を見回す。丁度入って来た機械人形の男性、隣の受付に並ぶベテランっぽい犬系獣人の女性。
「どうしました? フィル様」
「いや、ちょっと……」
荷物になるからなるべく余計なものは持ちたくないが、適当な人に押し付けるわけにもいかない。
と、そこで、紙の掲示板の所に立ち竦む一人の少女に目が止まった。
年齢は十代半ばくらいだろうか、くすんだ金色の長い髪の女の子だ。種族は雰囲気からして、恐らく霊体種――様子からして悪性霊体種だろうか。
何よりも目についたのは、その腰に下げていた剣だった。全長一メートル程の、装飾もない簡素な長剣。僕も一度使ったことがある、銅の剣だった。ギルドに登録したての剣士がよく使う剣である。
「あの子にするか……」
革袋を握りしめ、近づく。近づけば近づく程、その身に纏った陰鬱な空気が伝わってくる。
近づいた僕の気配に気づいたのか、少女が振り返った。
「? 何か用ですか?」
暗い声。胡散臭いものでも見るかのような目。そこには強い不信感があった。
警戒も当然だ。なにせいきなり見知らぬ男が立ちはだかったのだし、僕の方が頭一個分背が高いので見下ろす形になってしまう。
だが、きっとこの不信感の根底にあるのはそれだけではない。
僕は目を細め、職業病的に少女を査定して、冷静に判断を下した。
……この子はダメだな。
革袋を差し出す。
「これ、あげます。いらないので」
女の子が不思議そうな顔をしながらも、差し出されたそれを受け取る。
「あ、ちょっと……」
後ろから聞こえる声を無視して、さっさと小夜さんの受付に戻る。小夜さんは呆れ顔だった。
「フィル様……まさか、いつもあのような事を?」
「いえ……まぁ、いつもはこんなことはしないんですが、僕のスレイブに似ていたのでつい……」
「なるほど……スレイブ、ですか……まぁ、品をどう使おうが、それはフィルさんの自由ですが……」
小夜さんは、釈然としていなさそうな顔をしていたが、気を取り直すように咳払いして言った。
「ところで、これから依頼は受けられますか?」
探求者の仕事は大きく分けると二つにわけられる。討伐系と探索系だ。
自慢じゃないが、僕はとてつもなく弱い。
力もないし、魔力もない。逃げ足だって遅い。知識はあるが知識だけではどうにもならない事もある。この状態で依頼を受けるなど自殺行為も甚だしい。
おまけに、どうやらこの近辺は野生化した魔導機械が縄張りとしているようだ。
小夜さんから提示された近辺の魔物のリストは周辺のレベルの高さを裏付けるものだった。
「ゴブリンとかスライムとかないんですか?」
最もポピュラーな最下級の魔物の名前をあげる僕に、小夜さんが困ったような表情をする。
「この辺にはいませんね。最低で――この辺りで――」
小夜さんが一つの依頼を指し示す。
「難易度G等級……『F543モデルドッグ』、三体の討伐……?」
「はい。ここで探求者に初めてなった方が大体最初に受ける討伐依頼ですね」
無機生命種のF系討伐が初心者向け……? レベルたっかいなあ。
王国との文化の差異に驚愕、というより呆れてしまう。
探求者につけられた等級と同じように、生物にはその強度に応じた等級が定められている。
グラエル王国では初心者が受ける討伐依頼はゴブリンやコボルトなどG等級の魔物と相場が決まっていた。これは戦闘能力が絶望的な僕でもどうにかすればソロで倒せるレベルの魔物である。
だが、この近辺に生息する魔導機械系の種は全体的に戦闘能力が高い事で知られている。
『F543モデルドッグ』はF等級に区分される魔物だ。その名の如く犬の形をした魔導機械だが、魔導機械は他種の同級よりも一段高い戦闘能力を持っていると言われているので、純粋な能力だけならばE等級の魔物に匹敵すると考えていい。そしてこれは、オークやレッドキャップなど、中級の探求者が相手取る魔物と同じ等級であり、正直に言って丸腰の僕一人では時間稼ぎにしかならないレベルの魔物である。
まあ弱点もないわけではないが、一人で戦うのは現実的ではない。
これが近辺最弱とは……ここの探求者は随分強いみたいだな。
どうしたものか……困り切っている僕に、小夜さんが言う。
「よろしければスキャンしましょうか? 私には能力を検査する機能が備わっています。詳しい能力がわかれば、適切な依頼を割り振る補助が可能です」
「…………お願いします」
小夜さんのルビー色の眼が僅かにちかちかと光る。その眉がすぐに歪む。
僕の肉体は一般人並だし、魔力なんて下手したらちょっと才能のある一般人より少ない。
探求者の能力は身体能力や魔力だけでは決まらないが、控えめに言って僕の探求者としての適性はゼロだ。
「失礼ですが、フィル様には探求者の適性がないようです。探求者をやめる事を強く推奨します。少なくともこの近辺でフィル様が一人でこなせそうな依頼は――ゼロです」
なんと……きっぱりと言ってくれる。どうやら随分緻密に人の性能を確認できるようだ。
だが、言われて諦めるようならば探求者なんてやらない。危険な事もとうの昔に承知の上だ。
小夜さんに悪意がない事はわかっている。僕は肩を竦めて言った。
「全て承知の上です。ただし、スレイブが必要だ。スレイブ候補の紹介をお願いできますか?」