第二十八話:僕は、それが恐ろしい
大国、グラエル王国。広大な領土に肥沃の大地、種族を問わず招き入れる国風。国内に十二の迷宮を抱え、そこを拠点とする探求者のレベルも周辺諸国と比較し際立って高い。
ギルドの建物の大きさも、聖都に存在する総本部を除いて最大級の大きさを誇っている。
敷地面積はおよそ二十万平方メートル。それはもはや一つの建物の域を越えていた。内部施設についても、依頼受領用のカウンターや買い取りカウンター、ギルドショップなどの一般的なものから探求者向けの図書館や、医療施設など、探求に必要な全てを網羅している。
依頼カウンターの一つ、S等級以上の依頼のみを取り扱うカウンターに集団がいた。
老若男女、多種多様の装備をした一団である。防具も、武器も、種族も、何もかもが『ちぐはぐ』なその集団の共通点はたった一つ、心臓の位置に存在する剣の模様をしたカフスボタンのみ。
複数のパーティが集まって構成される集団をクランと呼ぶ。その者たちは、王国でも屈指の戦闘技術を持った探求者の集団だった。
『剣の団』。メンバーの全てがA等級を超えるそのクランの名を知らぬ探求者はいないだろう。
人数こそ多くはないものの、そのメンバーはまさに一騎当千。一勢総集合しているその様子に、依頼を受けに来た探求者が遠巻きに何事があったのかその様子を見ている。
「ですから、シィラ・ブラックロギアの討伐は恐らく失敗しています。期限切れです。依頼を受けた探求者の命も恐らくありません。探求者の『生者の炎』の反応が消失している事を確認済みです」
カウンターについた猫人種のギルド職員――サリアが硬い声で答えた。
ギルドのカウンターを任されて八年目のベテランで、ギルドの顔に相応しい美貌を持った少女だ。だが、その一見硬い表情の奥には強い動揺があることがわかる。
『生者の炎』とは、探求者の生存を確認するための魔法だった。一部高難度依頼の受託の際に使用可能な、特定の探求者の魂を写し、生命ある限り燃え続ける最上級の探査魔法である。
カウンターの前に立つのは、白銀の長髪を後ろでくくった身長二メートル弱の偉丈夫だった。
有機生命種。種族等級SS、数ある種族の中でも最強と謳われる『竜』。それは、俗世に興味を持たない竜種の中で、人に化身し探求者となった稀有な個体だった。
リード・ミラー。探求者の間では知らぬものがいない最強であり、同時に伝説に最も近い男。
探求者等級SSSの銀鏡竜、剣の団のクランマスターでもある。人化のスキルで人の形をとっていても、なお隠し切れない圧倒的なプレッシャーを振りまく男が、その答えに眉を顰めた。
「解せんな。ただのL等級討伐依頼……確かに油断ならぬ恐るべき相手ではあるが、SSS等級の中の上位ならば易易と敗北する相手ではないはずだ。しかも、今回の依頼を勝ち取ったのは確か――」
「SSS等級探求者、フィル・ガーデンさんですね」
サリアの言葉に、リードは眉をぴくりと動かした。
L等級の依頼は数が少ない。そのため、複数探求者がその依頼を受領する意志を見せた場合は早い者勝ちではなく、ギルド側が吟味し、最も的確な探求者に依頼を送ることになる。
希少な《魔物使い》系の上級職、《支配使い》。その男は、SSS等級探求者の中でも王国近辺では知らぬものがいないくらい有名な存在だった。
少なくとも、依頼を受ける意志を見せ、選ばれなかったリードが納得できる程度には。
「馬鹿な。コラプス・ブルーム……眠れる姫を使役するあの怪人が、たかがL等級の幻想精霊種におめおめと殺されるだと……いや、逃げ延びる事すらできないなど、それこそ……ありえない」
生き延びることに長けた探求者である。幸運に恵まれたのはもちろん、吹けば吹き飛ぶような肉体しか持たないその探求者は、今までリードが見てきた者達の中でも極めて優秀な判断力を持っていた。
「ですが、状況全てが彼の死を指し示しています」
その言葉に、ようやくリードは信じがたい事実を飲み込んだ。思考を再開する。
生者の炎は絶対だ。生きている限り、魔術を解かない限り、その炎は燃え続ける。
王国最強の《魔物使い》も人の子だったということか……。
「これを受け、ギルドはSSS等級が所属する全クランにシィラの討伐を依頼する事を決定しました」
「全て……だと? ……大事だな」
「はい。私が職員を始めてから……こんなのは初めてです」
サリアが瞳孔が開ききった瞳でリードを睨みつけるように見る。
気が立ってるな、と、リードは思う。
とはいっても、リードも人の事は言えない。
フィルは弱かった。だが、本体の戦闘能力は皆無に近かったが、それを補って余りある力を持つスレイブを連れ、その力を完璧に引き出していた。だからこそ、脆弱すぎる肉体を持ちながらも王国最強の《魔物使い》と呼ばれたのだ。調査・探索を担当するマスターに、討伐を担当するスレイブ。個人で最強とされるリードとはまた違う方法でSSS等級探求者の上位に上り詰めた正真正銘の怪人だ。
その敗北は王国にとって大きな痛手になるだろう。
「もう動き出したクランはあるか?」
「いいえ、通達は出しましたが――フィルさんの敗北で慎重になっているようで……」
「それはそうだ……あの男が負けたとなればシィラはもはや『餌』ではなく、明確な脅威よ」
「はい。フィルさんはアリスをつれて討伐に向かいました。彼女の力を越えた何かがあるのでしょう」
「アリス・ナイトウォーカー……油断したか。だが、あの女の生命操作は摂理に反した力だ。そう易易と敗れるとは思えん」
高い種族等級に希少で極めて汎用性に富んだ種族スキル。アリスは極めて強力な悪性霊体種だった。
そう。極めて脆弱で、優秀な《魔物使い》が――最後の戦いの右腕として選択する程に。
サリアが虚ろな眼で、しかし事務的に言う。
「はい。王国ギルドはシィラの情報調査のため、黒の森に調査団を派遣しました」
「わかった。調査結果が出たら連絡をくれ。結果次第ではその依頼、我らがクランが受領しよう。一応あの男には……世話になったしな」
「はい……よろしくお願いします……」
探求者の殉職率は他の職の比ではない。本人も唐突な死は覚悟していたはずだ。
リードは朋友のために数秒黙祷し、自身のクランメンバー達に向き直った。SSS等級探求者を尽く返り討ちにする魔竜。種族は違えど、同じ竜種だ。油断はできない。
もしかしたら、これが最後の討伐依頼になるかもしれないな。
迫り来る脅威に対する高揚を覚え、竜の瞳が一度強く輝いた。
油断したな、フィル。ゆっくり休め。仇はとる。
いつか冥府で会ったその時は、みやげ話でもしてやろう。
§ § §
話している間、皆が無言だった。
どうして、あの戦いで負けたのか。この地に来て、アムと行動を共にしながらずっと考えていた。
必要な物は、全て揃っていた。何度思い返しても、失点はなかった。これは、僕の探求者人生の中でも初めての事だ。
これまでも何度も失敗した事はあった。依頼を諦めた事もある。だが、それらには理由があった。その場では気づかなくても、後々に思い返せば改善点があった。
だが、今回のものには――それがない。僕は、それが恐ろしい。
改善できなければ僕はまた同じ状況で同じ失敗をするだろう。停滞は脆い純人にとって致命的だ。
生き延びたのはただの幸運だ。転移魔法は転移先の指定に時間がかかる。あの瞬間、とっさに放たれたアリスの転移魔法は転移先が指定されていなかったはずだ。
ほとんど荷物も持たない状態で大自然の中に放り出される可能性も十分にあった……というか街に引っかかったのは奇跡だ。
「境界を超える程の大規模転移……そんな事、本当にありえるんですか?」
「考えたこともなかったよ。正直、飛ばされた今でも半分くらい信じられない。でも、転移魔法が短距離用と言われるのは純粋にエネルギーが不足しているだけだからね」
リンの疑問も当然だ。だが、計算してみないと断言はできないが、アリスの特殊能力ならばできてもおかしくはない。そのくらい、彼女の特殊能力は規格外だ。
それでも、境界を超える大転移は彼女の力の大半を消費したはずだが、まぁ、アイテムも持っているし足手まといなしなら生き延びることくらいはできただろう。そこは、心配していない。
今頃、王国のギルドは僕の失敗で蜂の巣をつついたような騒ぎになっているだろう。『生者の炎』とアリスで僕の生存は伝わっているはずだが、今から帰還後の事を考えると少しだけ頭が痛い。
「そっか……でも、帰っちゃうんですね」
リンが残念そうに言う。帰っちゃうよ。僕には待っているスレイブがいるんだ。
「まだ少し先だけどね……まだ足りない物が幾つもあるから」
「私も、協力しますッ! 何でも言ってくださいッ!」
「広谷のデータ頂戴」
「それは、関係ないだろ」
広谷が目を剥く。だが、せっかくの縁だ。大変な目にあったのだから、少しくらい旨味があってもいいはずだ。僕なら色々リンの力になるアドバイスも出来るだろうし、Win-Winだ。
と、そこで、アムが珍しく真剣な表情で何か考え込んでいる事に気づいた。
僕と最初に交渉した時も一瞬浮かべた表情だ。感情を露わにしている姿もいいが、真面目な顔も好きだ。今となっては満足しているが、僕はその表情に騙されて彼女をスレイブにしたようなものだ。
アムが目を瞬かせ、こちらを見る。
「フィルさん、一つ聞いてもいいですか?」
「何?」
「キーアイテム――『朽ちた聖剣』って、どうなったんですか? フィルさんが持ってたんですよね?」
アリスについてかシィラについての質問が飛んでくると思ったのだが、予想外の質問だ。
「気づいた時にはもう持ってなかったよ。ちゃんと腰にくくりつけてたんだけど、転移直前に落としたのか……あの時は焦ってたからな」
まぁあれは剣というよりはシィラ自身が生み出した弱点である。剣としてはナマクラもいいところなので、落としてきてよかったのかもしれない。飛ばされた僕が持っていても意味がない。
「なるほど……」
「何か気づいた事とかあった?」
アムは探求者としてもスレイブとしても素人だ。幻想精霊種は数が少ないので、恐らく会ったこともないだろう。だが、だからこそ僕とは違う目線で物事を見られる。
「むむぅ…………いえ、今は言わないでおきます」
アムがしばらく眉を顰めて唸っていたが、小さく首を振った。
……まぁ、いい。アムはダメな子だが、馬鹿じゃない。伝えるべき事の判断くらいできるはずだ。
「ともかく、しばらくはこの町でアムの鍛錬をしながらギルドの依頼を受けていくつもりだ。何かあったらよろしく頼むよ。広谷も、アムとの模擬戦はいい鍛錬になると思う」
この地域を支配している魔導機械は相性のいい相手ではないが金になるし、相性の悪い相手と戦う事もいい経験になる。苦手から逃げ続けて良い事はない。それに、アムには僕以外との交友が必要だ。せっかく知り合いも増えたのだからとりあえずはアムが落ち着くまではここにいるべきだろう。
「はい、やりましょう! 色々教えて下さいッ!」
まるで何も考えていないような速度で力強くリンが言う。その眼に燃えるような生命力を感じた。
広谷がげんなりとしている。なるほど……アムの友達だな。僕は妙に納得して、大きく頷いた。




