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天才最弱魔物使いは帰還したい ~最強の従者と引き離されて、見知らぬ地に飛ばされました~  作者: 槻影
第一章:Tamer's Mythology

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第二十一話:世の中は……本当に不条理だな

 ああ、やるせない。やるせない。どうして僕がこんな事をせねばならないのか。どうしてこんな事を言わねばならないのか。

 だが、何もしないわけにもいかない。


「御しきれないスレイブは処分するしかない。今回はリンじゃ無理だから、僕が務めさせてもらう。ああ、僕だって、とても悲しいよ。君には悪い事をした」


 広谷が呆然としている。リンとアムまでも、絶句していた。スレイブの管理は《魔物使い》の仕事だ。そして僕たちには、万が一スレイブに命令が通らなくなった場合にどうにかする義務がある。


「広谷、君は危険だ。リンは《魔物使い》として間違いなくやってはいけない事をした。禁術の行使も、信頼関係のない歪な契約も、リンの全面的なミスだ。だが、それはそれとして、周りに危害を加える可能性がある以上はどうにかしなくちゃならない」


 スレイブとの別離自体はよくあることだ。だが、手を下すなんて事は滅多に起こらない。


《魔物使い》の中では最大の恥で、それが完全なマスター側の問題ともなれば本当に最悪だ。

 本音を言うならリン側を処分したいが、リンを処分しても広谷の危険性は変わらないし、大義名分もなくリンを殺したら殺人になってしまう。だから、僕にできるのはせめてもの説明責任を果たす事だけだ。


「『鬼人転源歌』を解除する方法は見つかっていないし、時間もないからどうしようもない。《魔物使い》の先輩として、心から謝罪するよ。リンは僕が教育する。もう二度と君のような犠牲者は出させない。それをもってして、こんな事を言える立場でもないけど……許してほしい」


「何を……何を、言っている!? やめろッ、そんな哀れみの目で、見るなッ!」


 広谷の目が恐慌で歪んでいる。僕は深々とため息をついた。

 どうやら、もう少しわかりやすく言わねばならないようだ。


 広谷の持つ武器――刀に例えよう。


「使えなくなった刀を鋳潰すのと同じだよ。使えなくなっただけならまだしも、刀が勝手に周りを傷つけるようになってしまえば鋳潰すしかない。君だって同じ事が起こればそうするだろ? まぁ、今回の状況を表すとするのならば……広谷と呼ばれた名刀は、リンという三流の使い手が持つ事によって、極めて危険な武器になった。悲劇だが……まぁ《魔物使い》の中では稀にある話ではある。使い手を潰すわけにもいかない。世の中は……本当に不条理だな」


 広谷が後ろに下がり、その背が壁にぶつかる。

 禁術を使っても精神の弱さはそのままなのか、あるいは理性を剥がされた事で胆力まで落ちたのか、ともかくやはり欠陥の術のようだ。使い捨てに使うならいいが、長く使う武器にかけるものではない。


 広谷が自分に言い聞かせるように言う。


「俺は……何もしていない……」


「ああ、わかっているよ。そこは、疑っていない。広谷は何もしていないし、何も悪くない。悪いのは全面的にリンだ。アムから逃げるくらいに初心者だからな」


 と、そこで笑いかける。


「でもまあ、君には非はないけど、責任がないわけじゃない。『鬼人転源歌』は無理やりかけられるような術じゃない。君はリンの誘いを跳ね除けるべきだったし、せめて理性を失った時のためにちゃんとリンが君を縛れるだけの契約を交わすべきだった。自分が不利になったとしても、ね。そうすれば、処分せずに研ぎ直すくらいで済んだんだ」


 紋章を通して命令を送る。突然の物音に、広谷とリンの視線が動く。

 アムの手が勝手に動き、床に落ちていた剣を握っていた。握った本人が一番驚いている。


 僕はカウンターに腰を下ろした。めちゃくちゃ眠いが、なんとか表に出さずに言う。


「でもせっかくだ。処刑されるくらいなら戦場で侍として死んだ方がマシだろう。アムが負けたままってのもマスターとして納得いかないし、本当の《魔物使い》を見せてあげよう」


「ばば、馬鹿な、そこの夜魔など……相手に――」


 アムの全身から黒い光が立ち上る。ポーンアントとの戦いで体得した『悪夢の福音』だ。

 詠唱は補助輪だ。種族スキルとは本能であり、一度発動できれば二度目の発動は難しくない。


 アムが呆然としている。だがその身体は勝手に動き、剣を正眼に構えた。


「侍は滅多にいないし、禁術を使ったヘルフレッドの性能は見たことがないから、僕にとってもアムにとってもいい経験になる。ああ、僕が操縦するからさっきまでのアムと同じだと思わない方がいい」


 しかし、広谷が凄い表情をしているんだが、もしやアムは僕が来るまでの戦いで『悪夢の福音』を使っていなかったのだろうか? 平和ボケにも……程があるな。


「俺は――元、B等級探求者だ。負ける、わけが、ない」


 広谷の顔からは完全に血の気が引いていた。目の前の怪物に、先程までは僅かに残っていた戦意が完全に消えている。

 僕は手を組むと、なるべく恐怖を与えるよう微笑みかけた。


「そうか。探求者等級に称号以上の意味はないが――僕は元SSS等級の探求者だった。それもあと一歩でランクアップまでいってたんだ。……負けたけどね」




§ § §




 なんだ、この男は。これまで各地をめぐり数多強敵を屠ってきた広谷は今、激しい混乱の中にいた。


 言葉が理解できない。一挙手一投足から目が離せない。その明らかに弱いはずの肉体から放たれた不気味な気配は僅か数分で広谷の戦意を完全に剥ぎ取っていた。

 逃げたい。だが、逃げられない。この男は背を向けたら躊躇いなく広谷を殺す。


 何故か理解できる。目の前の《魔物使い》は化け物だ。広谷は抵抗すらできないだろう。


 何故、こんな事になってしまったのか? ここに至ってようやく己の行いを省みる。


 確かに、広谷は少しばかり暴れすぎた。新たな力に有頂天になっていた。主の言葉を無視した。

 リンの掛けた『鬼人転源歌』は、身体の大きさというハンデで長く辛酸を嘗めてきた広谷に、そうなってしまうだけの力を与えたのだ。リンとの契約は広谷の自由を何ら害さずそれも都合がよかった。


 一体、どこの何が悪いと――。




 そこまで考え、広谷はようやく、自分の精神が大きく変質していた事に気づいた。





 呆然とする。力を振るう事に酔っていた。《侍》となるべく研鑽した日々が脳裏に蘇る。


 まるで、目でも醒めたような気分だった。


 先程までとんでもない理屈だと思っていたフィルの言葉が不思議と腑に落ちる。


 確かに、危険だ。今の自分は侍の職を持つに値していない。死にたくはない。

 だが、暴れるだけならば魔物と同じで、そして魔物は狩られねばならない。


 ずっと蹂躙を叫び続けた本能は、今では逃亡を叫んでいる。それを理性でねじ伏せ、覚悟を決める。


 死なねばならない、と、広谷は思った。

 再び無様を見せることを考えれば、戦場での死は確かに慈悲と呼べた。


 夜魔の身に漲る力は先程と比べて隔絶していた。先程までの戦意のある広谷でも相手になるまい。

 身体が自然な動きで刀を構える。元SSS等級を名乗った男は唇の端を持ち上げ笑う。


「誰の心にも鬼はいる」


「……かたじけない」


 自然と言葉が出てくる。アムが剣を大きく振りかぶる。

 長きに亘り広谷を守った甲冑も、黒きエネルギーを纏った斬撃には無意味だろう。回避もできるが、既に広谷にはそのつもりはない。




 だが、その時、大きな声が響き渡った。




「待ってッ!」


 広谷とアムの間に立ちはだかったのは、先程まで半死半生だった己のマスターだった。

 アムが刃を退く。完全に身体を貸し与えているのか、ほっとしたような表情がシュールだ。


「……おいおい、邪魔をするなよ。リン。広谷の崇高な覚悟を馬鹿にするつもりか?」


 リンが歯を食いしばり、必死な表情でフィルを睨みつけ、言った。


「チャンスを……ください」


「何がチャンス、だ。僕だってやりたくてやってるわけじゃない。人殺しなんて誰だってやりたくないだろ。僕は、尻拭いしてやってるんだよ。自分の尻も拭けない後輩のためにね」


「ッ……ごめん、なさいッ」


 フィルの言葉に、これまで広谷が何をやっても一度も涙を流さなかったリンの目からポロポロ涙が溢れる。

 広谷は呆然とその様を見ていた。だが、フィルの表情は恐ろしい笑みのままだ。


「僕に謝るな。泣けばいいと思うな。君がまず謝罪すべきは――スレイブだろ」


「……そう、ね。ごめん、なさい。広谷」


「あ、あ……」


 すまなかった、と言いたいが、声は出なかった。フィルの言葉は正しい。広谷が強い意志を持っていれば、本能を跳ね除けることもできていたはずなのだ。それは、紛れもなく広谷の未熟だった。

 リンが広谷を見上げ、震える声で言う。その目は充血していたがしっかり広谷の顔を見ていた。


「契約を…………結び直して、ください」


 その言葉に、リンの意図に気づく。広谷の暴走の理由の一つは、契約の緩さにある。


 リンは広谷との契約時、何も強制しないと約束した。


 あの時のリンは焦っていた。たとえ不平等でも契約をさっさと結びたがっていた。

 恐らく広谷の気質を見て大丈夫だとの判断だったのだろうが、だから彼女は紋章を通じて何も命令できなかった。リンはそれを――やり直そうとしている。


「今は広谷有利の契約なんだろ? 後から上書きさせてもらえると思っているのか? 言っておくけど、僕たちの武力を背景にするなよ。それは、まだリンに早い」


「勉強、します。貴方を、強く、します。何かあったら、止めます。まだ未熟だけど、もう一度だけ、私を、信じて、ください」


 リンが深々と頭を下げる。広谷はただ唖然としてその後頭部を見ていた。

 最初に契約した際、リンの言葉は実利を第一にしていた。広谷を駒の一つとしか見ていなかった。


 だが、今回の言葉には確かに心が篭められていた。リンは信じてと言った。


 だがそれは……一度理性を失った広谷を信じるという事でもある。これは……良いのだろうか? 思わずフィルを見る。


「こっちを見るな、契約するかどうかは自分で決めろ! 僕たちの契約は……『不可侵』なんだ」


 平等な男だ。その助言の通り、リンを見る。


 既に答えは決まっていた。死んでもいいと思った。だが、リンが身体を張ってまで助けてくれた。

 リンは覚悟を決めている。ならば、ここで自ら死を選べばそれこそ名折れだ。

 口を開く。声は自分のものとは思えない程掠れていた。


「……ああ……。俺も、悪かった。二度と飲まれない事を誓う。もう一度、やり直そう」


 リンが顔をあげる。その顔には未だ血の気がなかったが、いつか消えてしまっていた笑みがあった。



 と、そこで、フィルが大きく欠伸を漏らし、カウンターから飛び降りた。


 リンがびくりと身を震わせるが、フィルはそちらに一切視線を向けず、自分のスレイブを見る。


「寝る。アム、僕を運ぶんだ。クソ忙しいのに中途半端な時間に起こしやがって……明日からの計画にずれが出たらどうするんだ」


 その声には先程までの凄みが一切なかった。怖気が奔るような気配もいつの間にか綺麗に消えている。

 苛立たしげなのは本当に眠いからだろう。リンが声をあげかける。


「あの――契約……」


「知らん。それくらい自分でやれ。僕だって自分でやったよ。失敗するのも勉強だ」


 先程まで広谷を殺そうとした男の言葉とは思えなかった。

 その精神性に改めて広谷は強い畏怖を覚えた。それは、強者に抱くような畏怖ではない。


 きっと、どうでもよかったのだ。目の前の《魔物使い》が出てきたのは、本当にただの義務感だったのだろう。広谷の生死などどうでもよく、リンの事も一切考えていなかったに違いない。


 感情的なリンとは違う。


 この男は――ただそうあるべきだというだけで、人を殺せるのだ。

 今回、広谷達を許したのも、きっとリンの覚悟に感動したなどではなく、そうあるべきだからで――。


 アムに肩を担がれ、階段を登りかけたフィルがふとこちらを見てくる。


 薄い笑み。奈落を想わせる黒い瞳が広谷とリンを平等に見て、まるで念押しするように言う。


「だけど、二度目は、ない」


「はい」


 リンがぴんと背筋を伸ばし、強張った表情で答える。それを見て、フィルは大きく欠伸をした。


「よし。じゃあ、後の片付けはよろしく。家族にあまり迷惑をかけちゃダメだよ、この親不孝娘め」


事情があって更新が遅れました。

ここまで、第一章、折返し地点です!

続きも毎日0時に更新していきます(少しずれたらごめんなさい・・・)



ここまで楽しんで頂けた方、フィルの活躍に期待している方、アムのダメっぷりをもっとみたい方など折られましたら、

評価、ブックマーク、感想などなど、応援宜しくお願いします!

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書籍版『天才最弱魔物使いは帰還したい』二巻、12/2発売しました!。
今回はアリスが表紙です! 多分Re:しましま先生はアリス推し! 続刊に繋がりますので気になった方は是非宜しくおねがいします!

i601534
― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱあたまおかしい
[気になる点] フィル・ガーデン連呼のシーンないだなんて……ショック
[良い点] ていまそが新しい形でもう一度読めるなんて、、、 感激です。 6年前に読んで感じた高揚感が蘇ります。 今後の展開が心から楽しみです。
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