第二十五話:僕は最速を目指してる
「……あんなの、詐欺です……」
終始どうしていいのかわたわたしていたアムが、ようやくそんな言葉を出した。
「賭けは僕の勝ちだ」
「ッ……明らかに、性格、変わってたじゃないですかッ! 何、したんですか!?」
「人聞きが悪いな。あれは多分彼女の素だよ」
アムが目を見開き、正気を疑うような眼で僕を見る。
「!? 機械人形ですよ!?」
「アム、それは偏見だ。悪性霊体種の全てが魔物だというのと同じくらい偏見だよ」
まぁ、ままある偏見ではある。だが、現在『無機生命種』に区分される存在の最初の一体を生み出した術者は、生命の創造を目標としていた。その最高傑作の一種である人型機械人形が全く感情がないと考える方がおかしいのだ。
ついでにアムは分別がついてなすぎる。
この機械人形が大勢いる町でそんな発言をするなんて――これまでもずっとそういう風に生きてきたはずなのにまだ大手を振って表を歩ける辺り、無機生命種の心の広さがわかるというものだ。
「さて、それじゃ残りの時間は――買い物でも行こうか。揃えるものはまだある」
「フィルさん……依頼は受けないんですか? お金が減ってるのでは?」
「減ってるよ。でも、僕は最速を目指してる」
「あのー……私は、今の私なら、そこそこ戦えると思うんですが……」
どうやら力を発揮したくて仕方ないようだな。確かに、初日からまだ一度も依頼を受けていない。
「そうだね。でも、それは当然だ」
それなりに戦える事は知っている。武器を与え、技を与え、職を与え、精神を整えた。潜在能力はあったのだから、下位の魔導機械くらい問題にならないだろう。勢いがついている時の霊体種の動きは既知だ、試す意味すらない。
僕はこつこつ小銭を溜め込み堅実に前に進むタイプではないのだ。
「目標は三十億だ。プラスで、船に乗せて貰うための功績がいる」
普通のやり方じゃ何年かかるかわかったものじゃない。
無理を通すには力がいる。武力、権力、財力。一番単純なのは武力だが、駄目だ。アムの種族等級はそれなりに高いが、その程度では全てを押し通す力を身に着けさせるまで時間がかかる。
あらゆるものを使って地盤を整えねばならない。先立つものがなければ時間のロスになっていたから、指輪がそれなりの値段で売れたのは幸運だった。
「ダメダメだったアムを使えるようにしたことで小夜さん達の心証は良くなった。探求者等級は上げるに越した事はないからいずれは依頼も受けるけど、何を受けるかは僕が厳選する」
「……なんかフィルさん、私の扱い、雑になってません?」
「あはははは……最初からこんなもんだよ」
「……もっと酷いです」
アムが拗ねているが、しっかり態度を示しておかないと、この子にはいつ何をしでかすかわからない恐ろしさがある。広谷との戦いだって、何かあったら起こせと言ってあったのに起こしにこなかった。広谷の理性があと少しばかり乱されていたら、大怪我を負っていたかもしれない。
アムには剣術の前に回避を仕込むべきだろう。彼女は霊体種の持つスキル――『透過』の力を軽視している。
存在次元をずらすことによりほとんどの物理干渉を無力化するその力は、霊体を傷つける手段を持たない低等級の魔物を相手にする際にはもってこいだ。何故僕が命令するまで使わなかったのか理解に苦しむが、アムに限らず霊体種は他種が羨むその力を自ら行使しない事が多い。
どうやら、どこかに飛んでいってしまうような気分になるので嫌らしい。使えよ。
「戦うだけがスレイブじゃないよ。確かにそういう《魔物使い》もいるけど、僕は違う。それに、色々手伝って貰った方がアムの事をよく理解できる」
「そ、そうですか……そういう事なら」
てれてれしながらアムが言う。もう性格はわかった。アムは根っこの所が素直だ。矯正すれば皆に愛される夜魔になるだろう。アリスは力こそ強かったが、そういう適性はなかった。
スレイブはマスターにより成長するが、マスターもスレイブの育成を通してより高みに登るのだ。
アムを連れ、アムの育成に使うアイテムを買い集めていく。《魔物使い》が育成に使うアイテムはかなり多方面に亘る。
最初は慣れない買い物に興奮していたアムも、途中から何も言わず退屈そうな表情になっていた。だが、数十キロの荷物を背負い平然としているのだから、彼女の力の高さがわかる。
「そう言えば、アムってどうして貧乏だったの……?」
「!? そ、そんな事聞きます!?」
アムの表情がひきつる。だが、僕にはそこまで恵まれた能力を持って生まれ、食うに困る状態に陥る理由が想像できない。
確かに彼女の力は精神状態に左右されるが、それでも僕よりはずっと上なのだ。
「仮に魔物を倒せなくても、魔導機械のスクラップを運んで売れば食べる事くらいできるでしょ」
「!?」
探求者の運搬量というのは貴重なリソースである。だから、探求者は魔物を狩った後は必要な部分しか剥ぎ取らない。普通の魔物ならば残された残骸は腐敗などにより大地に帰る。この町周辺に生息している魔導機械の場合、残骸は時間が経つと別の魔導機械がどこかに持っていくらしい。
だが、それでも、この間ポーンアントの討伐で外に出た際には、誰かが倒したであろういくつも魔導機械の残骸が放置されていた。
ギルドでは買取してくれないかもしれないが、残骸は金属だ、然るべき場所に持ち込み潰せば、それなりの金になるはずだ。
「え……残骸なんて、売れないですよ? ギルドでは買取なんてしてませんし……」
「……」
「そ、それに、誰もやってないじゃないですか」
「運ぶだけの力がある人は少ないだろうし、それが出来る人は魔導機械を狩れるだろうからね」
「……わ、私にだって、プライドくらいありますッ! そんなハイエナみたいな真似、できませんッ!」
「……アムは駄目な子だなあ」
「ーーーーーーッ!」
プライドだけで人は生きていけないのである。アムが顔を真っ赤にするが、心配する必要はない。
「でも、大丈夫。最初から強い子を使うのもいいけど、やっぱりゴミみたいな性能の子を強くする方が性に合ってるから」
「ひ……酷い。なんて事、言うんですかぁ……!」
アムがすがりついてくるが、どうやら精神は安定しているようだ。
ライフドレインも恐怖のオーラもしっかり切れている。僕が見捨てない事を本能から理解したのだろう。色々トラブルがあって面倒だったが、その分だけ信頼を築くことができたのだろう。
自分の仕込みに満足しながら、必要な物を買い込み『小さな歯車亭』に戻る。
「しかし、《魔物使い》って色々な物がいるんですね。リンは買ってませんでしたが……」
広い部屋の中に、アムが背中と両手に持っていた荷物をどすんと置く。
一応白銀の鶏亭に置いてあったアムの私物も運んだのだが、そちらはもともと皆無に近かったので、スペースは十分だった。これからはアムの私物も増やしていかねばならないだろう。
荷物は僕一人で運べない程度に重かったはずだが、アムの顔には汗一つ浮かんでいなかった。
買ったものを開封して置いていく。中には保存に注意が必要なもの、迂闊に触れると危険な物も含まれている。ここから僕の夜魔育成が始まるのだ!
いつだってスレイブを育成するのはわくわくする。指示通りに荷物を配置したアムが、上目遣いで僕を見た。
「フィルさん、配置が終わりました! ところで、この瓶とか、似たようなの、沢山買ったみたいですが……なんですか?」
アムが不思議そうな顔で錠剤の入った瓶を示す。基本的に傷を癒やすために使うポーションは液剤な事が多いので、タブレット型の薬は見慣れないのだろう。
僕は話を変えた。
「後の楽しみにしよう。よし。じゃあ夕飯まではまだ時間があるから――早速さっきの賭け――データリングさせてもらおうかな」
買ってきた立派な装丁のノートの表面にアムの名前を書き、アムに見せる。
注意が瓶から逸れる。アムは大きく深呼吸をすると、姿勢を正した。
「は、はい。よろしく、お願いします」
「あまり肩肘張らなくて大丈夫だよ。初期のデータを取るだけだから」
「それで、私は何をすればいいですか?」
目を瞬かせるアムに、僕は笑顔で言った。
「うん、とりあえず服を全部脱いで貰えるかな」




